会員の広場
次号

「考える」を考える
第1回 「下手な考え休むに似たり」

中谷 正明:6月号

置き碁
 社会人となった年に、たまたま先輩から「囲碁」の手ほどきを受ける機会に恵まれた。真剣に且つ和やかに対戦する先輩の姿を見て、自分にない世界を垣間見たような気がして、面白そうですねと声を掛けたことがきっかけだった。ハンディキャップをつけること位は知っていたので「取りあえず五目でお願いします」と後で思えば随分と無謀なお願いをした。先輩は特に文句も言わずに対応してくれたが、結果は僅差負けだった。「ひょっとして?」と浅はかにも再度挑戦したがやはり僅差の負けであった。もう一度!と意気込んだときに先輩からの提案で「3連勝、3連敗したらその都度一目を増減しよう」との提案がありそれを受け入れた。今度負ければ六目になる!今度こそと張り切ったがやはり僅差ではあるが負けであった。まさか六目なら負けることもあるまいと、未だ先輩の実力に気付いていない私はやはり僅差負けで3連敗した。僅差負けを繰り返しながら結局九目置く羽目になり、まことに遅まきながら先輩の気配りと実力の程に気付いたという大変鈍感さを恥じ入る思い出である。

プロ棋士の卵(院生)
 囲碁に関心を持ち出して数年後、職場の友人のお子さんが囲碁全国大会の小学校の部で優勝するという喜ばしいことがあった。ご褒美にお正月のテレビ番組で対戦され、しかもプロの解説付であった。プロが筋のよさを褒めていたのを記憶しているが、その後そのお子さんはプロ棋士を目指して院生となられた。別の友人がそのお子さんの院生仲間との練習を見に行き「腰を抜かさんばかりにたまげた」という話を聞いて、まさに驚いたことがある。碁盤上は白一色になっていた!というのである。つまり対戦する双方が白石を持っているというのである。双方共にプロ目前のレベルなので打つ手の一手一手に必然性があり、終わってからも勿論再現できる!というすごいことを聞かされた。そういえばアマチュアのトップクラスのさる人が、自分の尊敬するプロ棋士の実戦譜を500局ほどは再現できると言っている新聞記事を読んだことがある。どうやら単なる記憶力が良いとか悪いとかというような話ではない。盤面を睨みながら「考えている」ように見える頭の中には凡人には創造もつかない膨大な専門知識がぎっしりと蓄えられており、状況に応じてタイムリーに引き出せる仕組みになっているということなのである。

「考える」力の質の差
 置き碁で指導を受けているときに「下手な考え休むに似たり」という言葉を教わった。つまりそれなりの前提知識のない人がいくら考えても大してよい結果が出るものでは無く、上手から見れば単に休んでいるのと同じことというきつい意味である。なるほどうまいことを言うものだと妙に感心したことを覚えている。そういえばそのような事象はいたるところにある。私自身が部隊を任されていた頃に、職場のイベントの世話役を数年続けて新人に任せたことがあった。
今週中にこの件の計画案を作成して欲しいという宿題に対し、新人諸氏は必死にまじめに考えてくれた。しかしながら人によりその出来具合にひどく差が出る。不思議なことに仕事の出来具合と大いに関係する傾向があることを発見し驚いたことがある。当時大手顧客の部長さんと雑談的にそんな話をしていたら、実はその部長さんも新人を見分ける方法として同じ事をさせていると聞かされ我が意を得たりの気持ちとなったものだ。実はこれは当たり前のことであるとその後気付いたが、仕事特に不慣れな仕事をする際の段取り、進め方が成果に大きく差をもたらすのである。

「考える」の5ステップ
 考えた結果の質を高めるためには、考えるプロセスをレベルアップしなければならない。それなりの前提知識や情報を広く深く習得し、習得した内容を必要に応じてそれを即座に引き出せることがよい考えを生み出すことになる。考えることのプロセスを正しく習慣として身に着けている人がレベルの高い成果を残すという事実を再確認しておきたい。この事は、知的労働の世界におけるプロと呼ばれる人の共通項である。夫々の分野におけるプロとしての前提知識の内容は当然大きく異なる。プロジェクトマネジメントの世界ではその基礎知識体系である「PMBOK」がその前提知識に当る。しかしこれをよく知っているだけではプロとしてのプロジェクトマネージャにはなれない。日頃の考える習慣が決め手となる。
考える5つのステップとは 1.読むこと(文字情報を収集する)2.聞くこと(耳情報を収集する)3.観察する(目視情報を収集する)4.話し合う(他人と意見交換しながら相互に啓発する)5.考える(以上1.〜4.の結果を総合的に整理・分析しながら自分の考えをまとめる)の5つである。問題や課題に対し常日頃からこれを繰り返し習慣化することは、担当分野におけるリーダーとして成長し続けるための大きな助けになると信じて今後とも励むつもりである。
以上
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