リレー随想
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海外インフラ事業とP2M

PMAJ理事 向後 忠明 [プロフィール] :10月号

 最近では日本国内の市場および投資環境の縮減や競争のグローバル化対応のため、より人件費の安い発展途上国への製造メーカを始め多くの企業が海外へ進出している。
 この結果、日本国内の産業そのものが縮小し、仕事量の減少による企業の倒産が多く見受けられるようになってきた。
 一方、国の公共事業も財政の悪化により減少傾向となり、公共事業に頼っていた企業もその活動も制限され、倒産が危惧されるようになった。
 このため、政府は新成長戦略の政策の一環として公共事業の海外版のインフラ事業の輸出といった新しい発想での新興国を対象とした事業を立ち上げた。
 インフラ事業はこれまで主に政府または地方自治体の事業であったものであるが、これを新興国への輸出といった形で、政府主導で民間との共同事業として立ち上げられたものである。すなわち、インフラ事業の海外輸出である。

1.  政府および自治体の動向
 海外インフラ事業輸出を施策として新聞などで発表している主な省や自治体は以下の通りである。
高速道路や高速鉄道、下水道等の公共事業を扱う国土交通省
環境、エネルギ、電力等の設備産業を対象とする経済産業省
情報通信、スマートグリット等のITC関連事業を扱う総務省
水道事業などを対象としている地方自治体がある。
 国土交通省などは国際局の新設する方針でもある。
 今後さら同様な事業を対象とする省庁・自治体も出てくる可能性もある。
 このことは以下のインフラ事業にかかわる事情によるものと考えられる。
高成長が続く新興国のインフラなどの能力不足が経済および鉱工業生産等の妨げとなっている。
日本の公共投資にかかわる投資が財政的にも縮減し、今後大きな伸びを期待できない。
日本のインフラ建設は技術的にも成熟し、運営技術にも問題はなく、海外への輸出にも問題はないと考えられている。
日本以外の国や企業も新興国へのインフラ事業の運営を含めた輸出を進めている。

 この事業の特徴は事業運用を含めてシステム一式として海外新興国の政府、自治体に輸出すると言った事業となっている。
 しかし、単純に考えてもこのような海外での大規模事業を政府または地方自治体だけでは遂行するには難があり、民間の力が必要になることは自明の理であろう。
 一方、同様な事業は国内ではすでにPFI(Private Financial Institute)および PPP(Public Private Partnership)と称される形態で国または自治体と民間が協力して実行されている事業でもある。
 しかし、問題はこのようなインフラ事業を含む公共事業は推進者である国または地方自治体も海外での事業遂行は素人であり、また公共事業に頼っていた企業も同じような状況と思われる。

2.  事業推進での問題点
 海外でのインフラ関連の事業推進は一般のビジネスベースのものとは異なり、相手国へのアプローチは政府間ベースで行われる。そして、十分な時間をかけたデューデリジェンス等の検証が必要となる。また、事業の性格上、事業の採算性以外に社会的利便性も考慮する必要がある。
 これまで、同様な方法で海外のインフラ関係の事業は政府ODA案件として進められてきた。しかし、今回のインフラ事業の輸出は若干その事業推進のやり方にも異なったものがある。
これまでの海外インフラ事業のやり方
   国および自治体でのこの種の事業はこれまで相手国の要請に基づきJICA (国際協力事業団)やJBIC(国際協力銀行)が円借財または融資により民間のコンサルタントが初期のマスタープランや事業性の検討を行い、その結果を持って民間がシステムまたは設備の設計から建設まで行ってきていた。
 しかし、これらはODA案件と称され、アンタイド案件となっていて、日本は金を出すが案件のほとんどが海外企業が受注しているのが現状である。
 また、ODAは初期のマスタープラン作り、社会的利便性を考慮した事業化妥当性検討(FS)等はJICAが行い、その後、円借はJBICに審査され問題なければ実際の作業が開始となる。
 このことは、担当官庁が縦割りで有り、かつ初期のマスタープランや妥当性検討を行うコンサル作業と以降の実業を行う企業は別々であり、この方法では時間がかかるばかりで効率が悪く、相手国のニーズに対応できなくなっている。
今後の海外インフラ事業
   これからの政府や地方自治体の進めようとしているインフラ事業推進は、これまでとは違った事業形態となり、システムや設備の事業運営を含め、現地人とともに関連設備やシステムの構築を行うと言った事業主体者としての運営を含めたかなり長期間の事業となる。
 これまで、設備や装置等の建設にかかわる海外での事業を手掛けてきたゼネコンおよびエンジニアリング会社等の業務は、「有期的で目標設定のある一過性のプロジェクト」として行われていた。すなわち事業運営を含むインフラ事業全体としての推進というものではなかった。
 一部、日本の大手電気通信会社が自前の資金で、事業運営までを含む海外での電気通信インフラ事業を「公社の民営化」および「PFI事業」といった形態で行ってきた記録はある。
 いずれにしても、今回のインフラ事業には以下のような業務の流れをたどると想定される。
対象国の政府または自治体に日本政府または日本の自治体が戦略的にアプローチを行い、国の資金で現地国でのインフラ状況および実現性の調査、分析を行いマスタープランを作成する。このマスタープランでは事業性または有効性を考慮したソリューションを具体化し、実現可能なシナリオを作成する。
シナリオに基づき全体アーキテクチャーを構想し、そこから発生する各種の業務単位(プロジェクトという)を統合した形で事業運営を含む企画(計画)を作り、、そして具体的システムまたは設備の建設/運用を具体化を図る。
そして、その設備またはシステムを使用し、現地人との協業により事業運営を行う。

 上記の①から③までの動きは、P2Mでいうところのプログラムライフサイクル活動に酷似している。
 インフラ事業の推進はすでに日本国内では政府(関連団体)、自治体、民間企業はそれぞれの業務の分担においては多くの経験を持っている。
 技術的にも事業の推進能力としては問題ないと思われる。
 しかし、インフラ事業の海外での遂行ということでは国内とは異なった事業推進が必要であり、海外事業の経験のある人材のもとでの事業全体の統合マネジメントが非常に重要な要素となる。すなわち、日本と違った環境下で事業をまとめる人材面でのことが大きな要素となってくる。

3.  企業側の遂行体制と能力
 法制度、事業環境そして習慣の異なる国での人事・労務、総務、財務といった技術以外の事業運営に必要な要素もあり日本での業務遂行とは多くの点で異なっていることや国家間の人、物、金の移動にも多くの障壁がある。
 特に、システムや設備の運用およびインフラといった地域に根差した事業は対象地域住民やその国の産業、環境、地域の開発等に関連する要素とも複雑に絡み合い、これまでのビジネスベースのシステムまたは設備の輸出とは異なり多くの障壁が立ちはだかる。
 このような事情から相手国政府または自治体と事業の初頭から緊密な連携(コミュニケーション)および協力が必要となってくる。

 我が国の企業はすでに述べたようにかなりの国際化を達成した企業も多く、海外事業を進める体制はできている。
 しかし、対象事業は相手国の企業または政府/自治体とのシステムや設備の部分最適の請負や輸出といったビジネスを対象としたものである。すなわち、プロジェクトと言った有期の一過性の事業であり、その仕事が完了した後は関連の人、物、金も現地には残さず、すべて日本国内に戻ることになる。
 インフラ事業はプログラムの一種であり、部分最適事業の総体であり全体最適な事業となる。
 一方では、事業の性格による遂行手法も重要であるが、既存のビジネスを対象とした海外での事業遂行とは異なるインフラ事業はかなりの部分で事業基盤を現地に置く必要がある。

 日本企業で特にインフラ事業を対象として手を挙げると考えられる企業にはゼネコン、エンジニアリング会社、商社、環境関連事業会社、ICT関連会社等々が考えられる。
 各企業はそれぞれの分野で海外において事業を進めているが、この種の公共の事業運営を含めたインフラ事業のプログラムを一貫して推進した企業はあまり多くない。
 しかし、各企業も多くの海外での事業経験を持っていることや各専門分野の人材も揃っていることを考慮すると条件がそろえば海外でのインフラ事業の遂行は可能と思える。
 それでは何が足りないのだろうか?

4.  ソリューション&エンジニアリング
 日本の政府(関連団体)、自治体、企業はすでにインフラ事業に関する関連技術、運営ノウハウは十分持っていることはすでに述べた通りである。
 しかし、このような事業をODA案件のように縦割り、分割で対応したら、海外企業でも十分実行可能であり、せっかく国または自治体が作り挙げた案件をみすみす海外企業に持っていかれることになる。
 そこでこの案件は最初から最後まで一貫してまとめあげることのできる人材が必要となる。その人材にはソリューション&エンジニアリングを可能とすることのできる能力が必要となる。
1) ソリューション
 ソリューションには広義と狭義の意味があるが広義の意味としては事業経営の関するもの、そして狭義の意味は産業の効果、効率、新技術開発等がある。
 これはP2Mでいうところのスキームモデル作りに相当する。
 すなわち、構想計画を使命からプロファイリングを通して複数のシナリオを展開し、全体アーキテクチャー(構想の具体化)を作り、そのFSを行い、マスタープラン(基本事業運用および技術検討書)そして実行計画書を作ることである。
2) エンジニアリング
 プログラムやプロジェクトに与えられた使命または諸目的に対して各分野にまたがる組織、技術、そして人間の知恵を結集、統合し、プログラムまたはプロジェクトに与えられた各フェーズを最適に実現する一連の活動をエンジニアリングと称する。
 すなわち自社のコアー技術にこだわらずそれ以外の技術や人間の知恵を組み合わせて顧客/ユーザーの要望に柔軟に対応し、ソリューションを行う複合技術適応手法である。
 このエンジニアリング手法はP2M のシステムモデル作りである。当然、サービスモデルもこの範疇に入りシステムモデル作りのフェーズでの設備またはシステムの運用にかかわる内容や条件を盛り込むために必要となる。すなわち運用関連技術者や事業運営者の知識や経験を組み入れ、サービスモデルを作ることになる。
 このように、海外インフラ事業の輸出にはソリューション&エンジニアリングに長けた人材が事業推進することにより事業の付加価値が加えられ、かつ日本の中小企業の技術連携も可能となる。

5.  人材育成*
 日本では企業においての人材育成は90年代にそれまでのゼネラリスト型人材を否定し、スペシャリスト型人材の育成に注力してきた。これは新技術の開発、そして技術の細分化と高度化による専門知識の必要性によるもので、その結果「部分」対「部分」の競争となってしまった。そして、消耗戦となり持続的競争ができなくなり、かつ資源の重複を生み、企業としての全体効率が低下することになった。
 今後、企業は部分最適型から全体最適型に舵を切る必要があり、それを担う人材が焦眉の急となってきている。
 一言でいえば、全体最適型人材であるプログラムマネジャまたはプロデューサを早急に育成する必要がある。
 この育成に適したガイドとしては日本プロジェクトマネジメント協会のP2M(プロジェクト&プログラムマネジメント)が最適と考えられる。
 このような人材が多く育つことにより、広範な知識を持つ世界に類例のないビジネスモデルとモノづくりを強みとする企業を連携することが可能となり、国や自治体の後押しがあれば、海外インフラ事業ばかりでなく新たな事業の開拓も可能となる。
*人材育成:日経 一橋大学教授 伊藤邦夫著抜粋

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