PMプロの知恵コーナー
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ゼネラルなプロ (15)

向後 忠明 [プロフィール] :1月号

  あけましておめでとうございます。
 今年は辰年です。景気もそして読者諸氏も昇り竜のような年であることを心からお祈り申し上げます。

先月号では入札書(プロポーザル)の構成が商業的条件と技術的条件の二つの部分から構成されるということを最後に話しました。
 すなわち、商業的プロポーザルは契約にかかわる提案金額とその条件などを示し、技術的プロポーザルはその提案金額の前提となる技術を示すと言った2部構成となっています。
 このことは事業者(オーナ)が請負業者よりの提案書(プロポーザル)を評価するにあたって提案金額の開示前に提案技術内容を重視して評価を行うことを目的しています。
 理由は提案金額に惑わされずに技術的に良い提案内容を優先的に見るためです。そしてその後に提案金額を見ることになります。
 この方法がもっとも妥当な方法ですが、中には技術評価の出来ない事業者(オーナ)もいて、技術評価にあまり重点をおかずに、提案金額の安い業者にプロジェクトを発注したりするケースもあります。
 このように技術内容と提案金額には相反するものがあります。その一方では提案者から見れば競合相手との競争から提案金額を、そして評価側から見れば提案金額ばかりではなく技術内容も意識し、より良い技術内容でかつ提案金額も安くなる方法を考慮しなければなりません。
 しかし、実際は技術的にどんなに良くても、提案金額が大幅に違えばプロジェクトの失注となります。このように、提案金額も重要な要素となることは間違いありません。
 そのため、見積作業を提案者(請負企業)は必ず原価コストを十分精査し、それを基に金額を算出し、利益限界点を把握した上で最終の正味見積金額(これ以上に下げたら赤字となる金額)を出す必要があります。
 この利益限界点の算出は提案者側のトップマネジメントの最終提案金額の決定に際しての指針ともなる重要な作業です。
 しかし、プロジェクト実行者から見れば少しでも余裕をとりたいと思い、この利益限界点に水増しをしてトップマネジメントに最終判断を求めるケースもあります。
 この様な行為はトップの判断を誤らせるばかりか、このようなケースが続出すると、まじめに本当の利益限界金額でトップに判断を求めた場合でも水増ししていると思われてしまいトップがこの利益限界点を切った金額を指示してしまうことがあります。
 また、提案金額算出において、未経験分野、開発型そして海外でのプロジェクトにはリスクが多く存在するので、リスクを考えすぎコスト算出において余裕を見た金額を提案して失注することもあります。
 このように技術評価もさることながら金額評価も重要となるので、場合によっては技術力がありそして金額の安い海外の協力業者を探し出し、少しでも安い金額で提案することも必要になってきます。これは最近の日本企業の受注戦略の一環にもなっていることです。
 そこで必要になるのが調達ネットワーク及びコスト積算に強いエンジニアーが必要になります。
 調達については海外を含めた調達ネットワークは欠かせないものになるが、これは企業として前もって整備されているものでなければなりません。すなわち、調達ネットワーク、調達手法、調達手腕等の調達に関する総合的能力は競争に勝つための重要な要素となります。特に海外でのプロジェクト遂行に当たっては入札に勝つための必須の条件となってきています。すなわち、調達ネットワークを通じて、調達する機器材料をより安い原価で取得し、プロジェクトの特性を考え、コスト積算を行うことが必要です。
 ここで必要になるのがコストエンジニアという職種です。
 この職種のエンジニアーも今後の育成課題として重要なものとなってきます。(特にIT系の職種においてはいまだ育成されていない)
 このように提案者(請負企業)側は入札書作成に際しては全神経を使い、各種の専門職により短期間に精度の高い金額を提案しなければなりません。

 一方の側の事業者(オーナ)側は提案書の内容を入札書(RFP)に従ってもれなく、正確に提案書の評価を行う能力を持っていなければなりません。
 評価の過程においても多くの外乱が評価者に入ってきます。たとえば、事業者(オーナ)が贔屓にする入札者(請負企業)への便宜を図ったり、はたまた落選した入札者(請負企業)より、評価の不公平に対するクレームが来たり、また、事業者(オーナー)内の担当者間で意見が分かれたりといろいろ不都合なことが起こります。
 そのためには評価の公平/透明性を示すことが評価側に必要です。

「官公庁の入札においては総合評価方式という方法がIT関連の入札では利用されています。
たとえば、技術点50%と価格点50%を前提とした総合評点で技術的評価が行われています。
なお、その他の評価例としては筆者の著書(ワンランク上のPMを目指して)が参考になると思います」

 いずれにしても、評価者側は評価の公平/透明性を示すためには何らかの基準を明確にし、引合書(RFP)の指示書にその基準を前もって示したりしておく必要もあります。
 このようにして評価を行い、上位(総合評価点)の入札者(請負企業)を数社に絞り込み、提案内容の詳細を面談によって聞き取り調査を行います。
 この時点での評価の結果は、入札者(請負企業)の順位付けをすることであり、必ずしも一社に絞ることではありません。
 よって、評価結果の上位者から順次呼び出され交渉のテーブルに着くことになります。
 この交渉は入札者(請負企業)よりの提案書(プロポーザル)の内容及び各種提案条件、そして条件に合わせた提案金額の確認を行い、より事業者(オーナ)の要求する条件に近づけるための交渉を面談でおこなう場です。
 「交渉またはネゴシエーション」は日本人にとっては不得手な分野です。特に交渉を担当する人は技術のみならず契約を含めた商務的なことについても精通していなければなりません。そして、交渉事は入札に際しては避けて通れないものとなっています。そのため、交渉を担当する人材の育成は急務の問題になっていて、特にプロジェクトやプログラムのリーダには必須の要件となります。

 ここで少し話はそれますがこの交渉(ネゴシエーション)についての話をしておきたいと思います。
「交渉(ネゴシエーション)とは:
 交渉(ネゴシエーション)は遭遇している立ち位置によりいろいろ異なった目的で行われます。例えば、相互理解、違いの解決、取引での有利な展開、問題の解決、上司との面談等々がある。
 自分に有利に物事が展開するための働きかけ(根回し)もその一環と考えられる。

交渉(ネゴシエーション)のあり方
交渉を「ゲーム理論」で言われているゲームに参加している人達の利益と損失を合わせると丁度ゼロになると言った「ゼロサムゲーム」であるように物事を納めていくものと思っている人もいます。
このことはいわゆるWin-Loseの関係で勝った者は優越感を持ち、負けたものは劣等感や恨みを残すことになり、引き分けても「負けなくて良かった」と言う中途半端な感情が残ります。
交渉の理想はやはり「非ゼロサムゲーム」と言った両方が勝つと言うよりも十分お互いハードな交渉を行ったが双方満足と言った感情を持つ「Win-Win」であるべきと考えられる。

  相手


  勝ち 負け

Win-Win
信頼
Win-Lose
強引(対立的交渉)

Lose-Win
妥協
Lose-Lose
不信(敵対的交渉)

以上が交渉の考え方ではあるが、一般的には我々は無意識的に相手に勝つと言う「Win-Lose]の交渉になりその交渉に勝つと仲間から拍手喝さいを受け所属する企業からは「良くやった」とほめられます。
プロジェクトマネジャの「行動特性」としては当然このような交渉を求められるが、この場合、顧客または交渉相手との以降のプロジェクト実施において気まずさが残り、実行面での不利な状況を作ることになります。
プロジェクトマネージャの交渉(ネゴシエーション)行動特性
交渉の基礎となるものとしてはコミュニケーションスキルが重要です。
交渉において理路整然と自分の主張だけを相手に説明するだけではなくその場の雰囲気、相手の事情そして自分の目標を持って相手が納得するまで粘り強く説明することが必要です。
すなわち、形式知(文章で表せるもの)と暗黙知(コンテキスト)の双方を駆使したコミュニケーションを行えているかどうかです。
その他に、交渉には必ず最終的な落とし所があります。そのためには目的とする対象のどこで決着をつけるかまたそれがWin-Win となるかタイミングを見て決定することが必要です。
しかし、あせらず、あわてずそしてあきらめずのいわゆるローカス・オブ・コントロール(コントロールの中心)が自分の中にあり、そして「自分を知り、他人を知り、取り巻く状況を見て目標を持って粘り強く行動する」と言ったEQ人間である必要があります。
どのような行動パターンを交渉(ネゴシエーション)でとるか?
適切なコミュニケーション能力を持ち相手を納得させるすべを持っている。
自分を知り、他人も知り、そして取り巻く環境も反映し、粘り強い意志を持って目標に向かって対応している。
交渉での過程ではそれぞれの言い分を吐き出させ、結果として双方が納得したWin-Win なものになる。
交渉時のハードな対立状態を適切な後処理(懐柔策)をとり、以降も良好なコミュニケーションを維持している。」
交渉テクニック
一人で対応するより2人一組で相手に対応する。漫才のボケと突っ込み風に二人三脚で交渉する。
相手から突っ込まれたら時間をもらう。即座に返事をせず、“本件明日の何時まで返事をする”とし、その問題を検討する時間をとる。特に大きな決断をする場合は会社責任者に確認をとり結論を出す。
ただし、前もって交渉に関する体制は整えておく。

 以上が交渉のあり方と交渉人のあるべき行動特性であると筆者は考えています。
 しかし、「言うは易し」であり、なかなか理想的な交渉を行うことのできる人材は思ったほどいないようです。

 筆者の上司(エンジニアリング会社時代の上司)はこの会社でも唯一の海外での大規模プロジェクトの交渉のプロと言われた人でした。筆者はこの人に徹底的にしごかれましたが、とうとうその人の交渉に関するスキルレベルに達することはできませんでした。
 その理由は、相手に対してハッタリやポーカーフェースができないため、思っていることが表情や態度に出てしまい相手にこちらの意図を読み取られてしまうことでした。
 このように交渉はその人の資質にも関係するようでもあり、また日常においても交渉を行うと言う環境にないことにも原因があるような気がします。
 日本人は特に「性善説」で物事を考えると言った習性があるのでこのような「交渉」と言ったことに不得手な人が多いようです。

 このように交渉を通して提案書の内容(技術、商務的条件)に関する懸案事項を解決し、事業者(オーナ)と提案者(請負企業)が合意し、その後、契約調印となります。

 次ページ図15-1「RFPから契約調印までのプロセス」の一般的なプロセスの例を参考に示します。
 なお、来月号は契約についての話をします。

図15-1 RFP~契約調印までのプロセス
図15-1 RFP~契約調印までのプロセス
図15-1 RFP~契約調印までのプロセス
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