「「リーゾナブル」がわかるプロフェッショナル」
オンライン編集長 渡辺 貢成:3月号
「今月のひと言」はオンラインの編集長になる前から書き始めました。前任の編集長が大学でご専門を教えることになり、辞任されました。後任が決まるまでということで編集長を引き受けて、7年以上もなりました。幸い後任者が見つかり、この3月号をもって退任いたします。読者の皆様につたない文を長々と続けてしまいましたが、これをもって打ち切りにしたいと考えました。
オンラインはPMAJの会員だけでなく、プロジェクトマネジメントにわずかでも関連しそうな記事を受け付けています。大いに利用して、どしどし投稿していただきたいと思います。また、これまでもご執筆いただきました皆様方のご努力で、オンラインが継続できましたことを御礼申し上げます。4月からは有能な新しい編集長の下でオンラインは継続されます。引き続きご支援いただきますことをお願いいたします。
最後になりますのでPM関係者にお願いがあります。私は社会人になった当初からPM(プロジェクトマネジメント)だけをやってきました。最後には会社経営に参加したこともありますが、今でもPMを続けています。石油、原子力、宇宙開発関連のプロジェクトです。国内、海外のプロジェクトも経験しました。私が参加した石油、原子力、宇宙開発のプロジェクトは整然としたものでした。それには理由があります。石油は危険物を取り扱っています。高温、高圧で油と水素ガスを取り扱って反応させるプラントです。プロジェクトは大型で、ステークホルダーも大勢います。参加者がルールを守らないときわめて危険です。原子力はご存知のように核分裂を取り扱っています。宇宙開発はすべてが未知の分野ですが、米国はこの未知の分野に挑戦し、成功を収めています。これらのすべてのプロジェクトはPMの手法に従って粛々と仕事をこなしていきます。失敗してもすぐ原因を突き止め、これを糧にして、失敗を繰り返さない体制を敷いてプロジェクトを進めています。
石油精製プラントでシェル石油と付き合いました。彼らは「リーゾナブル」という言葉をよく使います。合理的というニュアンスとも違います。私の受けた印象では「話しの筋が通っている」、「その考えは理屈にあっているね」というような感覚でした。世の中はすべて理屈で出来上がっていないから、新しい問題にぶつかると、何とかして問題解決をします。アイデアがよいと「リーゾナブル」だと採用してくれます。これはプロフェッショナル的な感覚でした。それから私は常にプロの感覚で「リーゾナブル」な答えを求めるようになりました。
宇宙の仕事が終わり、頼まれて、JPMF(日本プロジェクトマネジメントフォーラム)の事務局長を務めました。このとき接したのがIT産業でした。IT産業の方々は風を切って歩いていました。「我々はドッグイヤーで変化する技術を駆使しながら仕事をしている。長年同じことをやっているプラント系とは違うよ」と、旧い分野に属する人種に見られている印象を受けました。
IT系の人々のプレゼンテーションを受けますと、画面いっぱいに新しいツールが描かれ、難しいカタカナ言葉を使い、輝かしく発表していました。正直言って何を言っているのか、さっぱりわかりませんでしたが、その先端性にまぶしさを感じ、プラント業界から最先端の職場に飛び込んだ浦島太郎の心境でした。JPMFの会員の60%以上を占めるIT系のことを知らなくては事務局長が務まらないと、IT系の人々から話しを聞きまくりました。宇宙開発に入り込んで話しを聞いたときより、理解できませんでした。
IT系の勉強をするために、IT系の現場で困っている問題を取り扱っているグループの研究会に参加しました。2年間話しを聞くことだけに努めました。そのグループはPS「パートズナーサティスファクション」という研究グループです。IT業界の表面の華やかさとは裏腹に、内面では多くの問題を抱え、多くのメンタルケアを必要とする人たちが増えているという現実でした。
そこで、その原因を追究するためにIT失敗事例を米国、日本の文献から整理してみました。原因がわからなければ、解決案は単なる対処療法に過ぎないからです。整理の結果は「顧客原因」によるものが70%、「受注者企業の組織要因」によるもの20%、「要員の能力不足」によるもの10%と目処を付けました。もちろんIT要員が超一流であれば失敗しなかったかもしれません。組織能力が高ければ失敗率も減ったかもしれません。これらの理屈はさておき、主要因から見ると、この数値は妥当性があると考えています。この事実をある会社の講演会で発表しました。反論はありませんでしたが、簡単に改善される種類の事柄ではなかったようです。
そこで顧客原因を更に詳しく調べてみると、私たちでは考えも及ばない仕事の仕方をしていることがわかりました。これをまとめてみます。
@ 構想計画なしにIT投資をしている
A 仕様書なしで、値段が決められ、納期も決められている
B 契約書なしか、あっても仕様書の不明確な内容の契約であったりする
C リスクマネジメントを調査すると、通常なら発注者責任のリスクを受注者が負わされている
D 変更が多い。要求がプロジェクトの後半でどんどん増えていく
E 元請、二次、三次請負という企業構造となっており、品質保証がよくみえない
これは驚きでした。私達が実施してきたPMとは全く別のPMであることがわかりました。
このことをIT系の方々に話しても、返ってくる答えは「我々は見えないものを扱っているから見えるものを扱うPMとは違います」というものでした。「あなた方はどのようなPM手法を使われていますか?」と質問すると「PMBOKです」が回答です。その答えを聞いて、私は何故IT産業が3Kになるかを理解しました。そしてその要因は日本社会の「お客様は神さまだ」にあることがわかりました。
欧米の社会は契約社会です。発注者、受注者は神の前に平等という精神で契約がなされています。発注者は発注者の役割とそれに伴う責任が明記されます。受注者は受注者の役割と責任が明記されます。契約に記載されなかったリスクに関しても分担を決めます。米国は訴訟社会ですから、発注者側の不備は追加の対象となります。従って発注者は仕様書つくりに力をいれます。仕様が固まらない場合は実費償還型の契約をします。
日本の習慣を見ますと、発注者は甲で位が高く、受注者は乙で下位の存在であるように見受けられます。細かいことは書かず、問題がおきたときは双方誠意を持って解決すると書いてあります。これは明治時代からの習慣であるように思われます。明治時代は官が甲の立場で外人を雇い仕様をつくり、乙の立場の民間を指導し、育成してきました。これだと甲、乙の関係がわかります。しかし、最近の甲は実力がないのに乙に対しその責任を負担させています。これはプロフェッシナル(ビジネスの姿勢と実力)からみて「リーゾナブル」とはいえません。「リーゾナブル」でない社会は必ずゆがみが表面に現れます。
グローバル化された社会ではスピードが勝負です。日本の社会が長い間「甲、乙の関係」が継続できたのは、長い信頼関係の中で、今回は損をしてよ、次に面倒を見るからという悠長さがあったからです。現代はそのような余裕がありません。発注者は発注者の責任を全うする社会的責任があります。それを怠ると、グローバル社会で必ず脱落します。
幸い、経済産業省はIT発注に関し、発注者はビジネス要求仕様、業務要求仕様、システム要求仕様を書くことを定めました。そして世界で通用する契約内容に関し、新しい定めをする方向で検討しています。従来していなかった「超上流をIT化する勘どころ」をIPAは出版しています。
難しいことかもしれませんが、PM関係者は「リーゾナブル」とは何かを常に考えて頂きたいと願って、「今月のひと言」を終結します。読者の皆様ありがとうございました。
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