ダブリンの風(57) 「妙手と悪手」
高根 宏士:1月号
ゴルフは18ホールを廻って、打数の少ないほうが勝ちである。18ホールを72打数で回るのが基準であり、パープレーといわれる。各ホールにもパーの打数がある。各ホールのパーに対して3打少ない打数でホールアウトした場合アルバトロスという。このアルバトロスを出すことはプロでも至難の技である。ところが3打多いトリプルボギーを出すことは日常茶飯事である。4打や5打多くなってしまうのさえ簡単である。4打多くなってしまった場合、最終のホールでどんなに頑張ってもアルバトロスが限度なので回復することは不可能である。4打少ないままで最終ホールに来ても、そこで4打以上多く打ってしまい、オーバーパーになってしまうことはしばしばである。従ってトータルスコアを少なくするには1ホールで多く打たないことが鉄則である。そのためにはアルバトロスやイーグルを狙ってナイスショットしようとするよりも、そこそこのショットで、悪くても2打以上多く打たないことが肝要である。プロから「うまくなろうと思ったら、ナイスショットを考えるのではなく、ミスした時に大きなミスにならないようにすることが第一」といわれたことがあった。確かに最も良いホールのスコアが少ないよりも、最も悪いホールのスコアの少ないほうが勝つ確率が高い。
囲碁の世界も似たような現象がある。すなわち勝つか負けるかは妙手を打つことよりも悪手を打たないことである。50年ほど前に高川格という棋士がいた。彼は妙手や強手を打つことはあまりなく、「高川のパンチでは蝿も殺せない」とうわさされた。他のプロからは強いとは思われていなかったのである。その彼が本因坊9連覇の偉業を打ち立てた。その頃囲碁のタイトル戦は本因坊戦だけであったから、現在の本因坊よりも価値は段違いに大きかった。現在ならば棋聖、名人、本因坊3タイトルを9連覇したようなものである。そのため終わりごろには「高川は強いのではないか」という評価が出てきた。そして彼の強さの基になる特徴は「悪手を打つことが少ない、常に平均以上の手を打つこと、形成判断が明るいこと」ということであった。
ゴルフも囲碁も累積の成果が勝負に影響するゲームである。このようなゲームでは、常に平均の手、相手よりも1%いい手を打っていくことが重要である。ナイスショットや妙手、強手を狙って大怪我をするよりも、如何にミスを小さなものにするかがポイントである。
プロジェクトも累積の成果で成功かどうかが決まる。例えば計画では1日8時間で挙げるべき成果に対して、実績は7時間分の成果しか出なかったということは常に起こる現象である。そして1時間分の遅れはそれほどたいしたことはない。ところがそれが5日間続くと5時間の遅れになる。それを次の週で取り戻すことはそれほど簡単ではない。実績は40時間かけて35時間分の成果しか出せなかったのに、次週は40時間で45時間分の成果を挙げなければならない。30%程度の効率向上を図らなければならなくなる。同一人で条件が変わらないのに30%の向上は極めて困難である。そして次週これができないと、その次の週は益々効率に対する要求は大きくなってくる。そしてプロジェクトは破綻をきたす。
ITプロジェクトでの破綻やプロジェクト崩れはIT、ソフトウエアに特有の要因もあるが、取り組む側における日々のちょっとした緩みや甘さが続いて、問題が幾何級数的に大きくなることが多いようである。
緩みや甘さを防ぐには仕事の取組みに対するしつけも必要である。すなわち「けじめをつける、決めたことを守る、決めた時間を守る」ことに対するしつけである。それと同時に、現在のままで進んだら最後にプロジェクトはどうなるかを見通せることも重要である。この見通しがないと緩みや甘さの将来への影響に対する感覚が出てこない。すなわち高川の「形成判断」といわれる部分である。
意識しないで積み重ねてきた少しずつの積み残しがプロジェクトでは大きな問題になり、アルバトロスやイーグルを出すような成果を挙げても追いつかなくなるということを我々は肝に銘じておかなければならないであろう。
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