PMプロの知恵コーナー
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プロマネの表業、裏業 (5) 「顧客の口封じ法」

芝 安曇:8月号

プロマネとは実のところ楽な家業ではない。海外の顧客と付き合って、日本に帰ってくると逆カルチャーショックというものに直面した。「お客様は神様」という発想である。

日本では全て、お客様の仰せごもっともである。逆らおうものなら出入り差し止めである。以前は当たり前と思っていたことが、一度欧米のビジネス文化を味わうと戸惑いを感じるのが、逆カルチャーショックである。

欧米の企業と付き合って、分かったことである。ビジネスは両者(発注者、受注者)が対等であることに驚いたが、同時に心地よさも感じた。自分が正しいと思ことを述べても評価してくれることである。多分にシェル石油は我々よりエンジニアリング面で進んでおり、余裕があったためか、寛大な態度であったことは確かであった。

シェル石油から学んだことはたくさんあった。@契約事項が最優先である。Aエンジニアリングは「Simple is the best.」であった。契約でこの製油所はミニマム・リクワイアメントでやれと、仕様書の最初に書いてある。余計な提案をすると、
「シェル石油は全世界に10,000人のオペレーターがいますが、あなたの提案を彼らに勉強させるだけの価値がありますか?」
「いえいえ、それほどの提案ではありません」
「そうですか。それでは取りやめましょう。シンプルが安全で、問題も起こしません」

シェル石油は長年の経験を通じて、正しいエンジニアリングのあり方を知っていることを痛感した。そこには発想するための哲学と評価の基準が厳然として存在することを知らされた。

では、日本の顧客に共通する問題点がある。
@ 契約という概念が希薄である
A 発注者は発注者の役割と責任があり、受注者は受注者としての役割と責任があるという概念が乏しく、発注者が自分の責任を平気で受注者に転嫁する習慣がある
B スタンダードという概念にフィロソフィーが伴うという概念がない。
欧米のスタンダードは社会的に大勢の人々が使うことを目的に過去の経験実績を集めて作成されている。これは社会の知的資産でもある。人々はこの資産を使ってスタンダードより先のことを考え、価値を作り出している。したがってこのスタンダードは大勢の人々が使うことができ、グローバルスタンダードとなりやすい。
日本のスタンダードは企業別であること。概して他のスタンダードの寄せ集的で、その企業以外では使われない。業者にとって各社のスタンダードを学ぶことは多くのロスに繋がるため、また守られないことも考えられる
C 日本の顧客は一般に技術オリエンテッドで、新しい技術を使いたがること、個人の趣味に属する要求が多く、10,000人が使うという発想に乏しい。このためスタンダードから出発しないから生産性が低く、無駄な費用と受注者の無駄な労力を発生させる傾向が強い。

ここで本題に入る。
  • Cに関係することであるが、技術オリエンテッドということはプロジェクトを投資と考えていない。投資的発想であれば当市の見返りは何か考えるはずである。趣味が多く、変更がおおいのは、契約の概念が乏しいため、追加の金を支払う意思がないからできる悪習慣である。しかし、習慣に逆らうことは、それ以上の労力を使うことになるため、逆らうことはできない。
  • では、プロジェクトマネジャーは何をするかが、今月のテーマである。プロジェクトを進めると顧客の思考が見えてくる。そこで、顧客の趣味を封じる手を考える。まづ先手を打つことである。顧客が発言しそうな発想をA案とする。私たちが提案したい案をD案とする。そこで顧客説明用にA,B,C,D案を作成する。B案はA案の変形、C案はD案の変形で、D案より劣る案を加える。

説明会ではA案はこれこれの利点があるが、これこれの欠点もある。
B,C案からD案の利点、欠点を説明し、顧客に選ばせる。
そしてA案を顧客自身で否定してもらう手を使う。
  • では、顧客から提案があった場合はどうするか?
    ここでの技はすぐ返事をしないことである。十分検討させてくださいと一度引き下がる。次は顧客の提案の良さを認めながら、まずい点がありますのでこのようにしたらどうですかと再提案する。ここで重要なことは顧客の案を完全に理解尽くしたという姿勢を見せることである。それを見せないと顧客の信用を失うから要注意である。
  • 以上がプロマネの裏技であるが、ここでの表業は顧客が納得する誠意を見せることである。
以上
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