今月のひとこと
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アブダクション(abduction)とP2M

オンライン編集長 岩下 幸功 [プロフィール] :8月号

1.アブダクション(abduction)
 少々難しい話になりますが、人間の推論方法には、演繹と帰納とアブダクションの三法があると言われます(C.S.パース)。
推論の三法

 演繹法(デダクション:deduction)とは、「前提(公理)を認めるなら、結論もまた必然的に認めざるを得ないというもの。数学における証明はその典型。」(広辞苑)
分析的なアプローチであり、「解き放つ、分離する」というanalysisの語源から、あるもの(感覚の対象物であれ知覚の対象物であれ)を組み立てている部分あるいは要素に分解することを意味します。全体が存在し、その部分(要素)を明確化することが目的になります。従って、トップダウン型の論理的思考過程になると言われます。
 帰納法(インダクション:induction)とは、「個々の具体的事実から、一般的な命題ないし法則を導き出すこと。特殊から普遍を導き出すこと。」(広辞苑)
合成的アプローチであり、「共に置く、集める」というsynthesisの語源から、1つの全体を構成するために、部分あるいは要素を組み立てたり、組み合わせたりすることを意味します。まず部分(要素)が存在し、その親としての全体を最適化するように、構成要素間の相互関係を明確にすることが目的となります。従って、ボトムアップ型の拡張的思考過程になると言われます。
 アブダクション(仮説形成法:abduction)とは、「説明的仮説を形成する過程であり、それは新しい概念を導く、唯一の論理的操作である。」(C.S.パース)
創発的アプローチであり、「閃く、出現する」というemergenceの意味から、観察されたのとは別の種類の文脈において、新しい仮説を創発(発案)する、仮説形成的なヒュリスティック(heuristic)型の思考過程になります。この思考過程については、明確な論拠は示せませんが、多分に演繹と帰納間での、ある種濃密なインタラクションの中で、セレンデュピティ(serendipity)的な閃きが訪れるものと考えらます。

2.そしてP2M
 複雑化、高度化する地球規模の課題解決に向け、高い視点と広い視野をもって全体最適化を目指した、日本発のプロジェクトマネジメントの知識体系「P2M(Project & Program Management)」が開発されました。P2Mにおける中核概念のひとつは、「プロファイリングマネジメント(Profiling Management)」です。
2.1 プロファイリングとは
プロファイリングとは  プロファイリング(Profiling)とは、「前へ(pro)+糸を紡ぐ(file)→形を描く」というところから、「犯罪捜査において、犯人などの人物像や事件の輪郭(outline)を描くこと」を意味します。諸々の情報から犯人像を組み立てる「推理」のようなものです。この推理の方法には、演繹的プロファイル(Deductive Profile)と帰納的プロファイル(Inductive Profile)とがあると言われます。演繹とは「前提の命題から、経験に頼らず、系統的な論理規則に従って、必然的結論を導く」ことであり、帰納とは「個々の具体的事実から、一般的命題・法則を導く」推論のことです。
 演繹的プロファイルでは「人間の行動には法則性があり、統計から推測できる」という考え方に基づき、過去のデータから人間の行動・感情を類型化して、客観的指標を設定するという推理を行います。これには限られたサンプルから結論を導いてしまうこと、また、データがすべて過去のものであるという限界もあります。従って、無実の人を犯人として特定してしまう危険性を本質的に内在していることになります。
 一方、帰納的プロファイルでは「現場で実際に起きたことにしか手がかりはない」という考え方に基づき、現場の証拠のみから犯人の動機・性質を推論するという推理を行います。他の犯罪者の情報は一切考慮しない。現場が日常的に行っている推理を理論化・体系化したものともいえますが、犯人が現場に残した証拠から推論するために、推理を行ったのが誰かによって結論が大幅に違ってきます。従って、幅広い経験と学識が必要になるし、幅広い知見を持つ人材の育成は簡単にはできないという限界もあります。
 このように両者は、起源・方法論・思考法が根本的に違っています。従って、「演繹か帰納か」という発想ではなく、「両方とも使う」という、両者を止揚する柔軟な発想が必要になってきます。 そして止揚された柔軟な発想の中から仮説形成(アブダクション:abduction)と表現されるプロファイル(Abductive Profile)が出現すると考えられます。このアブダクションとは、既述したように「事実からは直接観察しえぬ、別種の事実を閃く」ことを意味し、可謬性は高いが、発見に向いた推論形式だとC.S.パースは説いています。所謂、第六感的な閃きです。帰納法に似た拡張推論ですが、帰納とアブダクションの違いは、帰納は「観察された事実の一般化を行う」だけであるのに対し、アブダクションは「事実を説明する原理・法則・理論・概念の発見」を行います。またアブダクションが発見しようとするのは、観察されたのとは別の種類の事実であることがしばしばです。観察できない事実であることもしばしばです。更に、帰納は「正当の文脈」において、仮説や理論を検証する推論です。一方、アブダクションは「発見の文脈」において、仮説や理論を発案する推論です。帰納よりは大きく飛躍した閃きや発見を伴う推論といえます。
 以上のような三つの推理を連携させながら、求むべき解を「炙り出していく」のが、犯罪捜査におけるプロファイリングモデル(Profiling Model:PM)であり、人間本来の推論思考過程に沿うものであると考えられます。
2.2 P2Mにおけるプロファイリングマネジメント
P2Mのプロファイリングマネジメント  P2Mにおけるプロファイリングマネジメントの考え方は、「ありのままの姿(As-Is Model)」を認識し、洞察力をもって全体使命を多元的に解釈し、幅広い価値体系として表現した「あるべき姿(To-Be Model)」を描く、と抽象的な表現になっています。これは、現実世界の重要な問題は次のように定式化できるという見方です。つまり、To-Be Modelという望ましい状態と、As-Is Modelという現在の状態があり、As-IsからTo-Beに到達するにはいろいろな道筋(シナリオ)があるという考え方です。この考え方によれば、問題解決とはTo-BeとAs-Isをはっきりさせ、As-IsとTo-Beの差を解消するための最善の手段を選択する(Gap Analysis)ことであるということです。ここでは、それぞれのモデルを描くための洞察力として、前述の演繹的プロファイル(Deductive Profile)、帰納的プロファイル(Inductive Profile)、及び仮説形成的プロファイル(Abductive Profile)が連携しながら、プロファイリングモデル(Profiling Model: PM)を炙り出すことで、価値創出モデルを形成すると考えられます。
2.3 P2Mへの期待
 プロファイリングマネジメントは基本的に、問題、目的が未だ明確に認識されていないとき、つまりは系(プログラム)以前のテーマについて、その意義(why)を発見し、抽出し、定義することから始まります。推論を駆使し、幅広く探索(searching)し、オヤと思うものを発見し (researching)、遂には自らの「ビジョン&ミッション&シナリオ(vision & mission & scenario)」として炙り出し(redefining)、その全体像を記述します。researchingとは「re(再び)+search(捜し求める)」であり、redefiningとは「re(再び)+define(範囲を定める)」という語源があるように、常に問題意識を持って考え続けることが重要です。ここでは、外部環境調査分析、内部環境調査分析、ガイドライン設定、候補分野発想、重点分野フィールド調査、KSF(Key Success Factors)設定、マーケティング戦略、ビジネスモデル構想、ロードマップ、As-Is Model、To-Be Vision等を通じて、プログラムミッションを導出し、価値創造モデルとしてのプログラムマネジメントに引渡すまでを担います。ここに人間のアブダクション能力が大きく関与するようです。

 (ご参考)
 アブダクション研究会については、 こちら をご覧ください。
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