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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
~米国発異文化対応力~

井上 多恵子 [プロフィール] :8月号

 先日英国系研修会社の日本支社が主催したフォーラムに参加した。英国出身のゲストスピーカーの話をはさんで来場者が対話をする場面があり、私は金融機関や教育機関から派遣され日本に駐在している外国人がいる「英語で対話をするテーブル」に座った。中には、10年以上駐在し、日本国籍を先日取得したという人もいたし、ゲストスピーカーも1年前から日本企業の日本本社に駐在している部長で、日本でのダイバーシティーの浸透ぶりを実感した一日だった。
 その時に脳裏に浮かんだ問い、「欧米人は日本社会にどうやって適応しているのか」に対する答を見つけたくて手にしたのが、『海外派遣とグローバルビジネスー異文化マネジメント戦略』だ。異文化への適応が上手くいかず海外勤務途中での帰任を余儀なくされる米国人がいることを踏まえ、海外勤務経験者である米国ビジネススクールの教授4名が、グローバル勤務が戦略的になぜ大事か、異文化適応プロセス、グローバル勤務候補者の選抜・勤務前/中/後に求められる支援等について執筆している。異文化適応が難しいのは、日本に限ったことではないらしい。翻訳本は2001年発行だが、初版3刷りが今年出されたこともあり、今日でも十分参考になる要素が含まれている。実際、国民の37%しかパスポートを保持しておらず、1800万人いる大学生の2%未満しか海外に留学していないというドメスチックな米国でも、グローバル対応が必要となってきたようだ。2011年7月15日号のニューズウイーク英語版は、「グローバルな子供をどう育てるか」と題した記事の中で、8歳の子供をシンガポールで育てている家族の話を紹介している。
 本書は、異文化適応が難しい理由を木に例えて説明している。幹や枝や葉が象徴する目に見える文化の違い以上に大きいのが、価値観や前提で、これらは地下に張り巡らされた根のように、目には見えない。カルチャーショックは、これまで慣れ親しんできた社会や人間関係に対するやり方(慣例)が、こういった価値観や前提の影響により、ほとんど役に立たなくなることが原因で生じると解説している。

 興味深いのは、そういった状況が、「自我や自己のイメージに劇的な影響を与える」としていることだ。米国が、「個人」を常に強く意識している文化だからだろうか。異文化と接した時、人は一般的にまずは「ハネムーン気分の時期」を経験するという。現地のやり方に反した行動に対し否定的なシグナルがあったとしても、「肯定的な自己イメージ」を維持し守りたいという気持ちが働き、それらを無視するのだと言う。ところが、無視できない程そういったシグナルの数が増えると、「こんなことも知らないの?」と言われる状況に直面する。その時にどういう態度を取るかで、上手く適応できるかどうかが別れる。自尊心や自信が砕け散ることを避けるために現地のやり方を批判する道を選ぶのか、あるいは、まわりのやり方を観察して「何を発信し、どう行動すべきか」という自分なりの「文化の認識マップ」を作り上げていくのか。異文化対応に必要な要素として挙げられているのが、強固で健全な自己イメージを持ち柔軟性とオープンな心で新しい物事に取り組み、積極的にコミュニケーションと関係構築に取り組もうとする意欲だ。
 私自身異文化を幾度も経験し、後者のやり方ができていると思っていたが、実はそうではなかったということに気付いた。最近社外活動で、多数の企業の社員が構成する団体のメンバーになったのだが、そこの空気にまだ馴染めていない。それどころか、新しいやり方の前に、戸惑いを感じ、強固で健全だと思っていた自己イメージが崩れ、自己防衛に走っている。新しいやり方を受け入れ、自分のものにすれば、より対応力が増すとわかっていても、なかなか簡単ではない。なぜか。本書にはこう書かれている。「人は一般的に、効率性をもたらしてくれる適度に高い確実性と予測性を望み、不確かなことを嫌う」なるほど!今は不確かなことに囲まれているから、大変な気になっているのだ。慣れるまでの辛抱だと思えば、気分も楽になるかもしれない。
 本書では、説明、講義、ビデオ、ロールプレイ、シミュレーションの順に、異文化対応力を増すトレーニングの有効性が増すとしており、ある状況においてどんな行動を取るのかを確認するインタビューが、効果を測るのに効果的としている。日本人に対する記述は、P2Mのコミュミケーションマネジメントで解説している通りだ。明示的なコミュニケーションを期待し、話し手にその大部分の責任を負わせる米国人と対照的に、日本人は暗黙のコミュニケーションを尊重し、話し手と聞き手の双方に責任を負わせるとしている。外国人から、我々日本人がどう見られているのかを知ることは、P2Mで伝えていることの検証になる。これからも、この「外からの視点」を意識しておきたい。
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