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「官に於けるプロジェクトマネジメント」
(その1:極度にEVMに頼った問題)

イデオ・アクト株式会社 代表取締役  葉山 博昭:12月号

 官に於けるシステム開発は高度情報通信ネットワーク社会推進本部(IT戦略本部)が主催し目的は「情報通信技術(IT)の活用により世界的規模で生じている急激かつ大幅な社会経済構造の変化に適確に対応することの緊要性にかんがみ、高度情報通信ネットワーク社会の形成に関する施策を迅速かつ重点的に推進するために、平成13年1月、内閣に「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)」を設置したところです。」となっています。
又根拠法は「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(平成12年法律第144号)」で、本部長内閣総理大臣のもとに実施されています。総務省担当の電子政府総合窓口「e-Gov」はこのIT戦略本部のポータルサイトであり種々の情報が公開されています。この計画に基づき「業務・システム最適化指針」というものが作成され、官公庁のシステム化はこの指針に基づき行われています。
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業務・システム最適化指針のURL
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 なぜ今回この官公庁の業務・システム最適化指針を紹介したかというと、内容を読んでいただけると分かると思うのですが、PMBOKにかなり影響されている割に極端にEVMの効果が取り上げられていること、またこの最適化指針に実際の官公庁のシステム開発が従っており弊害が多いこと、また民間のシステム開発のプロジェクトマネジメントへも悪い影響が出ているからである。

【極度にEVMに頼った影響】
最適化指針は平成18年に定められ、その数年前から経済産業省を中心に作成されてきました。当時はEVMがもてはやされていた時代で、最適化指針のなかではEVMが全ての問題を解決すると書かれ、詳細に指針が作成されている。確かにPMBOK第2版ではEVMの比重が高かった時期で、第3版ではいくらかトーンダウンしています。ちょうど時期的にPMBOK第3版が出ていない時期だったのでEVMを効果の高い手法として捉えている面はあるようですが捉え方に行き過ぎの面が見える。例えばワークパッケージは5人日程度(一般には20人日程度)まで分解するようにということも示されており、進捗管理表のサンプルも提示されている。その一方ガントチャートによるスケジュールを作成するようにとは示されていない。このことがどういう結果を招いたかというと、WBSを作成しワークパッケージ単位に開始・終了の予定時期、実績時期を管理し、PVの割り当て、EVの計上、ACの把握を行うこととなった。官公庁系のシステム開発は大規模なものも少なくなく、受注金額が数十億、中には数百億になるものもある。このようなシステム開発でワークパッケージを5人日程度に分解するとどういうことになるかというと、一人月間単価が100万円とすると、5人日程度は大体20万円になる。1億円の開発だとワークパッケージにして500になり、WBSは途中のサマリータスクを入れるとその1.5倍程度になってしまう。結果、合計で700〜800行程度になってしまう。このこと自体に別に論理的誤りがあるわけではないが、進捗管理でEVMを採用すると、この5人日程度のワークパーケージ単位の進捗の予定実績を把握するという習慣がなかったシステム開発業界への影響はだれも想像することが出来ないほど大きかった。多分最適化指針を作成した人々も想像出来なかったのではないだろうか。
50億円規模のシステム開発プロジェクトに関与したことがあるが、1億円の50倍の規模なので、WBSの総行数は3万行近くになってしまう。基本設計段階でさえ3000行になってしまった。最適化指針では隔週での進捗報告を求めている。大規模なシステム開発で進捗報告をするドキュメントを作成する工数は膨大なものになってしまった。膨大な工数をかけただけの効果が得られれば受託会社側にもメリットがあり問題は無いのだが、膨大な工数をかけて報告書を提出することと、進捗管理で把握した問題を解決することとは直結しない。進捗上の問題はEVMを採用することで問題解決出来るという仮定が破綻をきたしてしまっている。官公庁のシステム開発では要件定義が進まないということがよく発生する、当然期限が来ても成果物は出来ないのでSPI、CPIは下がる一方となってしまう。なぜ要件定義が進まないのかという原因を追及し対応すること無しに、遅れが省内の上層部、上級省に発覚するのを恐れるあまりSPIを数字上1に近い報告を委託者が受託者に要求し、受託者も実際の進捗率とは関係のない偽造した数値を報告するなどということがまかり通っている。実際に進捗していないものはどこかで発覚する、それはe-Govのホームページで公表されているので分かるのだが、CIO補佐官等連絡会議が毎月開催され、大規模で遅れが大きいシステム開発については、スケジュールの見直しが指摘されることになる。CIO補佐官等連絡会議で話題になる時期は既に致命的に手遅れになった状態であり、それまでのSPIの報告は何だったのかということになる。EVMを強調し過ぎたことに問題があるのではないだろうか。確かにシステム開発では進捗を表す指標値を持たなかったという問題はあるが、いきなり米国で行われていることを無批判に、日本のシステム開発業界では経験のなかったEVMを取り入れ、また進捗管理をEVMだけに頼るというのは乱暴に過ぎたと言わざるを得ない。日本のシステム開発業界で旧来からガントチャートによる進捗管理を行い、遅れを表すのに雷線を入れて表現し、なんら問題はなかった。現在のM/S Projectでもこの雷線は日本からの要望が評価されて組み入れられていることからも分かるように、決して日本システム開発業界の進捗管理の水準が低かった訳ではない。
 官公庁のシステム開発方法は単に官公庁と開発業者だけの問題ではなく、民間でのシステム開発にも影響する。なぜならば官公庁のプライムコントラクターは民間のシステム開発のプライムコントラクターと同じ場合が多く、官尊民卑の思想、国で決めたことに誤りは無いのではという漠然とした国への依存思想から、民間へも官で行っているEVMでの進捗管理方法と同じ方法を持ち込もうとしている大手システム会社が存在するようになった。最近WBS=スケジュールとするものが多くスコープの設定とWBSの作成、スケジュールの作成の順番がめちゃくちゃで、何を作るのか明確でないのにWBSが作成され日程・金額が決定し、自縄自縛になっている委託者・受託者が多いのは、この官でのマネジメント方法が影響しているように思われる。
 筆者はEVMを採用する場合でもガントチャートによるスケジュール表を作成し、段階的詳細化を実践し、システム開発で発生するのが常である不測の事態の対処を盛り込み、柔軟にWBS、スケジュールを作成し直すように指導し、また自分でも実践している。問題解決に直結しない、最近のプロジェクトマネジマントの管理過多には食傷気味である。またこのことがシステム開発業界からトラブルが減少しない原因の一つと思っている。
 次回のテーマは「官に於けるプロジェクトマネジメント:システム開発の調達の問題点」
以上
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