ダブリンの風(60) 「コミュニケーション」
高根 宏士:5月号
コミュニケーションマネジメントはP2MやPMBOKではプロジェクトマネジメントにおける知識エリアの一つの分野とされている。そこではプロジェクトにおける情報伝達、情報交換をマネジメントするものとして考えられている。P2Mでは異文化コミュニケーションのような課題も扱っているが、どちらも(特にPMBOKでは)基本的には情報伝達を扱っている。
情報は最終的にはビットに変化できるものであろう。それは非常に明快なものである。そのビット情報を発信者から受信者に伝えることは比較的簡単である。ここに気づいたことがコンピュータとかディジタル回路を使ったハードウエア機器を進歩させた大きな要因であった。最近の20数年において世の中に提供されるプロダクトの急速な進歩はこの情報伝達の正確さと簡単さを基本にしている。
ところでプロジェクトマネジメントにおけるコミュニケーションの問題はこのような情報伝達の正確さ、簡単さだけで達成できるものでろうか。
以前にある会社であった例である。大規模で困難なプロジェクトがあった。そこにプロジェクトリーダAとサブリーダBがいた。BはAの方針や指示に徹底的に協力し、二人の関係は理想的に見えた。二人の間のコミュニケーションは完全に通じているように見えた。数ヶ月経過し、プロジェクトの進捗がはかばかしくなく、遅れが表面化してきた。そのときの課題は仕様を確定することであった。Aはこの課題に注力していた。しかしユーザーもコンセンサスの取れたイメージを持てず、難航していた。そのため進捗は遅れていった。そのときAの上司である部長はその状態にイライラし、「少しぐらい仕様が曖昧でもコーディングをしてしまえば何とかなる」ということで早くコーディングに掛かれという指示をAにした。Aは確定していない仕様でそれぞれが自分の解釈でプログラムを作ってしまったら、後で収拾がつかなくなるということで反対した。部長はAを首にし、Bを補佐として自ら乗り出してプロジェクトを直接コントロールし始めた。Bは部長の指示のままに動いた。プログラム(コード)は作られ、日々コーディングされた量がカウントされ、いかにもプロジェクトは進んでいるようになった。Aはこのままではプロジェクトの破綻は避けようがないと思ったので、Bに部長のやり方では危険だから、仕様を集中して固めるよう忠告した。そのときBはAに対して、「Aさんは現在私の上司ではありません。現在は部長が上司ですから、部長の指示通り動きます」といって忠告は無視された。半年ほどして作られたプログラムの多くは使い物にならないことが判明し、破綻が決定的になった。ユーザーからの要請でAはカムバックした。するとBはまたAの指示に徹底的にしたがって作業を進めた。以後その関係はプロジェクト終了後数年続いた。AはBの協力を有効なものと判断し、ありがたいと思った。
ここでAとBの関係を見ると、Bは個々の作業については指示通りにきちんと理解し動いたのだから情報伝達は正確になされていたと見てよい。しかしコミュニケーションはできていたのだろうか。情報は伝わり、その通りに動いてもらったのだから表面的にはできているように見える。しかし問題の時点でAが仕様確定を最も重要と考えていたことはBには伝わっていなかった。だから部長の「仕様が曖昧でもコーディングしろ」という指示にすぐに従えた。Bにとっては上司のいうことに従うことが第一であり、上司の思いが何であるか、それが何故なのか等を理解しようという意識もなく、理解もできなかった。これでコミュニケーションができたといえるのだろうか。読者の皆様の意見を聞かせてもらえればありがたい。
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