PMプロの知恵コーナー
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ダブリンの風(75) 「品質とグレード」

高根 宏士:9月号

 品質マネジメントにおいて、品質とグレ−ド(等級)を区別して考えなければならないことは常識である。念のため定義を挙げてみると

 P2M(新版)では
 「品質とは、備わっている特性の集まりが、要求事項を満たす程度」
 「グレードとは、同一の用途を持つ製品やサービスについて、異なる品質要求事項に対して与えられる区分もしくはランク」

 PMBOK(第3版)では
 「品質とは、一連の固有の特性が要求事項を満足している度合い」
 「グレードとは、機能的用途は同じだが品質に対する要求事項が異なるものを識別する際に使う、区分または順位」

 となっている。要するに品質とは要求事項をどれだけ満足しているかであり、グレードとは要求事項そのものに対するレベルと考えられる。例としてよく挙げられるものに、飛行機におけるファーストクラスとエコノミークラスがある。どちらもある地点からある地点まで運んでくれることは同じだが、ファーストクラスはより快適に運んでくれるようになっている。座席は大きくゆったりしているし、機内サービスもエコノミークラスよりも良い。そして乗客もそれを了解している。エコノミーに乗りながら、ファーストクラスのサービスを要求する乗客はいない。グレードの違いは暗黙のうちにステークホルダー全体に共通認識がある。しかしファーストクラスに乗りながら、そのクラスとして当然と思われるサービスを受けられない場合、それは不満として残る。極端な場合はクレームとして挙げられる。これは品質の問題である。品質の問題は不満や軋轢になる。
 先日仙台に出張した。東京・仙台間の移動には東北新幹線を利用した。往きは「やまびこ」、帰りは「はやて」のグリーンを利用した。これまでの出張ではいつも「はやて」に乗っていたが、グリーン車のサービスとしておしぼりとコーヒーが提供されていた。今回は珍しく、往きに「やまびこ」を使ったが、そこではおしぼりもコーヒーもでなかった。サービスが廃止になったのかと思ったが、帰りに「はやて」に乗ったら、以前と同じサービスがだされた。私はグリーン車のサービスとして、「はやて」とおなじものを期待(品質要求)していたので、「やまびこ」のサービスには当然不満が残る。
 この場合原因はいくつか考えられる。先ず考えられることはJR東日本として「はやて」と「やまびこ」のグレードに差をつけていることである。しかしグリ−ン料金は同じであるからこれではおかしなことになる。次に考えられることは当事者であるウエートレスにサービスレベルがきちんと徹底していないことである。最後にウエートレスのケアレスミスが考えられる。しかしこの場合は私だけをスキップしたにしても他の乗客にはサービスがあってもよいはずである。他の乗客にもサービスをしていないようだから、ケアレスミスとは考えられない。もしあるとすればウエートレスのさぼりである。
 原因が何であれ、この事象はJR東日本として、グリーン車のサービスが不安定であることを示す。通常あると思われるはサービスが、あるときにないと、そこでは品質が低いという判断になる。そしてあるときに思っても見ないサービスがあると、その瞬間には品質が良いと言う印象を与えるが、次にはそれがグレードに転化される可能性がある。今回の場合「はやて」のサービスレベルを「やまびこ」でも無意識のうちに期待してしまい、そのサービスがないと品質が低いという不満を発生させている。
 品質が不安定であるということは、反ってそのグレードにおける要求品質を高めてしまい、通常のサービスに対する不満を喚起してしまう。
 簡単に言えばグレードとは「受け手の期待」であり、品質とは「受け手の期待に対する充足度」である。したがって期待が大きいほど、それを満たすことは困難になり、品質が低いという評価になってしまう。したがって品質の評価を高めるためには「受け手の期待」を必要以上に上げないことも重要なことである。そのためにはグレードに対するきちんとした具体的レベルを明確にし、それにできるだけ近づけることである。しかもぶれないことである。
 JR東日本の対応は「はやて」では品質が高いとは判断されず、それがグリーン車のサービスレベル(グレード)と考えられ、「やまびこ」の対応は品質が低いと判断される。そしてJR東日本は品質が低いという評価になる。
 ちなみにJR東海のグリーン車では、おしぼりはでるが、コーヒーのサービスはない。東日本が「はやて」のレベルを「やまびこ」でも維持していれば、多分東海よりも品質は良いと評価されると思うが、今回の「やまびこ」のような対応があると、「はやて」の対応は評価されず、「やまびこ」の対応で評価され、東海よりも悪いと判断されてしまうことになる。
 品質の不安定は、その品質の最低のところで全体品質の評価を決めてしまう。心すべきことである。

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