図書紹介
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『出現する未来』  ――― Presence ――
(ピーター・セング、オットー・シャーマー、ジョセフ・ジャウォースキー、ベッティー・スー・フラワーズ著、野中郁次郎監訳、高遠裕子訳、講談社出版、2006年05月29日発行、1版、318ページ、1,900円+税)

金子 雄二 ((有)フローラワールド):10月号

今回の書籍紹介は異色である。何が異色かと言えば、この本の内容がプロジェクトマネジメント(PM)に直接関係なく、筆者が普段余り読んでいない部類の本の紹介である。この本を書店で手にしたのは、著者がピーター・セングであり、監訳が野中先生であったためである。この本を読んで、従来のプロジェクトの進め方とは全く違った手法で、話しが進められていること学んだ。今回は、PMから多少離れるが、勉強のために紹介してみたい。紹介に際し以下の点は、この本のキーポイントであるのでどうしても触れておきたい。

先ず著者が4名いる件だが、この本は4名の対話形式による物語的な論理展開となっている。対話形式は、ワークショップ技法によるもので、そのためにワークショップについて説明する必要がある。辞書によるとワークショップとは、@仕事場、作業場。A参加者が専門家の助言を得ながら問題解決のために行う研究集会。B参加者が自主的活動方式で行う講習会である。ここではAとBの意味で使われている。この本の原題「Presence」は、「あること、いること、存在、目前から立ち現れてくる未来に関する予知能力」の意味から日本の題名『出現する未来』になった。過去、未来の認識がいかに展開されるかを多面的に論議している。その結果、最終的に意外な方向に論議が展開される点も大いに興味がある。

次に著者であるピーター・セング(以下、ピーター)は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の先生であるが、著書「最強組織の法則、新時代のチームワークとは何か」、「学習する組織」で世界的に注目を集めている。特に経営論やリーダーシップ論では、革新的な論者で知られている。オットー・シャーマー(以下、オットー)は、ピーター同様にMITの先生で、組織学習協会(SoL)の共同創設者である。同時にアメリカ、ヨーロッパ、アジアの多国籍企業やNGOのコンサルタントであり、リーダーシップ、戦略、知識創造に関する第一人者である。ジョセフ・ジャウォースキー(以下、ジョセフ)は、ジェネロン・コンサルティングの会長で、長年、変化を促すリーダーの内面を探求してきた。MITの組織学習センターのフェロー兼理事で、組織学習協会設立に尽力した。最後のベッティー・スー・フラワーズ(以下、ベッティー)は、ジョンソン大統領図書館・博物館の理事で、詩人、編集者、企業コンサルタントである。詩によるセラピーから経済神話まで幅広い分野で執筆している。

以上の4名がワークショップで自らの経験を語り合う中で、組織と集団の劇的変化を体験している。その体験から生まれた研究が理論に発展し、理論が体系化されたものがこの本である。しかし、この本が生まれるベースとなった対話に1年半、理論に沿ってまとめるのに2年の歳月を要している。その理論が「U理論」であるが、対話を重ねる中で理論がしだいに明確に理解できるようになった。更に、理論と経験談を併せて書くことで、著者たちと同じような経験からより理論に対する好奇心と懐疑と感受性が体感されることを期待していと書いている。この底流には(筆者は意外な方向に論議が展開されると書いたが)、著者たちは永遠の神秘(東洋思想、仏教思想)があるためではないかといっている。

『U理論』(その1)     ―― センシング ――
ピーターの「学習する組織」のベースである5つの機能【@メンタルモデル、A自己マスター、Bシステム思考、C共有のビジョン、Dチーム学習。(自己の認識の形に拘らず、他者に対してオープンになり、全体のメカニズムを捉え、全員が未来のあり方を理解し、その達成に向けて相互啓発する)】に対して、オットーとジョセフは、別の種類の学習があることを発見した。これが受身の学習である。それによると「あらゆる学習は思考と動を統合したもので、受身の学習では既存のメンタルモデルに支配(ダウンロード)され、行動は習慣的な行動の反復となる。これを先の「学習する組織」と併せて考えると、学習のレベルが深まれば、現状の全体ではなく進化する全体への意識が高まり、行動は異なる未来を想像できることが分かっ。即ち過去に学んで新たな行動をするだけではなく、未だ起きていない未来から学び、その未来を実現するために新たな変化を見出しているという。

オットーは、「U」の字のイメージを使って、意識と変化の水準の違いを理論化した。これはUの字を書く(左上から下に降りて底辺を通って右上に上がっていく)ように、現実認識の深さ(左部分)と行動の深さ(右部分)を同時に示そうとした。これらの要素を3段階にして、先ず、「ひたすら見る」ことで世界と一体となる。次に「後に下がって内省する」ことで内なる知が浮かび上がる段階となる。最後に「流れるように自然に素早く動く」ように自然に行動する段階とした。この3段階を「センシング」「プレゼンシング」「リアライジング」として、「U」の字のイメージから『U理論』と名づけられた。

そのセンシングであるが、「Uの字を降りる」動きで「ひたすら観察する」だけで、メンタルモデルのダウンロードである。これは情報を集めるだけで、習慣的な見方を変え、状況や現象を内面から見る訳ではない。新鮮な目で見ることが必要であるが、習慣的な考え方や見方を止めることでもない。それを止めるには勇気と努力が必要である。この努力には、自分の意志を高めるために肩の力を抜いて「思考の流れ」を意識することである。具体的には、瞑想法や黙想法を使う。それは見ることだけを考えて、習慣に囚われないで透視する。これによって、現実に埋没して「状況と一体化」する。これがセンシングである。

『U理論』(その2)     ―― リアライジング ――
リアライジングは、「Uの字を上がる」動きで、「流れに沿って素早く動く」自然に行動して新しい現実を持ち込むことである。このリアライジングの行動は、理性ではなく自然に行動するといっている。これは武術の動きに例えて、自然に体が動くように「行動している自分を眺めているようで、その瞬間に魔法が起きる」と書いている。この魔法は、新しい何かを感じて内なる知が命ずるままに動く能力である。センシングのUが降りる時には、既存の枠組みから離れていて、リアライジングが上がっていく時には、自分の意志を出さない自然な流れである。そして論議の過程で、Uを上がっていく人は、一人ではないことを感じるという。U理論の変革プロセスでは「世界に働きかけるのではなく、世界の中で動くことにどういう意味があるかを問うものである」といい、個人や集団が大きな世界を「共に創る」という立場をとるという。自己と世界は結びついていて、意識と行動が断絶のない一つの流れになっていることを意味すると書いている。

リアライジングには、我々が開発の一手法として使っているプロットタイプイングがある。ここでは短いサイクルで実験を繰り返す重要な手段で、コンセプトが固まる前に行動することである。自分の直感と意思にたえず繋がり、自分の行動に対するフィードバックに耳を傾ける能力である。心を開いていれば、何かを学ぶ時、環境が自然に教えてくれる。こうしたプロットタイピングは、大きな場を実現する手段として使える。これによって出現する全体の生き方をつくり、自分が生み出したい変化を体現できる。プロットタイピングの能力は、センシングやプレゼンシングとは個別のものではなくこれらを成長させている。その結果、生まれる行動は過去のパターンではなく、未来の場である。目的に合ったプロットタイピングは、アイデアの領域から行動の領域に移行する。それによって出現しつつあるものが見え易くなり、全体の動きを促して目的が一段と明確になる。プロットタイピングはリアライジングの有効な手段である。

『U理論』(その3)      ―― プレゼンシング ――
プレゼンシングは、「Uの字の底辺の状態」で、内なる知が浮かび上がる段階である。これは未来の可能性の中で、自己と全体が一体化して知が浮かび上がることを意味している。この感じ方は人によって異なる。ある人は、グループで話している時に、「自分を忘れる」ことがある。その過程で「自分が聞き手であり、聞き手が自分になる。その時起きることは、まさにその瞬間に起きるべくして起きている」という。これはプレゼンシングが第三の見方と言われる由縁である。この見方は現実を外部として見るのではなく、出現する未来の源の内側から見ることで、未来から現在を見通すことである。目的が過去から未来に変り、その未来は自分達に掛かっている。ジョセフは、Uの字の底では「世界で必要とさていることのために、果たすべき役割が自分にあることを発見する」と言っている。そして自分がなすべきことが分かった瞬間に、速やかに行動することができる。

U運動は、7つの核となる能力と、それによって可能になる行動によって生まれる。各段階の能力とは、次の能力に進む入り口である。@保留(習慣的な思考の流れから自分自身を切り離す)能力によって見るとはどういうことかを知る。A転換(見る対象でなく根源に目を向ける)能力で全体から見る。B手放すことで知覚の変容を知る(センシング)。C受容することで自己と意思が変容する(プレゼンシング)。D結晶化で出現しようとてているものを見る。Eプロットタイピングで生きた小宇宙の中を体現する。Fシステム化で新たなシステムを体現して行動変容することが可能となる(リアライジング)。これら7つの能力を全て開発して初めて全てのプロセスが可能となる。この核となる部分が、プレゼンシングである。この考え方は、人間が二つの相互依存的な秩序の中で存在しているという仏教理論からきている。一つは顕在化された領域(見えるものも見えないものも顕在化した現象)である。もう一つは秩序で、無限で絶対的で超越で形を超越し思想を超越した「もの」が宇宙であり、一般に「如」といわれている。人間は文字通り二つの秩序が交錯する場所に存在している。人間は本性として絶対と顕在が交錯する母胎に存在している。どちらの一方に存在している訳ではなく、両方に存在している。仏教理論では、人間は絶対界も顕在界にも存在しているので、「プレゼンシング」と言っている。

この本のまとめとして「プレゼンスとUの本質」を著者たちが一言で語った部分がある。
「心が深く開かれ、行動に移されること」(ジョセフ)
「共に目覚めることだと思う。自分は何者なのか。そのためには、未来の高い次元の自己と繋がり、行動すること、新しい世界を実現するための手段として自己を使う」(オットー)、
「創造と炎が燃え、世界が私たちを通ってくる地点」(ベッティー)
「人間に世界を作り変える力がどれだけあるのかは、誰も分からない」(ピーター)
以上であるが、野中先生のまとめが最も分かり易く書かれてあり、参考になるで引用させてもらう。「U理論は、現実に埋没し状況と一体となる(センシング)から、出現する未来の源の内側から見る現在を見直(プレゼンシング)して、大きな世界を共に創る(リアライジング)というプロセスをとる。Uを下りると時には習慣的な見方を変える。Uの底では中心の中心を見る。Uを上がる時には意識の源を変える時である」(野中郁次郎)
PMを離れて少し知の世界に足を踏み入れたが、勝手が違ってうまくまとめることが出来なかった。慣れないことはするべき(いや、書くべき)ではなかったと反省している。 (以上)