リレー随想
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「クレマチスの弦」

副理事長 清水 基夫 [プロフィール] :6月号

 春先に岩手県の農園から、クレマチスの苗を通信販売で買った。その小さな苗を仕事部屋の南側に植えておいた。いくつかの小さな花をつけたあと、クレマチスはベランダの細い立桟に小さな弦をいくつもしっかりと絡めつつ、上へ上へとまっすぐに伸びて、5月の連休のころには、ベランダの手すりの上まで成長したが、そこから上は手掛かりがない。どちらに伸びようか思案をしている風であった。

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 さて、相変わらず日本では、伸びあぐねて元気がない会社が多い。なんだかんだと言ううちに、失われた10年は20年になり、いよいよ30年を目指す勢い(?)である。政権交代も転機と期待されたが、逆方向の転機になりかねない。

 何が悪いのであろうか?社会が悪い、会社が悪い、経営者が悪い、社員が悪い、教育が悪い、政治が悪い、新聞が悪い、天気が悪い、法律が悪い、天下りが悪い、為替レートが悪い、アメリカ流のグローバリゼーションが悪い、中国が安すぎる、韓国が強すぎる、南アフリカは遠すぎる(応援に行けない?)、角の電信柱が邪魔だ・・・。世界の中の比較で見れば、そこそこの生活が出来て、テロの心配もなく、ウォッシュレットが普及しているみたいな中途半端な幸せが悪いのかもしれない。
 会社の業績が悪いのは、どれとは言えないたくさんの事情が絡んでいる。何でもかんでもが絡み合って、因果関係が良く分からない動的な複雑性(dynamic complexity)である。因みに、複雑な機械とか、IC回路が複雑と言うのは、詳細性の複雑性(detailed complexity)という。しかし、経営では環境の因果関係が分からないことは、言い訳であって、業績が悪い理由の説明にはならない。業績が良い会社もあるからだ。

 因果関係を探る一つの方法は、因果関係自体を疑うことである。少し前、ネットで仲森智博氏による「なぜなら 給料が安いから」という   面白い記事 を見つけた。 「うちの会社は技術力はあるのだけれど、儲け方が下手で」という会社が多い。その結果、社員は給料が安くて困るという話をよく聞く。儲け方が下手だから、給料が安いというのは、分かり易い説明だ。しかし、もしかして逆なのではないか?つまり、給料が安い会社をわざわざ選んで入社する学生はいない。特に経営企画や営業という収益に直結する文系の人材は集まらない。結果として、会社は儲からない。本当は因果関係が逆なのではないかという話である。この因果関係は10年、20年と経つと、どんどん厳しく効いてくるだろう。
 知人に、国内のある大手企業の役員がいるが、彼は韓国の合弁会社に出向して会長をしている。合弁だから給料は現地の流儀である。安い安いといわれる韓国ウォン建てだが、日本円にすると1億円をかなり超える。もちろん、その給料は日本の親会社に支払われてしまって、本人には国内基準の給料が支払われる仕掛けになっている。日本は経営者の給料が安すぎるのではないか?なぜそうなるのかは、ここでは立ち入らない。

 話は変わるが、「ハードル・レート」という言葉がある。投資市場で、例えば20%の投資利回りがある案件(プロジェクト)があれば、それより利回りの低い案件には、投資されない。こうした投資判断の基準となる投資利回りをハードル・レート(あるいは資本コスト)と呼ぶ。一般には、だからハードル・レート以上の案件でなければ事業は出来ませんよ、という説明がされて終わりになる。この話も聞き流さないで、少し深く考えた方が良いかもしれない。経営の悪い会社は、利益率の悪い仕事をしている。その結果、極端な低金利が続いていることもあり、社内のハードル・レートが下がって、利回りの良くないプロジェクトも社内的には許容される。結果として事業の利益率は悪化するという悪循環である。アメリカのベンチャー企業の場合、失敗する会社も多いが、成功した場合には巨額の利益を得る。成功ために、経営、財務、技術、営業などの専門家が必死になって仕事をする。ハードル・レートが低くては、こうはならないかもしれない。国内でも、例えば利益率が35%以上でないと仕事をしない会社がある。成功したから利益率が35%なのではなく、それ以下の仕事をしないと決めているから成功しているのだろう。そういう方針を戦略と言う。

 二つの小さな例だけから何か結論を出すつもりはない。教訓があれば、それぞれが引き出してもらえばと思う。ただ、経営者もマネジャーも仕事をするときは、それを行えば、作用、反作用、副作用として何が起こるのか?表面的な一般論ではすませずに、自分の戦略としてよく考える必要があることは言えるだろう。

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 その後クレマチスがどうしているか、久しぶりに様子を見た。ベランダの手すりは太すぎて、彼(?)の小さな弦では掴めない。そこで手すりに沿って1メートル以上も真西に伸びて空中に漂っている。多分日光を受ける面積を最大にする、彼なりの戦略なのであろう。本当は、途中で切って側枝を出させないといけないのだが、もう少し様子を見ようかと思っている。これも日本的優柔不断かと、ひとり苦笑している。
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