ベンチャー企業で働く人たちのモチベーション
プロジェクトチームの育成やマネジメントでは、人間関係のスキルが重要であり、適切な人間関係のスキルを使用することにより、プロジェクトメンバーの強みを活用できると言われている。今回は人間関係のスキルの中からモチベーション(動機付け)※1)について、先人たちによって研究されてきたモチベーション理論の概略と、高いモチベーションや行動力があるとされているベンチャー企業で働く人たちのモチベーションについて言及する。
1.モチベーション理論の概略
モチベーション理論では、(1)マズローの欲求5段階説、(2)マグレガーのX理論・Y理論、(3)ハーズバーグの動機付け・衛生理論、(4)ブルーム及びポーター & ローラーの期待理論などが有名である。(1)~(3)は「△△△をすれば、必ず動機付けされる」という行動科学論であるのに対し、(4)は「その時の状況や環境によって動機付けの要因は変化する」という状況適応論(コンティジェンシー理論)である。他にも多くのモチベーション理論が存在するが、筆者が関心を持つ(5)デシの内発的動機付け理論と(6)チクセントミハイのフロー理論について記載する。
(1)マズローの欲求5段階説
1954年に心理学者アブラハム・マズローが発表した「行動科学論」は、動機付け理論の中心として広く影響を与えた。マズローの理論は、大きく次の2点で構成される。
(a) |
人間は満たされない欲求があると、それを充足しようと行動する。欲求には優先度があり、低次の欲求が充足されると、より高次の欲求へと段階的に移行する。 |
(b) |
人間の欲求は、5段階の階層から成立している(下図参照)。 |
マズローの欲求5段階説は、直観的で分かりやすいが、高次の欲求に進む根拠が明らかではないなどの問題点が指摘されている。
マズローの欲求5段階説
(2)マグレガーのX理論・Y理論
心理学者・経営学者であるダグラス・マグレガーは、マズローの欲求5段階説を大きく2つに分け、低次元の欲求を多く持つ人間を否定的に捉える「X理論」と、高次元の欲求を多く持つ人間を肯定的に捉える「Y理論」とそれぞれ名付け、2つの管理方法を明らかにした。マグレガーはY理論に基づいた経営方法が望ましいとして、個人目標と組織目標を統合することによる管理手法(目標管理制度など)を提唱したが、状況によってはどちらの管理方法も適切だという問題点が指摘されている。
(3)ハーズバーグの動機付け・衛生理論
1959年に心理学者フレデリック・ハーズバーグは、満足に関わる要因と不満足に関わる要因は別のものであるという「動機付け・衛生理論(2要因理論とも言う)」を発表した。衛生要因(不満足要因)と動機付け要因(満足要因)の2つの要因は互いに独立しており、もたらす効果は異なるというものである。ハーズバーグは、ピッツバーグで200人の技術者と会計士を対象に行なった実証研究により、以下の衛生要因と動機付け要因を導き出した。
(4)ブルーム及びポーター & ローラーの期待理論
期待理論は、1964年に心理学者のビクター・ブルームが提唱し、1973年にレイマン・ポーターとエドワード・ローラー3世らの研究により発展したものである。期待理論を極めて簡略化すると、動機というのは期待(努力が報酬に結び付くであろう期待)と価値(報酬に対する主観的な価値)の積で表されると説明している。すなわち、自分の努力が結果に結び付き、報酬が得られ、それが自分にとって価値があれば動機付けられる、というものである。
期待理論の簡略式: 動機 = 期待 × 価値
例えば、目標管理制度において、目標に対して高額な報酬(価値↑)を設定されても、自分にとって明らかに達成困難(期待↓)であれば、やる気が起きないのである。また、その逆も同様で、自分にとって達成確率の高い(期待↑)目標でも、魅力の無い報酬(価値↓)であれば、やる気が起きないのである。このことは体験的に分かるだろう。
(5)デシの内発的動機付け理論
動機付けには「外発的」と「内発的」の2種類があると言われている。外発的動機付けとは、賞罰のように外から影響を受けるものである。内発的動機付けとは、好奇心や関心によってもたらされる動機付けであり、賞罰には依存しない。心理学者エドワード・L・デシは、「有能感」、「自律性」、「関係性」に悦びを感じる時に、内発的に動機付けされると主張している。さらに、外発的動機付けよりも内発的動機付けの方が、持続性があり、成果も期待できると結論付けている。
(6)チクセントミハイのフロー理論
心理学者ミハイ・チクセントミハイは、「精力的に集中し、夢中になっている状態(フロー状態)のときに人間は持っている最大の能力を発揮できる」、「内発的報酬(心の内側から得られる充実感や達成感、楽しみなど)によってのみ、フロー状態をもたらすことができる」というフロー理論を提唱した。フロー状態の特性を下図に示す(図は文献※2)より引用)。
フロー状態の特性
2.ベンチャー企業で働く人たちのモチベーション
平成14年版科学技術白書によると、ベンチャー企業の定義は明確に定まっていないが、「成長志向の強い経営者によって率いられ、リスクに対して果敢な比較的若く独立した企業で、独自の製品や技術・ノウハウなどの独創性や新規性を持ち、イノベーションを可能とするのに必要な経営資源を具備した将来的に高い成長を期待できる企業」とある。この将来的に高い成長を期待できる企業の生存率を調べてみたが、年代やベンチャーの業種によっても様々である。国税庁の調べでは、「日本の全法人数約255万社の内、設立5年で約85%の企業が消え、10年以上存続できる企業は6.3%、設立20年続く会社は0.3%」と言われている。もちろん「全法人」の中には法人格を有しているラーメン屋などの飲食店も含まれているため、この数字は厳密にはベンチャー企業の生存率ではないが、それほど離れた数字ではないと推測する。
それでは、不安定で不確実な状況下にあるベンチャー企業で働いている人たちは、どんなモチベーションを持っているのだろうか? 筆者の交友関係を基に、ベンチャー企業で働いている人たちの特徴を3つ挙げる。
1つ目の特徴は、仕事を楽しんでいる人が多いということである。ベンチャー全盛期には、ストックオプションによる一攫千金などの外部的報酬をモチベーションとする人が多くいたが、近年ではベンチャー企業がIPOできる確率は極めて低い※3)ことが分かっているため、そのような人はほとんどいない。むしろ、新しい技術やビジネスモデルに携わることの楽しさや達成感などの内部的報酬※4)をモチベーションとしているのである。ベンチャーでの仕事のやりがいは、自分の力や成果が直接会社の未来を左右させることだと思う。筆者の周りでは、仕事を趣味やゲームのように楽しんでいる人の割合が多い。会社の資金繰りが厳しいという話は聞くが、仕事に対する愚痴はほとんど聞いたことが無い。
2つ目の特徴は、前向きで社交的な人が多いということである。ベンチャー企業では「できるかできないか」よりも「やるかやらないか」で議論することがしばしば見られる。物事の否定的な側面に注目して足を引っ張る人やできないことの説明に時間を費やす人は、ベンチャー企業には向かない。ベンチャーに限らずトップマネジメントの多くは、できないことに対する説明を聞く時間と脳をあまり持ち合わせていなく、目の前の壁をどのように超えるかを知りたいのである。もちろん、自身のスキルが低く、難易度の高い壁に直面したときには「(フロー特性で言う)不安」な状態に陥るが、そのときは外部リソースに目を向けることが多い。ベンチャー企業に社交的な人が多いのは、自身のスキルや自社のリソースが少ないことを把握しており、人との出会いや人脈により構築した外部リソースが資金調達や取引拡大などあらゆる面で有効活用できるということを知っているからである。
3つ目の特徴は、自身の成長や進化を求めている人が多いということである。アーリーステージのベンチャーで働く人の多くは職種を兼任している。営業をしながら弁護士とともにアライアンス先の契約書を作成し、法務スキルを身に付ける人もいれば、開発をしながら簿記の知識を身に付け、経理を兼任している人もいる。管理職の多くはプレイングマネージャーである。また、ベンチャー企業という(無いに等しい)看板を背負い、資金調達や大手企業と対等に共同開発を進めるという機会もあるので、必然と交渉能力が身に付く。このようにベンチャー企業では、スキルを広く早く身に付けたり、長年勤めないとできないような経験を積むことができる。自己実現の欲求もモチベーションの一つとなっているのだろう。
最後に、ベンチャー企業の多くは社内規定や退職金などの衛生要因は無いが、仕事そのものの楽しさや達成感などの動機付け要因や内発的動機付けがある。ベンチャー特有のイケイケな社風に合わない、自身や自社の将来が不安、などの理由から退職する人が多いのも事実である。しかし、仕事を効率的に進めるなどのビジネスセンスを磨くこと、事業を創り出すなどの経営的視点を養うことは、これらは筆者のモチベーションでもあり、ベンチャー企業で働く大きな魅力だと思う。現在では企業の終身雇用制が崩壊しつつあり、「平成23年版高齢社会白書※5)」によると、(筆者が生きていればまだ働いているであろう)2050年には2.5人に1人が65歳以上という超高齢社会を迎える。それまでの過程では、労働者人口が減り、社会や経済に大きな負担を与えるかもしれない。海外から優秀な人材を多く受け入れているかもしれない。定年前にリストラを通告されるかもしれない。自分の市場価値を客観的に捉えられない人が生き残っていくのは難しいだろう。そういう時勢にこそ、ベンチャーで培えるビジネスセンスや経営的視点が役に立つと信じている。
【参考文献/参考URL】
※1 ) |
ハーバード・ビジネス・レビュー編集部著,「動機づける力―モチベーションの理論と実践」ダイヤモンド社(2009年10月) |
※2 ) |
M.チクセントミハイ著,今村 浩明訳,「フロー体験 喜びの現象学」世界思想社 (1996年8月) |
※3 ) |
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※4 ) |
小笹芳央,勝呂彰著,「モチベーションエンジニアリング経営―人材流動化時代の新たな経営手法」東洋経済新報社 (2008年1月) |
※5 ) |
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