PMプロの知恵コーナー
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ダブリンの風(61) 「人 材 育 成」

高根 宏士:7月号

 以前人材育成に熱心なSIベンダーがあった。研修期間も1人当り年に1ヶ月近くあった。内容はSEとして必要なシステムエンジニアリング、ソフトウエアエンジニアリング、コンピュータやネットワーク、アプリケーションの業務知識、プロジェクトマネジメントなど盛りだくさんであった。システム開発のプロジェクトにおいても、単にシステムの完成だけでなく、参加しているメンバーそれぞれに対して、担当している業務から何を習得するかを事前に決め、プロジェクト終了時点でその習得状況を確認・評価するようにしていた。
 人材育成は社会を正常に発展させていくためには最も重要なことである。したがってこの企業がやっていることは間違いではない。ところがこれだけの育成策を実施していながら、企業の業績はそれほど目覚しいものではなかった。もちろん赤字とか、資金繰りがつかないというようなことはなかったが、業界他社と比較して目立つようなものではなかった。そして優秀な人材が退職し、有名大手企業に採用される例が頻繁に出るようになった。また新人の採用においても面白くないことが発生していた。それはこの企業が有名な大手企業の滑り止めとして利用されていたことである。ある年に世間で一流といわれる大学から女子学生が5人受験してきた。面接してみたら素晴らしい学生達であったため、全員採用することにした。ところがそれから1ヶ月経ったころ全員が辞退したいと連絡してきた。調べてみると全員有名大手企業に採用されていた。
 この企業のどこに問題があったのであろうか。それは育成そのものに問題があったのでなく、育成した成果を活用するところに問題があった。企業の目的、ビジョンやビジネス戦略と育成との間にしっかりした関連性を認識していなかた。だから育成した成果がビジネス戦略にどの程度貢献しているかを具体的に評価していない。またそのようなことについて、トップマネジメント層がきちんと認識していなかった。彼らはただ育成さえすれば何とかなるという観念的思いだけで育成政策を推進していたのである。
 人材育成でのポイントは絶対的能力のレベルアップとその能力を何に使うかという2点であると考えられる。ゴルフを例に取ると飛距離と方向性である。はじめてゴルフをするとき、レッスンプロの先生から「方向はどうでもよいから力一杯飛ばせ、先ずは飛距離を伸ばすことだ」といわれる。飛距離を伸ばすことは、それを最初に意識して練習を続けていないとできないからである。ある程度スイングやボールを打つ感覚が決まってしまうと飛距離を挙げることは非常に困難になるからである。しかし飛距離がどんなに延びてもそれだけでスコアアップはできない。ラウンドするようになって何年か経って、スコアを挙げようとすると、飛距離を伸ばすよりも方向性と予定しただけの飛距離になるかどうかの距離感が大事になってくる。もちろんあるレベルの飛距離があることを前提としているが。飛距離がどんなに出ても目標とするグリーンの方向に飛ばず、OBにしたり、ペナルティを取られたりしていたら、スコアはどんどん悪くなる。またグリーン方向に飛んでもグリーンをオーバーしてしまったら同じである。そして250mのショットも1cmのパットも1打は1打という認識(これは仕事では品質感覚になる)をしていないと個々のショットは良くてもスコアは上がらない。方向性や距離感はラウンド中でも改善が可能である。それに対して飛距離はラウンド中には改善できない。ラウンド中に不可能な飛距離を出そうとして、反って全体を壊してしまう例は常に見られるところである。
 人材育成において、飛距離を挙げるということは人生という長い眼で見て大きな成果を挙げるための基礎を作るところである。若い頃の教育がこれに相当する。これは主として家庭教育や学校教育に求められるであろう。そこではできるだけ飛距離を伸ばす訓練をする。何をするにも(どんな方向でも)飛距離が基本であることに変わりはない。しかも飛距離は促成栽培できない。
 それに対して企業が育成するのは自分の土俵での成果を挙げるためである。ゴルフの例では、これから廻るラウンドのスコアを如何に挙げるかである。そのために自分のグリーンの方向はどちらか、グリーンの周りはどのようになっているか。バンカーが取り巻いているか、グリーン形状はどうか等を見極めることと、自分の飛距離を踏まえた距離感、方向に正しく向えるアドレス感覚を磨くことだろうと思われる。
 例に挙げた企業は人材育成を学校教育の延長としてしか認識していなかったのではないだろうか。だから他の企業から見ればその企業は優秀な人材を輩出してくれる学校だったのだろう。

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