宇宙ステーション余話
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「宇宙ステーション余話」

長谷川 義幸:3月号

第 5 回

■ 宇宙船の空気漏れ試験
 有人宇宙船では宇宙飛行士の生命の安全を脅かす致命的な事故が3つ想定されています。火災、有毒ガス、それに減圧の発生です。この中で、特に減圧ついては、呼吸用の空気損失に伴う補給量の増加にも関連しており、漏洩は最小限に抑える必要があります。減圧の主な原因は、船内と船外を仕切っている個々のシール部が損傷するような故障や、打上げ時や軌道上で発生する荷重による構造破壊、隕石や人工の小物体の衝突が考えられます。 当初、NASAは宇宙船の内部からの空気の漏洩について、ヘリウムガスを用いて1つ1つシール部の漏洩試験を実施することで安全要求を検証することにしていました。 しかし、ロシアが宇宙ステーションプログラムに参加して、この検証方針が見直されることになります。ロシアは真空槽の中に宇宙船を丸ごと入れて漏洩試験を実施すべきだと強くNASAに提案したのです。ロシアでは過去に宇宙船が地球へ帰還する際の空気漏洩で、宇宙飛行士が死亡する事故があり、その苦い経験を生かして空気漏れに対して厳しく検証するようになった背景がありました。 NASAでは類似の空気漏洩による事故を経験していなかったため、当初そのような大規模な試験は必要ないとの立場をとっていました。しかし、この課題に対してNASAも参加機関も大型の真空槽の準備と試験に要するコストを含め、そもそも本当にやらなければならない検証なのか、かなり長い期間激しい議論が行なわれました。結局、人間が搭乗する宇宙施設の空気漏洩量の最終確認は、ロシアの経験を取り込み安全上の観点から最終組立て状態で真空槽内で実施することになりました。つまり、より厳密に試験をして安心感を得ることにしたのです。

■ 日本実験棟の気密構造は大丈夫
 日本実験棟の与圧構造体は溶接一体構造で大部分が溶接性の良い高張力アルミ合金を用いています。圧力容器としての確認は大気中で容器内との差圧を2気圧まであげた試験jにより健全性を確認しています。キャビンの空気漏洩については、貫通部のシールをすべて2重以上にして、さらに漏洩した場合の影響が大きいシールの径6インチ以上のものについては、各シールを個別にリーク確認ができるように測定孔を設けています。宇宙ステーション本体との結合部については、万が一漏洩が発生した場合に宇宙飛行士が船内から追加シールを取り付けられる構造としています。漏洩量の評価は、個別の貫通部ごとに計測を行って規定以内であることを確認するとともに、実験棟全体を真空槽に入れた気密試験を 筑波宇宙センターで行いました。なお、測定には国際相互評価活動として、NASAのエンジニアも参加しました。その結果、漏洩量は1年間100リットル程度、米国の実験棟のそれより一桁よく、ほとんど空気がもれない気密構造であることが確認できました。 さらに、NASAのケネディー宇宙センターで打上げる直前の与圧モジュール封止後にも、最終確認として大気中で実験棟内部を加圧して圧力変化により確認することにしています。

■ 宇宙ステーション謎の気圧低下
 2004年正月明け、「 国際宇宙ステーションでは原因不明の気圧低下が起きている!」と、ロシアとNASAの宇宙飛行士から地上管制官に緊急連絡がありました。気圧低下は12月22日から発生しており、毎日、水銀柱で約2mmづつ下がり続けていることが確認され、地上技術部門は、空気漏れが機体のどこかで起きている可能性があるとみて、搭乗員に1つ1つの実験棟や居住棟のバルブ故障や機体の亀裂等をしらみつぶしに探すようの指示しました。当面、気圧低下量は少ないので、搭乗員の生命にかかる危険性は少なく、気圧の監視を強化していくことにしました。 必死の調査の結果、空気漏れの箇所は、下図の米国実験棟の地球観測窓に接続しているホースの継ぎ手であることを突き止めました。窓ガラスは2重になっており、このホースは窓の間に湿度により曇ったとき、外の真空を利用して空気を外へ出すために設置されたものです。さらに、このホースからの漏洩が宇宙飛行士の操作が原因であることも分かりました。地球観測を行うときに、宇宙飛行士は窓に顔を近づけますが、この際ふわふわしている姿勢を安定させるため、手すりの代わりにこのホースを無意識に手で掴んでいました。このためホースが何回も引っ張られたため、継ぎ手に接続しているホースに亀裂が入りキャビンの空気がほんのわずかづつ外に漏れ出したのです。このホースを窓より取り外したところ、気圧低下はぴたっと止まりました。本来、搭乗員はこのホースを掴むことは禁止されていたのですが、近くにハンドレールがないことから人間の習性として掴でしまったのです。ヒューマン・エラーでした。
 恒久的な処置として、NASAは接続ホース全体を覆うカバーを製作し補給船で打ち上げました。まだ、宇宙に上がっていない「きぼう」日本実験棟にも、同様の窓が2つあり、緊急にカバーを独自に製作して取り付けました。このように、宇宙船の空気漏れは直接生命に危険を及ぼすので十分過ぎるくらいに注意をして設計・製作・試験を実施してゆく必要があるのです。

米国実験棟、窓/ジャンパホースからのリーク不具合

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