宇宙ステーション余話
先号

「国際宇宙ステーション余話」

長谷川 義幸:11月号

第 13 回

■NASAは個人に権限をあたえる
 NASAは変化する組織です。上層部が変われば下々も変ります。個性を尊重し、人間関係により状況は変更されるので過去の踏襲を好みません。人事異動で担当が替わると、過去の合意やそこに至る経緯が反故にされることがありました。後任者への引継ぎは長くても数日、引継ぎさえしない場合もあり、後任者と調整の続きをするとき、いきさつから説明する羽目になります。 このため、いらいらしたり不満をNASAにぶつけたりしましたが、彼らのやり方が分ってからその対応策を立てました。 それは、調整をする度に議事録をこまめに作成し、NASAとJAXAと共同サインをとったり、電子メイルや電話でのやり取りを技術資料化して残す等を行いました。これらは合意に至る有効なエビデンスになり、話を振り出しにもどさないで調整を進行させることができるようになりました。ビックプロジェクトの場合はとにかく走りながら進める傾向があり、1度決めたことに対しても変更することに罪悪感はありません。目標に向かって改善を行うプロセスなので当然との意識です。また交渉をする相手のポジションを理解しておかないと、時間とエネルギーの浪費になります。NASAは、コントラクターを組織にいれているので、会議で 「NASAの方針は・・」、という人もいます。実際にはコントラクターは意思決定権限をもちません。交渉相手の立場を事前によく理解しておかないと時間の無駄になる場合があります。

■相手は本当の交渉相手か?
1995−6年頃まで、NASAとの調整はどうやればいいのか、JAXAも開発企業の人間もよく分っていませんでした。JAXAが、NASAに派遣した駐在員や、「きぼう」開発プロジェクトに異動していきた駐在員経験者がこのことに気が付き、交渉分野毎にNASAの相手がどんな立場で どんな権限をもっているのかを担当に知らせるようになりました。それまで数ヶ月以上も技術交渉したが、なかなか進みが悪く、JAXAもESAも不満を表した相手が、実は決定権限のないNASAの職員で、かつ優柔不断の性格であったことが分ったので、NASAの上層部に話して担当者を変更してもらう事態もありました。 また、JAXAの若い職員をNASA技術者A氏とのモジュール結合時の機構系結合干渉の調整に行かせた別な事例ですが、交渉の結果を、議事録に明記したまでは良かったのですが、アクションアイテムの期限がきても、なしのつぶてでした。そこで電子メイルを送って回答の催促をするように指示しました。しかし、1週間たっても返事がないので、JAXA駐在員に頼み相手に連絡をとった結果、駐在員からA氏はこの問題のアクションができる相手ではなく、優柔不断で上司と相談したり、NASAの関係者と調整しないで物事を抱える人であることが判明。駐在員のNASA上層部と相談してもらった結果、A氏の直属のマネージャをこの作業に巻き込むことで、作業を本線に戻すことができました。

■NASAプロジェクトの動かし方
@論議の方法
・初めに国際宇宙ステーション(ISS)をどう組立てるのか、それをどう運用し利用してゆくのかの概念を開発の前提として設定すべく、発生しうる不具合対処を含めて関係者の経験や専門家の英知を集めて議論します。ブレーンストーミングですので、この際、あらゆる意見を集めるため、意見をどんどん言わせます。たとえ稚拙な意見や質問であっても自分の意見を言えるようなザックバランな雰囲気にして、議論を重ねてゆきます。 何回か会合を重ねると意見が出つくし、あるいは同じような議論が繰り返される状況になると、会合の議長が作業の方向を決めてゆきます。日本人は発言に慎重であり、総じて静かな日本人は会議であまり発言しないので、存在感がありませんでした。発言しない人は、会議に参加していないと見なされます。逆に、主張があまり論理的でなく説得力が乏しいことも原因であるためか、意見の対立を呼び相手のことを非難する人がいました。論理を好み、人を憎まない欧米人にはISS参加当初には不思議な日本人と捉えた人がいたようです。現在では、同じ目標に向かった仲間でとしての意識、熱い議論はしても会議が終ればにっこり握手して、懇親会でざっくばらんな楽しい時間を多くの日本人ができるようになりました。

A要求設定と柔軟な変更対応
・上記の議論を踏まえ、NASAは開発・運用要求を高く設定します。その後、設定要求が技術的に実現可能性なのか設計評価、スケジュールとコストを勘案した上で、要求の再設定を行ってゆきます。
 日本は実現可能な要求を予め技術的に評価した上で設定し、目標コストを予め定め、このコスト内に収めるよう開発の過程で幾度となく設計の見なおし要求の低減を繰り返すことにしてきたので、この欧米風のアプローチは、違和感がありました。欧米人は仕様設定後も、開発で不具合が発生したり、運用要求が変更されると、設定概念が実際とは違っていたので、要求を見直し、実際の要求を満足させるようにします。国際合意した要求であっても、NASA内と国際パートナと交渉し変更するようにします。日常的に改善活動を行なっています。大きな目標に向い、多くの意見や実証データを尊重して足固めをしながら民主主義的にプロジェクトを進めてゆきます。フロンティアの開発・運用ですから、どれが最善の設計なのかは誰にも分りませんので、1度決めたことに対しても変更することに罪悪感はないし、当然と捉えています。チャレンジを好みますので走りながら皆で進めて行くのが開発の原動力になっています。 そのため、最悪の場合、開発途中でも運用要求が変更になると中止することもあります。
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