PMプロの知恵コーナー
先号   次号

プロジェクトマネジャーの知恵 (9)
「「困ったときの知恵」とは何か (5)」

渡辺 貢成:3月号

1. 前回の復習
 10年前に「サバイバル・マネジメント」というエッセイを書き、米軍の訓練の中にある「捕虜になった時のサバイバル手法」の紹介と現実は訓練法には書かれていないことばかりで、創造力のあるものが生き残ったようだ。
 最近のニュースを見ると日本にとって悪いことばかりが書かれている。例を挙げれば「失われた10年」が「失われた20年」という表現に変わっている。確かにその通りなのだが、中国に抜かれたか、抜かれそうなのか不確かではあるが、この20年間世界2位のポジションを確保してきた。20年何もしなかったら2位は保てない。マスコミが書かない、何か素晴らしいことがあるに違いない。「自虐的になるよりも、自分たちの良さを発見することが大切なのではないか」というのが前号である。

2.「困ったときの知恵」で今回1回だけ自分の経験を書く
 さて、「困ったときの知恵」であるが、実際の事例で説明するのが最もわかりやすいが、個人の失敗談は歓迎され、成功談は歓迎されない日本社会では書きにくい。だが、今回1回だけ、筆者の事例を紹介する。それは「困ったときの知恵」に成果を出すための手法を知ってもらいたいからである。その手順は@問題に適したアイデアを出す、Aそのアイデアが関係者を納得させる内容である、B関係者が納得し、サポートしてくれるプロセスがある、C顧客関係者納得し、上司に報告する資料作成をサポートするプロセスがある、D顧客の承認がとれるプロセス、という5つかそれ以上のプロセスがある。単なるアイデアを出す人は多くいるが5つのポイントクリアできる人は少ない。新しいビジネスモデルも同様である。その意味で自分の経験を書くことにした。

3.原子力発電所、原子炉建屋の工期短縮での経験
 さる電力会社から、原子炉を設置する健屋を4ヶ月短縮するという調査研究のプロジェクト依頼があった。本プロジェクトはゼネコンの領域である。エンジニアリング企業の領域ではなく、不思議に思い、その理由を確認した。ゼネコンができないと断ったために、エンジニアリング会社にお鉢が回ってきたことがわかった。エンジニアリング企業は海外ではプラント、建造物一式建設しているから、その能力を買われての依頼である。当時原子力発電関連プロジェクトの責任者をしていた筆者は関係者を集めて検討に入った。
3.1 関係者を集めた検討結果
@ 原子炉建屋の設計・建設の経験がない
A 原子炉建屋の耐震設計が難しく、経験のある企業しかできない
B 経験あるゼネコンが困難と言っている
C 経験がなく、顧客を説得できる内容がない
D この仕事に失敗すると現在の仕事も失注する恐れがある
E 考えるだけ無駄である。君子危うきに近寄らず
責任者として「最もな意見である」と思わなくもなかったが、電力から依頼を受けた副社長は「営業は駄目から出発する」という信念の持ち主である。専門家たちの意見は「この案件はいかに困難かといっているだけで、どのようにすればできるかという視点で全く検討していない」ことがわかる。依頼を受けた副社長の立場もあり、特に勘の鋭い副社長が納得するはずがない。
ここで筆者は「困ったことになった」状況に追い込まれた。断るにしても前向きに考え、「解決の糸口は、これこれであるが、これこれの理由で困難である等」の解答まで持って行きたいと考え、ない知恵を絞った。

3.2 ゼロベースの発想で考える(問題をやさしくして解決する発想手法の採用)
問題を解決するために自問自答してみた。
Q: 何故、ゼネコンが断ったか?
A: 4ヶ月短縮を確約すると、現場工事が困る。しかし、1ヶ月短縮ならゼネコンはできるかもしれない。1ヶ月短縮でも電力会社は30億円利益が出るから、4ヶ月短縮に拘るのは止めよう。
Q: 建設工法の工夫で、建設、設備の設置の繰り返し手順の中で、何か短縮できるものがあるか?
A: ゼネコンの協力がえられれば、少しの短縮は可能かもしれない
Q: 電力からの要請をゼネコン間で協議しただろうか?
A: 本件はゼネコンにとってメリットがある調査依頼ではない。多分協働検討をしていないだろう。このプロジェクトは何らかの形で、ゼネコンに一同に集まって、協同させる必要がある。そのための目玉が欲しい。海外の原子力発電所建設実績調査団派遣団結成という誘いに乗れば、その可能性は高くなる。

ここで、問題をやさしくして解決する発想をまとめてみよう。
@ 原子炉建屋の工程調査を実施し、成果が出なくても、調査した価値はある――60点
A 建屋と機械の据付調整で成功すれば――― 70点
B 海外原子炉工法の調査―――80点
C 本調査の4ヶ月短縮は根拠がなく、誰もわからない。わからないことをそのままにすることではなく。どれだけの短縮ができるか、その調査方法を顧客が納得できれば成功といえるだろう。わずかな期待ではあるが、ゼネコンが海外調査までして、
問題を易しくする発想
  何もアイデアがないということはあるまい。(虫が良すぎるか?)しかし、この調査研究は最悪でも60点は取れると心の中で確認ができたことで、事業部内の検討会をお願いした。
3.3 事業部内検討会議
重要案件であるから専務を長とする会議が開かれた。開始早々専務から
専務「昨夜、担当部長から電話があり、本件は絶対断るべきだとの上申があった」
筆者「わかりました。それで専務は断る方針ですか」
専務「いやいや、まだ決めたわけではない。みなの意見を聞いてから決断する」
筆者からは
@ 問題をやさしくして解決する発想で「調査に対するシナリオ」を説明した
A 本件は「ゼネコンの協力が必要であり、ゼネコンの協力は電力にお願いし、セネコンが了承することを条件に引き受ける」
B ゼネコンは海外調査までして、ノー・アイデアということはありえないだろう
C 電力への説得は筆者がする。その際の決め手は「当社は世界で最初に石油精製プラント建設工程の電子化を手がけた当社スタッフの実績」である。現場担当者(ゼネコン)は意外と視野が狭く、新しいことに抵抗感がある。ゼネコンとは異なる視点で調査することに価値がある旨の説明をする」
会議では受注する方向で顧客を説得せよということになった
3.4 顧客の説得(上記手法で実施)
3.5 顧客はゼネコンを説得し、プロジェクトスタート時50%のゼネコンが参加した
3.6 海外調査時点で原子力関連ゼネコンは100%参加
3.7 帰国後ゼネコンは新工法発表
3.8 4ヶ月短縮完成の報告書提出

4. まとめ
 人間は追い詰められないと嫌なことから逃げることを考える。追い込まれると「ない知恵」も頼りになる。このとき、従来からの発想を捨てる人は成功することができる。知恵を出すのは「未来は過去より、常に面白い」からである。人生を面白く生きるには、小さな失敗をエネルギー源だと考える必要がある。
以上
ページトップに戻る