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「プロジェクトにおける共通感覚」

河合 一夫:8月号

 ここに1冊の本がある.岩波現代文庫から出版されている「共通感覚論」(著者:中村雄二郎,以降[中村]とする)である.普段,私たちは常識の中で生活し常識について深く考えることはない.空気のような存在として捉えている.この本では,そういった常識に深く切り込んだ名著だと思う.この小文では,プロジェクトにおける共通感覚(コモンセンス),常識というものを,この本を参考に再認識してみたい.これ以降,常識と共通感覚はほぼ同じ意味を持った言葉として使う.それぞれを読み替えて貰って差し支えない.特に違いを強調する場合は「共通感覚」,「常識」とする.
 共通感覚があるが故に,私たちは互いの認識を無意識の内に認めている.りんごといえば丸く赤いものであると連想し,犬はワンと鳴くと思っているのである.プロジェクトでは,計画が重要であることを改めて問う必要はない.プロジェクトの開始時には,必ず何らかの計画を立案し実行に移す.計画を立案しないでプロジェクトを実行していれば非常識と言われる.PDCAサイクルはマネジメントの常識なのである.
 常識をあらためて考えると厄介な面を持っている.[中村]では,“常識とは,私たちの間の共通の日常経験の上に立った知であるとともに,一定の社会や文化という共通の意味場のなかでの,わかりきったもの,自明になったものを含んだ知である”,と言っている.さらに続けて,“ところが,このわかりきったもの,自明になったものは,そのなんたるかが,なかなか気づきにくい”,としている.私たちが持っているプロジェクトの常識を今一度振り返ってみることで,プロジェクトやそのマネジメントの本質が少し観えてくるのではないか,そんな気がする.プロジェクトの常識の例として,『品質と納期とスコープはトレードオフの関係にある』といわれる.私たちは,そのことを疑うことをしない.メンバーは,品質を上げたいのであれば納期をずらせ,とマネージャに要求する.また,納期を守るためには,要員を増やすか,スコープを縮小し,成果物を削らなければ守れない,とも言う.無論,マネージャやリーダも同じ常識を持っているので,納期を守るために要員を増すか,不要な作業が無いか,作業を簡素化できないかを考える.そして実際に行う.疑うこともなく.そういったことの多くは,感覚やその場の空気で判断される.常識で判断されているといってもよいかも知れない.
 私たちは,知識や技術,それを使いこなすためのプロセスを持っている.常識に囚われていては出来ないことも,常識に囚われないことで成功した事例は多くある.例えば,太平洋戦争緒戦のいくつかの戦いは,当時の戦術の常識に囚われない戦い方の事例の1つであろう.しかし,組織が職業軍人としての常識に囚われていたため勝機を逸し,日本は敗戦した.振り返って,私たちはどうであろうか.常識に囚われていないだろうか.先に記述したように,常識とはなかなか分かりにくい面を持っている.今一度,私たちのプロジェクトにおける常識を考え直すことが必要な時期にきているのでなないだろうか.社会が大きく変化しようとしている現代において,今までの経験をもとにした常識に囚われていては,プロジェクトを成功に導けないことに遭遇するかもしれない.プロジェクトやマネジメントの本質を捉えること,それが重要なことであり,そのための「常識」が必要となる.本小文の動機はそこにある.
 そこで,本小文では,そのためのヒントとなるようなことについて「常識」や「共通感覚」を少しだけ考えてみたい.再び,[中村]から引用する.「常識」は,“ここで要求されるのは,なによりも総合的で全体的な把握,それも理論化される以前の総合的な知覚である.その点からいうと<常識>は,現在ではあまりその知覚的側面が顧みられていないが,まさに総合的で全体的な感得力(センス)としての側面を持っている”,と述べられている.プロジェクトは常に変化にさらされている.プロジェクト・マネジメントは,変化を捉えて行動を起こすことである.まさしく,[中村]で述べられている,総合的な知覚が必要となる.「のほほん」と与えられたタスクだけをこなしてしているだけでは,駄目なのである.プロジェクトに関わるメンバー全員が,知覚を研ぎ澄まし,変化を捉えることが必要である.そうして得た経験や知識が,プロジェクトにおける「常識」となることが必要である.それが,メンバーが持つべき「共通感覚」なのだと,私は思う.
 そろそろ紙面も尽きてきたようなので,このあたりで筆をおくことにする.機会があれば,プロジェクトにおける「共通感覚」について,さらに考えてみたい.そうすることで新たなプロジェクトの「常識」を生むことも可能になり,革新的なプロジェクト・マネジメントも生まれてくるのではないかと期待している.
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