ダブリンの風(54) 「質 問」
高根 宏士:10月号
「質問」は日常でどこでも見られる行為である。しかし少し考えると質問する側にとっても、質問される側にとっても怖い側面を持っている。「質問」と「それに対する回答」によって両者の間の雰囲気に微妙な影響を及ぼし、場合により今後の関係を左右する場合もある。また質問者がどのようなことに関心を持っているか、どこまで深く認識しているか、そして回答者が質問の内容を本当に理解しているかを露呈してしまう。
このコラムが出る時には既に決定していると思うが、安部総理の突然の辞任により自民党総裁選が行われている。候補者は福田氏と麻生氏である。二人が記者クラブに呼ばれて質問を受けた。
記者からの福田氏への最初の質問は「昨年、もう年だから立候補しないといっていたが、今年は若返ったのか」であった。それに対して福田氏からは「昨年立候補しないことには理由はいろいろあった。しかしそれらを説明すると面倒になるから、年のせいにした。これだと無難だからだ。」という回答があった。
麻生氏への質問は「都市での街頭では人気がありそうなのに、得票が伸びないのは女性の支持が少ないためという調査があるが、何故か」であった。麻生氏は苦笑いをしながら「それについては皆様から見解を聞きたい」と回答していた。
この二つの質問は二人が総裁になることについて何の意味も持たない内容である。単なる三流週刊誌のゴシップ欄に相当するものである。現在最も重要なことは総裁(総理)になったら、日本をどのようにしていきたいかの具体的ビジョンである。それに対する突っ込んだ質問が出されなければならない。そのためには記者自身も総理に身になった見解を持っていなければならない。
先日の内閣発足時に閣僚の記者会見でも、大臣の所轄内容に対する見解を聞くことはあまりなく、個人の収支の申告についてだけが全員に質問された。各大臣が自分の管轄の職務に対してどのように考え、何を目指したいのかを突っ込んで質問されたのはほとんどなかった。
新聞記者は「社会の木鐸1」といわれているが、その記者がこのようなレベルでいながら、自分だけは正しいとして独善的な記事を書いているから、日本は表層的なことで一喜一憂するだけの社会になっているのではないだろうか。政治家のレベルが低くなるのは選挙民のレベルが低いためだが、その動向を左右するジャーナリズムのレベルの低さと現在におけるその影響の強さが源流にあるのではないのだろうか。この例は質問する側の関連することに対する認識や関心の低さを暴露してしまっている。
次の例は組織やプロジェクトのリーダがメンバーにどのように質問するかにより、集団の雰囲気を作ってしまう例である。ある組織で開発され運用に供されているシステムがダウンするという重大事故が発生した。一応収束させた後組織の責任者からの質問を大別すると3ケースになる。第一のケースは「誰が事故の原因を作ったのか」である。いわゆる犯人追求型である。この場合メンバーは自分が槍玉に上がるかどうかに戦々恐々とするようになる。できるだけその立場にならないようにするために、余計なことはしないようになる。集団の雰囲気は責任逃れのためのセクショナリズムと言い訳の材料を探すことに意を注ぐことになり、事故の本当の原因を検討するようなことはしなくなる。
第二のケースは「何が今回の事故を発生させた原因か」である。第三のケースは「今後このような事故を発生させないために何をしたらよいか」である。第二、第三のケースは品質管理活動の原点であり、この視点からの活動により、品質向上が図られてきた。しかし両者には違いがある。第二は過去を問題にしている。何が悪かったかを追求する。このため「これをやってはいけない、あれをやってはいけない」という否定形が多くなり、どちらかというと暗くなりがちな雰囲気を作る可能性がある。第三のケースは未来に対して、「これからはこのようにしよう」という未来行動型になり、進取の気性を育むことになる。第二のケースが必要な場合もあるが、これだけだと雰囲気は暗くなってくるだろう。第三のケースを基調としながら、必要な場合に第二のケースを使うことが望まれる。いずれにしても第一のケースはできるだけ取らないほうが良いであろう。
最後に非常に参考になった例を挙げる。ある大学でポストドクター問題を解消するためにドクタークラスの視野を広げるために高度技術経営熟が設けられた。そこでの一つにプロジェクトマネジメントノウハウの習得があった。その講義の中でドクターコースの学生から「プロジェクトマネジメントの知識や意識を持っても、研究室の教授や他のメンバーにその意識がない場合、現実には活用できそうにない。そのような時どうすればよいか」という質問があった。それに対して、すぐに回答をしようとしたら、主任教授の先生から、「これは良い質問だから、講師の回答を聞く前に受講者で話し合いをしたほうが良い」ということで10分ほど時間を取られた。その後3人の学生から意見を聞いた後、私の考えを話したら、それに対する学生の反応は単に回答をする場合より、実感として受け止めているように感じられた。さすがに高度技術経営熟を企画、運営している先生は「質問」、「回答」についても、相手に思いを伝えるという視点から、深く考えていることがわかり、感銘を受けた。
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1 昔、中国で、法令などを人民に触れて歩く時に鳴らした、舌を木で作った鈴のことを云い、転じて世人に警告を発し、教え導く人をいう(岩波国語辞典第6版)
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