「国際宇宙ステーション余話」 −大規模国際プロジェクトでのエピソード−
長谷川 義幸:2月号
第 4 回
■ ロシア参加で軌道変更―大影響を受けた各国
〇経緯
1993年 クリントンが大統領に就任して計画の見直しを指示、そのため、国際宇宙ステーション計画は大幅な設計変更を行うことになりました。冷戦が終結しミール宇宙船で培ったロシアの有人技術を取り込めば,より早く,低コストで、確実に宇宙ステーションが開発できるのではないかと思惑があり、米国政府はロシアの参加を求めました。参加各国はこのロシアの参加によってもさらに大きな影響を被ることになりました。宇宙ステーションが建設される軌道は、地球の赤道面に対して常に28.5度の傾きのある軌道面でした。 ところが、ロシアがパートナーになったことからこの傾斜角が51.6度に変わりました。樺太北端から横切って南米大陸の南端のマゼラン海峡南端に至るような道筋になります。ロシアのロケットの打上げ基地が、北緯46度にあるため、軌道傾斜角51.6度の方が打上げに適しており、コストも低減できるのです。宇宙ステーション建設完了までに予定されている建設資材の輸送は45回の内、ロシアは12回を担当、宇宙飛行士の輸送をするソユーズ、資材の輸送をするプログレスといったロシアで実績のあるシステムを提供することになったのです。なお、その後スペースシャトル「コロンビア号」の事故の後、ロシアの存在は重要性が上がり、スペースシャトルとロシアのロケットと2つの人間と物資を輸送する手段があることが宇宙ステーションの信頼性をあげていくことになりました。故障許容の考え方が安全と信頼性を確保している実例です。
〇日本実験棟設計への影響
<熱の問題>
さて、宇宙ステーション計画の見直しにより、各国の実験棟・居住棟の配置が変わり、「きぼう」日本実験棟は進行方向の最前列にでることになりました。この軌道は太陽の日射量の変化が大きいため、温度変化も温度差も大きく、船内実験室の大規模な熱制御システムの開発が必要となりました。
<宇宙ごみ対策>
さらに、進行方向から飛んでくる宇宙のごみ(以下、デブリ)や隕石を以前の配置より悪く、もろに受けることになるので主構造の外側に設置しているバンパー(自動車のバンパーと同じような意味)をより強化して主構造への損傷を防ぐようにすることになりました。宇宙ステーションは、人間が搭乗するためロケットとは異なり隕石が衝突して構造に穴があくと中の空気が漏れて搭乗員の生命に危険を及ぼします。そのため、「きぼう」 日本実験棟ではアルミ合金の船内実験室の厚さを以前より厚くしたり、主構造体の外側10cmくらいのところに、白く塗装したアルミ合金のパネルを構造体全周に取り付けています。さらに、その10cmの空間に防弾チョッキの材料になっているセラミック繊維やアラミド繊維の織布を積層にし、アルミのメッシュと断熱材などで作ったネットを張った部材を取り付けて隕石や宇宙ごみを防ぐようにするようにしています。防御を手厚くすると重量が増加して、肝心の実験装置や機材を実験室と一緒に打ち上げられません。このため、主構造体の外壁の板厚、バンパーの板厚とこの部材をどの範囲でとりつけるのか、が大きな問題になりました。
国際宇宙ステーションプログラムとして、隕石・デブリ防御性能が非貫通確率の形で要求されています。これは10年間運用した場合に隕石・デブリにより船内実験室外壁に貫通穴が生じない確率を規定したもので、日本の船内実験室と保管室を合わせた非貫通確率は0.9738以上となっています。計算は、主構造体の形状、軌道上の隕石・デブリ分布モデル、アルミ新球に対する衝突速度と貫通限界直径の関係を示したバンパー貫通限界曲線から行います。貫通限界曲線の性能を確認するため、秒速3kmから7kmにおいて実際に高速衝突試験を何十回も行い性能を確認することになりました。最終的には、主構造体の板厚は当初の厚さ3.2mmから4.8mmとなりました。
<打上げ重量が減る>
さらに、軌道傾斜角が大きくなったため、スペースシャトルで打ち上げる重量が大きく減ることになりました。当初は、第1便でロボットアームを装着した船内実験室を、第2便で船内と船外の保管室、と船外実験プラットフォームを打ち上げ、これらを宇宙で順次組立てる予定でした。 しかし、シャトルの打上げ能力制限内に収めるため船内実験室の冗長系システム機器を船内実験室より先に打ち上げる必要があり、日本実験棟の打ち上げをシャトル3便に分割して打上げることになり、専用便は1便のみで他は米国やカナダと相乗りとなりました。国際調整の結果、第1便でシステム冗長機器と実験装置、第2便でロボットアームを装着した船内実験室を、第3便で船外実験装置を搭載した船外保管室と船外実験プラットフォームを打ち上げ、これらを宇宙で順次組立てることになりました。このような影響はすべての参加機関に共通した問題で、技術的な設計の変更には、試験や解析、国際調整が何十回も行われ合意に達するには相当な時間がかかりました。
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