図書紹介
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感動をつくる  ――ディズニーで最高のリーダーが育つ10の法則――
(リー・コッカレル著、月沢季歌子訳、ダイヤモンド社発行、2008年11月28日、第1版、259ページ、1,500+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):3月号

今回紹介の本は、副題にもある通り「ウォルト・ディズニーのリーダー養成の本」である。ディズニーと言えば「ディズニーランド」であり、それと「リーダー」と「顧客」を結ぶキーワードは、題名にある「感動をつくる」であろうか。我々がプロジェクトマネジメント(PM)に携っていて「感動する場面」に遭遇することはそう多くない。普段、リーダーとして「感動をつくる」以前に『納期、予算、品質』に追いまくられている為かも知れない。偶に、顧客からプロジェクトの完成時に、お褒めの言葉を頂き「このプロジェクトに出会って、本当に良かった」と感激した経験がある。その時は、プロジェクトの開発中の苦労が一気に吹き飛んだことを思い出し、こうした体験が繰り返されれば、PMリーダーがやり甲斐のある仕事になるであろうと以前から思っていた。そこで今回の本にあるように「感動をつくる」リーダーの育つ法則がPMに活用出来るなら、それを参考にすべきである。ここに著者は、自ら経営者としての経験から組織運営上の問題点とリーダーのあり方を述べている。そして現在、要員育成の組織(ディズニー・インスティチュート)の講師としてリーダー教育を担当し、直接指導もしているので生きた指導方法を学べる本でもある。

実は、もう一つこの本をとりあげた理由がある。昨年、アメリカのサブプライム・ローンの破綻に端を発した「世界的金融危機」は、自動車産業からあらゆる業種に業績悪化、赤字転落、業務縮小、人員削減等々に発展している。日本でも、トヨタ、パナソニック、ソニー等々の企業も軒並み赤字決算の予想を発表している。そんな暗いニュースの中で、「東京ディズニーランド絶好調、3度目の上方修正」の新聞記事を目にした。(2009年2月5日)それによると売上は、3852億円で対前年比12.5%増、経常利益が359億円の30.6%増である。入場者数も過去最高の27,100千人と前年比6.6%増とのことである。この上方修正の理由として、25周年のイベントが好評だったことと、昨年10月にオープンした常設劇場「シルク・ドゥ・ソレイユ」が貢献したのだという。それでも円高等の影響で外国人客が減少したが、「毎回、新しい楽しみがある」ことで国内の来園者増がそれをカバーしたと分析している。この厳しい経済環境下で顧客のレピートを着実に増やし、増収増益を維持している「東京ディズニーランド」は、エクセレント・カンパニーである。その原点は、顧客の「毎回、新しい楽しみ」を与える『感動』があるからではなかろうか。その「感動」を企画し、演じているのが、ディズニーランドのスタッフであり、その「リーダー」たちである。この秘訣を彼等は「魔法」と呼んでいる。この魔法を今回学んで見たいと思っている。

ディズニーランドの魔法(その1)     ―― 顧客が感動する仕掛け【ゲスト第一】 ――
この本は、ディズニーランドと言っても東京ディズニーランドではなく、「ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート(ディズニー・ワールド)」のことが書かれてある。ディズニー・ワールドとは、アメリカ・フロリダ州オーランドにある巨大なリゾート施設群である。この施設は、4つのディズニーテーマパークと2つのウォータパーク、他に6つのゴルフコースやレースサーキット他に32のリゾートホテルがあり、東京・山手線の内側面積の倍の広さである。あのディズニーランドの150倍ものとてつもない規模である。この本では、サンフランシスコとほぼ同じ、マンハッタンの2倍の広さで世界最大の観光地であると紹介している。そこで働く従業員も59,000人と1施設としては、世界最大だと書いている。著者は、この施設の上級副社長として10年間勤めている。その経験からディズニーランドの魔法(=顧客が感動する仕掛け)を企画・演出してきたことを色々と紹介している。
先ず、お客様(=来園者)を「ゲスト」と呼び、従業員を「キャスト」と呼称するのは、世界中のディズニーランドで共通している。他にオンステージ(=顧客エリア)、バックステージ(=舞台裏)、ロール(=仕事)等々の共通用語がある。これは「キャスト」が入社時から徹底してディズニーランド文化を浸透させるためである。次に、お客様を大切にする「ゲスト4つの期待」を身に付けてから、オンステージに立つのである。この4つの期待とは、「@ゲストを特別だと感じさせる。Aゲストを一人の人間として扱う。Bゲストとその子どもたちに敬意を払う。Cオンステージに豊富な知識を持っている。」で、これらを社員研修して一人前の「キャスト」に育てている。その研修に、60日間も費やしている。

入社時の新入社員全員に「トラディション」(ディズニーの企業文化と優れた顧客サービスを学ぶ)という実地研修を含む社内研修をする。この研修を通じて、ゲストに対するディズニー・マジックを徹底的に身に付けさせている。その中に7つのゲスト・サービス・ガイドラインというのがある。@ハッピー(ごきげん):いつもゲストの目を見ながら笑顔で接しよう。Aスニージー(くしゃみ):ゲスト一人ひとりに挨拶し、歓迎の気持ちを伝えよう。Bパッシュフル(てれすけ):照れずにゲストに接しよう。Cドッグ(先生):サービスが上手くいかなかった時は、早めに回復を図ろう。Dグランビー(おこりんぼ):短気にならず、いつも適切なボディランゲージを示そう。Eスリーピー(ねぼすけ):夢を実現し、魔法のようなゲスト体験を壊さない。Fドービー(おとぼけ):怠けず、ゲスト一人ひとりに感謝しよう。この7つは、白雪姫と7人の小人のキャラクターを使って、わかり易くディズニーサービスの本質を教えている。それとゲストがディズニーランドに入園して、夢を壊させない工夫が各所にあり、キャストがそれを演じきる仕組みがある。キャストの休憩時間等のプライベート・タイムは、バックステージと称する舞台裏があって、絶対にゲストと顔を合わせない工夫がある。他に園内でゲストの捨てたゴミを掃除するキャストは、それをパフォーマンスとして演じて見せてくれる。それはキャストが歩きながら屈むことなく長い箒とスマートな塵取りで見事に清掃し、あたかもショウを演じているようにパフォーマンスする。ゲストが楽しみながら行き交う道路も立派なオンステージである。

ディズニーランドの魔法(その2)      ―― 社員をブランド化する【キャスト優先】 ――
この本は、副題にもある通り「最高のリーダーが育つ10の法則」が書かれてある。このリーダーとは、ディズニーランドのキャストをまとめる人である。だから我々PM関係のリーダーにも活用できると思っている。その10の法則に興味のある方は、この本を読んで頂きたい。ここでは、その中の「社員をブランド化する」ことを中心に「リーダーが育つ法則」を探ってみたい。この法則には、GLS(Great Leadership Strategy)なる原則がある。その冒頭に「変化の大きい時代に、未来を受け継ぐのは学び続ける者である。学ぶことを止めてしまえば、身に付けた知識は既に存在しない世界にしか通用しないものになる」と競争相手より一歩先んじる必要性を説いている。それでは、何を学ぶのかが問題である。ディズニーランドでは、4つの分野の能力について学ぶか努力する必要があるという。先ず「専門的な能力」:仕事をするに必要な知識とスキル(当然と言えば当然だが、このスキルをどのレベルで評価するかの判断基準がリーダーを養成するポイントとなる)。次が管理能力だが、著者は一般的な管理能力に加えて、効率的な予定を組み立てる自分流のシステムが整えられるスキルをいう。次が技術能力だが、これも普通のレベルはなく、より迅速に低コストで会社として満足度を向上させる新技術を取り入れるスキルである。最後は、リーダーシップ能力である。部下を育てるリーダー術を持っているのは当然であるが、この本では、GLSの冒頭に書いてある『学び続ける』リーダーシップである。変化に対応するとは、社会の変化だけではなく、顧客、社内、部下等からも学び・行動するリーダーなのである。

ディズニーランド顧客のレピート率は70%といわれている。驚異的な数字である。これと同じ位のレピート率の高いサービス業では、リッツ・カールトンホテルがある。その共通点は、顧客満足度が高いことと、従業員の「顧客最優先サービスの徹底」が挙げられる。これは従業員一人ひとりが、自分の果たすべき「役割」を理解し、その場に応じた行動をしている点にある。顧客優先主義は、顧客を最大限に大切にすることである。そして、ディズニーランドでは、「社員も大切する」と付け加えている。別な言葉で「会社のブランド力は、社員のブランド力である」ことを会社として徹底しているとも言える。この本では、ズバリ「社員をブランド化する」方法を細かに書いている。採用から研修に到る考え方とプロセスを10の法則としてまとめている。触りの部分を少しご紹介したい。基本はいたって単純である。お客様を大切にすると同じように社員を大切にする。これをリーダーに置き換えると、お客様と同じように部下を大切にすることとなる。即ち、「自分を特別だと感じさせ、一人の人間として扱い、自分に敬意を払ってくれ、豊富な知識を授ける」となる。これは世界中のディズニー内部共通の『黄金律』かもし知れない。こうした素養を持った有能な人材を採用して、社内研修の過程で育成していく。だから社内で育てて、リーダーとして昇進できる人を採用していると書いている。この点は、世界中のどの企業も同じことを考えていると思う。しかし、それが成功しているかどうかの答えは、顧客が評価する。

ディズニーランドの魔法(その3)   ―― 魔法を生む仕掛け【キャスト研修】 ――
その顧客が出した答えが、ディズニーランドの高レピート率である。このディズニーランドの魔法を実現するために徹底した社内研修を実施していることをこの本に書いている。更に、この研修をディズニーランド以外の企業にも開放していることも紹介している。所謂、社内研修を外部向けに商売として実施し、そのための会社も設立している。その名は「ディズニー・インスティテュート」(1986年設立、ディズニー・ワールドのあるアメリカ・フロリダ州オーランド)である。その内容は、この本でも紹介されている「ディズニーの魔法」をプログラム化している。6つのトレーニングコース(リーダーシップ・エクセレンス、クォリティ・サービス、ロイヤリティ、クリエイティビティ、ピープル・マネジメント等)で、集中講義や小人数でのワークショップ研修である。世界中の企業や個人がこのトレーニングに参加するので、通訳付きで1日から3日半の選択コースがある。このコースの中で「クォリティ・サービス」が、最もディズニー魔法の真髄を教えているのであろうか。この本では詳細が書かれていないが、このサービス基準は、どの企業でも利用可能なので少し紹介して置きたい。4項目あって重要なものから、「安全」「ゲストへの配慮」「ショー」「効率」である。これらの項目をキャスト(従業員)とセット(出入口、売店、道路、レストラン、ホテル等お客様と出会う全ての場面を想定)とプロセス(キャストとセットをまとめたもので、ゲストの誘導やホテルのチェックインや非常時・緊急時の対応等)がマトリックス(DVC統合表)として、何をどうすべきか基準化され一覧表になっている。

このDVC(Disney Vacation Club)とは、ディズニーリゾートのマジックを所有したいというゲストの要望に答えて1991年に発足した。その際、今までのサービスを更にレベルアップしたものだという。一例を「ショウ」で見ると、「“キャスト”はパフォーマンス・コンサルタントからゲストをいかに楽しませるかの特別訓練を受ける。その中の“セット”は我が家でくつろぐテーマ性を持ち、“プロセス”は甘い余韻を残して帰れるように、お菓子を無料で配る」といったものである。このように魔法を生む仕掛けは綿密に計画され、キャストはそれを心から演じるように訓練されている。その訓練を徹底させると、演じるのではなく「自然に動ける」のである。これは仕事としてやらされているのではなく、ゲストに心から楽しんでもらう「マインド」を育んでいる。ここで書かれた「魔法を生む仕掛け」は、研修を通じてキャストの価値観を教えて「スキルだけでなく、人格を鍛える」と結んでいる。現場での従業員の一人ひとりの考えと行動が、その企業のブランドを形成していく。これはどんな企業でもPMに於いても、全く同じことである。要はその『魔法』を誰もが、いつでも、どこでも自然に振舞えて、その結果が企業ブランド化する。(以上)
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