図書紹介
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「ヒトデはクモよりなぜ強い」 21世紀はリーダーなき組織が勝つ
(オリ・ブラフマン/ロッド・ベックストローム著、糸井恵訳、日経BP社発行、2007年09月03日、1版1刷、247ページ、1,800円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):12月号

この本は、副題の「21世紀はリーダーなき組織が勝つ」とある通り経営組織論で、魚類や動物の本ではない。組織をこうした生き物類に例えて話すことは、幾つかある。リーダーシップ論も含めると鶏頭牛尾、トカゲの尻尾切り、エスケープゴート等、余りいいものを思い付かないが、以前「アメーバー経営」(稲盛和夫著)を紹介(2007年1月号、掲載)したことがある。今回の本のキーワードは色々あるが、その根幹を成すのは矢張りインターネットである。このインターネットが我々の生活に入り込んで、政治、経済、社会生活を大幅に変えている。この変化を多面的に捉えて、現在多くの著書が出版されているが、「ウエブ進化論」(梅田望夫著)と「これから何が起こるのか」(田坂広志著)はプロジェクトマネジメント(PM)の観点から見て、勉強になる良書である。本題に戻ろう。著者のブラフマンについては、巻末に紹介されている。UCバークレイで平和紛争学を学んでいる。アメリカには、こんな学問があることを初めて知った。更に、シリコンバレーにあるスタンフォード大学のビジネススクールでMBAを取得している。元々起業家で、ワイヤレス接続サービスや健康食品をすすめる団体を創業している。共著者のロッド・ベックストロームと共同で公益プロジェクトを手掛ける会社をやったりしている。そのロッドも起業家でハイテク企業等を創業し、CATSソフトウェアを上場させたりして成功をおさめた実績がある。

ブラフマンを調べていたら、ヒンドゥー教からお釈迦様にいきあたった。PMとは直接関係ないが、仏様の引き合わせと思い少し追ってみた。ブラフマンは、宇宙の源であり、多くのヒンドゥーの神々がブラフマンから発生したともいわれている。このブラフマンの自己の中心(意識の最も深い内側にある個の根源)がアートマンである。これが梵我一如で、アートマンとブラフマンが同一(等価)であるとされている。ならば何なのかというと、アートマンは個の中心にあって認識するもので、自身は認識外であるとしている。この点が、仏教の「我」とは異なっている。即ち、「無我」を知ることが悟りの道とされているのが仏教で、個の中心にある「無」を知ることがアートマンの悟りとする解釈である。インドで仏教が消滅したのは、この「我はない」とする教えにあったと言われている。著者が今回、組織論をヒトデ(Starfish:宇宙の星)とクモ(Spider:インターネットのWeb(網)を作成する)に対比したのは何かの偶然であろうか。チョット考え過ぎかも知れない。

クモ型の組織     ―― インターネットで変化を余儀なくされた経営 ――
著者は、この本の中でヒトデとクモの戦いが最強の組織をつくるヒントがあると、多くの組織推移から事例を挙げて説明している。クモ型組織のレコード会社(EMI、ソニー、MGM等)に対して、ヒトデ型組織のナップスター(「音楽配信サービスを行っている企業名、日本では従来の音楽配信サイトとは違い、月額での定額制(サブスクリプション)サービスを採用している」Wikipediaより)、マイクロソフト対アパッチ、アメリカ対アルカイダに至る組織の対比をしている。ここでいうクモ型組織とは、どんな組織かを説明する必要がある。クモは、ご存知の通り糸で網を張り、虫を捕ることで知られている。分類上では節足動物門鋏角亜門クモ網クモ目に属する動物である。外見では、頭胸部と腹部に分かれて8本の脚がある。この組織論上では、頭が切り落とされても機能するかどうかを問題にしている。クモでなくても大部分の動物は生きていけないが、集約的な組織に関して言えば、それが一番重要なポイントであるとしている。即ち、組織機能が一極に集約されていることをクモ型組織と言っている。これに対して組織機能が何箇所かに分散されたものをヒトデ型組織と呼んでいる。世界中を網の目のように張りめぐらせた現在のインターネット網では、一部が損傷しても全部が消滅することはあり得ない。それと同じように、組織でも例え頭が死んでも全体としての機能を失っては、これからの発展がないと言っている。

先のレコード会社の例で見ると、EMIやソニー等の大会社がレコード販売を集約的に扱っていたのに対して、インターネットの出現で個人が簡単にサーバーからダウンロード可能な環境をつくり上げてしまった。この結果、ナップスターがレコード(ハードウェア)でなく音楽(ソフトウェア)を売る商売を始めた。当時レコードの大会社は、世界のレコード売上の80%を占めていたが、ナップスターの登場によって若者がレコードやCDを求めて販売店に行かなくなった。その時の大会社の対応は、新興勢力を経済力で叩き裁判によって阻止する動きをした。その大会社の動きは遅く、結果として裁判に勝訴しても顧客は戻ってこなかった。ハードウェア販売の道が混迷状態にあった大会社(クモ型組織)は、ソフトウェア販売に方針転換する判断が出来ず、凋落の一途をたどった。現在、その大会社は、一部企業合併(ソニーとBMG)と倒産(タワーレコード)した。クモ型組織の末路である。
それに対して、ヒトデ型企業であるナップスターはどうなったか。レコード会社からの提訴で著作権問題に敗訴して、ナップスターも姿を消した。4年後に新たなディジタル方式(WMA)を採用して、ヒトデ型会社が活動を再開した。その後、ナップスタージャパンが設立されている。現在、通信会社と共同でネットワークを利用した音楽ファイルのダウンロードサービスを開始した。このようにヒトデ型組織は、時代の変化に応じて柔軟に、且つ迅速に組織対応している。PMはどうであろうか。組織・指揮命令系統は、クモ型の一極集中である。プロジェクトグループの夫々のチームは、ヒトデ型を望んでいるが、運営上はクモ型である。PMの組織は従来通りのクモ型で、運営過程でヒトデ型が理想かも知れない。

ヒトデ型の組織   ―― インターネットに順応した経営 ――
著者がインターネット時代にヒトデ型組織を理想としたのは、ヒトデそのものの生態にある。ヒトデ(海星、人手、海盤車)は、棘皮動物門(ウニ、ナメコ類と同じ)ヒトデ網に属し、星型をした生物で知られている。星型なので5本の腕を持っている。種類によっては、腕の数が5本以上のものもある。ポイントは、この腕が切断されても再生することと、自発的に体部を分離して各分体を再生させることによって増殖(分裂・自切)している。クモ型組織が一極集中であるのに対して、ヒトデ型経営は、組織上の分散された機能で、一部を切り離されてもそれぞれが再生されることに着目している。更に著者は、インターネット時代のスピードと複雑で変化に富んだ社会では、機能が分散し迅速対応する必要性を説いている。だから一人の経営者やリーダーの判断に頼っていないで、権限を委譲し機能を分散したところが勝ち残れる。一方組織は、柔軟性を持たなければならないので、クモとクモ、ヒトデとヒトデ、ヒトデとクモとがそれぞれ戦う中で強化されていかなければならないとも書いている。先にヒトデ型組織で、アパッチ(対マイクロソフト)のことを書いたがた、具体的にどうヒトデ型なのか触れてみたい。アパッチ(Apache)とは、オープンソースのソフトウェアプロジェクトを支援する団体である。当初Webサーバーソフト(Apache HTTP Server)の開発でスタートしたが、現在は多くのプロジェクトを持ちソフトのブランドを抱えた団体(ASF:Apache Software Foundation)となっている。何がヒトデ型組織かというと、このWebサーバーソフトがオープンソースで開発されたので、何人かの有志がそのプログラムをボランティアで改良とサポートを続けていた。その後多くの仲間が組織されて、現在の団体となった。定款を見ると、会社や個人が寄贈した設備や資金が個人ではなく公益に使用され、そのソフトウェア製品の法的権利を保護する等とある。組織がフラットで柔軟だからその場、その時に合った的確な対応をして発展している。

著者は似たようなヒトデ型組織として、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』を紹介している。この事典は、ある男が百科事典の買えない子どもたちに、無料のオンライン事典を立ち上げたことに端を発する。その後この事典に、多くの人の書き込みが成され、オープンコンテントの百科事典となった。ウィキペディアのホームページには「このフリーな百科事典は、共同作業で創り上げるプロジェクトです。(中略)これまでにない人類の知的遺産を育むこの壮大なプロジェクトにぜひ参加してください。あなたが関心のある分野、得意とする分野において、あなたの力を貸してください」とあるように利用する人も協力する人もフラットな状態で参加できる。ルールもシンプルで著作権とプライバシーを守ることを義務つけている程度だ。現在、200の言語で10万項目を網羅している。日本語では、437,000の記事を掲載している。落書の危険性や掲載に関する審査判断等は、財団が公平に運営していると書いてある。相手の見えない、広範囲な内容を管理するには、こうしたフラットで一方に偏らないヒトデ型組織でないと運営出来ないのかもしれない。

クモ型組織からヒトデ型組織    ―― ヒトデ型組織(分権)のルール ――
インターネットの出現で、従来の経営や組織のあり方がここ20年急速に、且つ大幅に変化している。著者は、これら多くの事例からヒトデ型組織(分権)の法則を編み出している。クモ型組織で紹介したレコード会社とナップスターの例から、「分権型の組織が攻撃を受けると、それまで以上に開かれた状態になり、権限をそれまで以上に分散させる」(分権第1の法則)を導き出している。この結果だれが得をしたかも書いている。レコード会社全体の売上金額は、ハードウェア(レコードやCD)からソフトウェア(音楽のダウウロード)に移ったが、全体として下がっている。曲数が多くなっても単価が下がっているので金額ベースでは、減少しているという。利用者は、いつでもどこでも安く音楽を楽しむことが出来て便利になった。しかし、業界全体としての売上金額が減り、特に利益の減少が大きな問題である。その分ナップスターより小さなヒトデ型組織(アメリカでの不法コピー組織「カザー(KaZaA)」や「イーミュール(eMule)」等)に流れている。この点に関して「業界内で権力が分散すると全体の利益が減少する」(分権第6の法則)ことを書いている。この不法組織は問題外として、この一連の流れの騒動の中で一番得をしているのは、著作権問題で活躍している弁護士ではないかという。これは組織論とは違うので、これ以上は触れないが、真実かもしれないがアメリカらしい話である。この著作権騒動の背後でこうした違法コピーがはびこる件に関して、「ヒトデたちには、誰も気づかないうちにそっと背後から忍び寄る性質がある」(分権第5の法則)という。分権型組織は、早いスピードで変化するので、あっという間に成長する可能性と危険性があることを指摘している。

次に、Webソフトの「アパッチ」やフリー百科事典の「ウィキペディア」のようなオープン形態のヒトデ型組織からの法則も書いている。一つは「開かれた組織では情報が一箇所に集中せず、組織内のあらゆる場所に散らばっている」(分権第3の法則)として、情報や知識は、実際の現場や専門に近い部分から自然に発信される。それを組織化した結果、「開かれた組織は簡単に変化させることができる」(分権第4の法則)と纏めている。「アパッチ」を使っているプログラマーに言わせると、フリーソフトであるが使い勝手が良く、多くの人が使っているので安心して使用できると自信をもっている。こうした人が、仮にバグを発見したら即刻パッチを当てて、関係者に報告するであろう。このプロセスがオープンソフトの利点である。この点に関係して「開かれた組織に招かれた人たちは、自動的にその組織の役に立つことをしたがる」(分権第7の法則)と書いている。筆者も「ウィキペディア」をよく利用している。この原稿を書くにあたって、何回も内容確認のために使い一部引用させてもらった部分もある。最近、広辞苑をひいた記憶がない。ヤフーやグーグルやアマゾンに依存してインターネットにどっぷり浸かっている。著者は、この本の最後に、「アコーデオンの法則」として、組織は集中から分散、分散から集中へとアコーデオンが音楽を奏でる如く組織は繰り返し変化する過程で強くなっていくと纏めている。(以上)
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