PMP試験部会
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「プロジェクトマネジメントと日本人の習性」

イデオ・アクト株式会社 代表取締役 葉山 博昭:10月号

 文藝春秋に福島原発事故に関する対談のなかに下記のような記述があった。

「日本陸軍の草創期に陸大の教官を務めたドイツの軍人メッケルは、当時から日本の参謀の弱点として
『現実に立脚しない安易な希望的観測を行う』
『物事を安易に出来ると妄想する』
といったことを指摘していますが、それから百数十年経った21世紀になっても変わらないんですね。」

 筆者がプロジェクトマネジメントの指導、コンサル、支援を行うようになってからどうも腑に落ちないことが多く、かねがねなぜだろうかと思う点があった、うすうす感じていたことが上記のことであった。百数十年前にすでに外国人に指摘されていたとは、驚くと同時に日本人は変わらないものだなと関心もし、失望も禁じえなかった。

1.『現実に立脚しない安易な希望的観測を行う』
 プロジェクトを指導してきて、いままで感じてきたのは、スケジュールが極めて安直に作成されていることである。筆者はプロジェクトの指導中、このスケジュールのフィージビリティはあるのか、あるならそのフィージビリティスタディの結果、根拠を示すようにといっても、ほぼ出てこないのである。どうも日本人はスケジュールというとすぐ最終納期をイメージするようだ。最終納期は顧客が決めたので出来るかどうか知らないとうそぶく人間もいる。最終納期は社会的、ビジネス的、法的ニーズから決まるもので、開発受託者が決めるものではないし、決めようもない。まるで最終納期は開発者が可能とできる時期を設定すべきだなぞと言う不思議な人間もいるが、このようなケースは大手企業の情報子会社系のソフトウェア会社でしばし遭遇する。このような企業ではプロジェクトにおける受注者と発注者の区別が明確でない場合が多いように感じられる。
 プロジェクトの開始からサービスインまでの工程を分け、WBSを作り、現実的に目的達成出来るかを検討するのが本来であり、PMBOKでもそのように言っている。しかし日本ではPMPの取得者が増えても『現実に立脚しない安易な希望的観測を行う』ことやめようとしない人間はまだ多い。今回引用した文芸春秋の記事は福島の原発事故に関する政府発表の工程表に関する対談であったが、あれは単なるマイルストーンを示したものに過ぎず工程表では無い。どう見ても専門家がWBSを作成して現実に立脚したフィージビリティのあるものとは思えない。もちろんマイルストーンを示すこと自体は重要であり良いことであったが、その後がいけない、だれもプロジェクトマネジメントを行っている形跡が無い。極めて能力の高いプロジェクトマネジメントチームと原子力、プラント、建設の専門家がそろっていないと成功しないはずの事故なのにである。だいたいフランスとアメリカのメートル法社会とインチ社会の要素成果物があれだけの短期間で高い完成度で稼働などするはずがない、なにかちょっとした故障が起きると鬼の首を取ったようにマスコミが騒ぎたてるが、放射線量が高く素手で長時間作業が出来ないようなところで満足な作業が行える訳がない。マスコミで小さな故障を騒ぐことは、何も現場に良い影響を与えない。マスコミは現場の作業環境を現地に入り調査し発表することで、現場作業環境、宿泊、休養施設の不足を訴えることのほうが現場作業の品質を向上させることが出来る。しかしマスコミの科学技術のセンスの無い新聞記者にはこのような記事は書けない。マスコミ、政府の発表は全く役にたっていないことが明確になり、だれも政府発表、マスコミの記事を信用しなくなってしまった。PMBOKにあるように問題解決には課題に対峙し、起きていることオープンにし、必要となる専門家に協力を得ないと混乱はますますエスカレートしてしまう。先日のPMAJのPMBOK基礎講座で放射能を浴びた可能性のある作業者が150名近くも不明なのは、プロジェクトマネジメントの人的資源管理がなされていないからであると説明し、改めてプロジェクトマネジメントの重要性を強調した。実際には人員管理の問題というよりも、日本独特の下請け丸投げ構造が原因ではあるが、東電から関電工、関電工から二次下請け、三次、四次、何段階になるか把握していないようなことはどの産業でもあり、労働安全管理などは元請けくらいまではしっかり行っているが、その下ではもう分からない、分かろうともしていないのが現実であり、厚労省も気にはしていない。下請けの中小企業の経営者が現場で直接作業を行っても労災の対象とならないことを知らない人間は多い、このことは厚労省も知っているが意識して無視しているのである。累積放射線量などどのレベルの下請けまでおこなわれているのか極めて疑わしい。

2.『物事を安易に出来ると妄想する』
 福島原発事故はやがて収束するだろうと、政府、東電、マスコミは『物事を安易に出来ると妄想する』という明治からの特質から、またもや妄想している。政府、東電、マスコミがぐるになってごまかしているなどと悪意をもって、悪くしている人間いて、その人間を叩けば良いと思っている評論家、非主流派の原子力専門家、非主流派のマスコミ人員がいるが、だれか悪者を見つければ済むほど単純な構造ではない。「日本を真に繰る人間」というようなくだらない書籍が多く、真実は俺が知っているなどと言う、悪書も多数出回っていて疑心暗鬼な社会を作り出してしまっている。
 明治から『物事を安易に出来ると妄想する』とい特質がある民族であること自覚し、自分自身で物事を判断し、現実に立脚した見通しを自ら立てることが必要なのではないだろうか。日本のどこにどのくらいの放射性物質が降り、今後どうなるのかは政府、東電には分からず、マスコミは無評価に政府、東電の発表を垂れ流しているだけである。もっともらしいことを言っているのは、国民の安全を願っているのとは異なる目的を持った人々だと筆者は思い、出回っている情報を厳しく選別するようにしている。

 プロジェクトマネジメントでもトラブルが発生すると何の根拠もない対策を行ったり、何も手を打たずトラブルは解決すると思う人間が多く存在することにも遭遇する。このような場合、いつまでたっても問題が解決しないことになる。これも『物事を安易に出来ると妄想する』という日本人独特の習性なのではないだろうか。ハードウェアはそれでもなんとかうまく行くことが多く、図面があり目標の認識が容易なものは、単一民族の日本では容易に問題が解決するのである。ところが、作るものがソフトウェアを含んだ大規模システムではうまく行かなくなることが多い。国のシステム開発のコンサルを何回も行った経験からすると、かなり多くのシステムは動いておらず、恐らく何百億円のレベルではなく、数千億円単位で動かないシステムがあると思われる。これは動いていないものではないが電子申請のシステムは、納税関係では利用率が少し良いが、調査自信が怪しいが殆どは利用率が5%未満である。何百億もかけて数件の利用などというものある。国の電子申請関係のシステムの開発予算は数千億の規模になる。原発関係の放射線量をシミュレーションするSPEEDIにいたっては完成していないのである。米国に言われて渋々データを捏造し4月にお絵かきソフトで作成したもので、何百億もかけて作成したシステムで作成したのではないのである。その後何の発表もなく、マスコミも騒がない。本来はこのような原発事故の場合では必須のシステムであるはずであるが?動かないシステムを作るために何百億円もの予算をつけ、業者に支払ってきたのである。
 ソフト関係ではこのようなことは日常茶飯事行われており、今まででどのくらいの税金がSIER、メーカーに予算が貪り取られたか分からない。筆者も知らない間にそのおこぼれに預かってしまっていた可能性もあるが。
『物事を安易に出来ると妄想する』といういい加減な仕事を行わないよう、PMBOKを勉強してプロジェクトを行わなければならないと思う昨今である。
以上
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