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PMBOK®ガイドの読み方(第3回) 
―国際プロジェクトの観点から―

PMP試験部会 緒方 慎八:1月号

1.神話の時代のプロジェクト
 IBMのシステム360の開発責任者であったフレデリック・ブルックスはその著書「ソフトウエア開発の神話」第7章「何故バベルの塔の建設が失敗したか?」で「彼らには明確な使命、十分なマンパワー、豊富な材料、十分な時間、十分な技術力があった(更に当時は世界中で使われる言語が単一であった)にも拘らず、コミュニケーションとその結果としての組織に欠陥があって失敗した。」と書いている。バベルの塔はキリスト教の旧約聖書に書かれている話であり、聖書は「主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。」と述べていて、言葉が通じなくなった人々が使う言葉ごとに纏って世界の各地に散っていく原点とされている。この話は我々のソフトウエア開発プロジェクトで、コンポネントごとに使う用語がばらばらであったり、コンポネント間のインタフェースが規定されていないと会話が成り立たない為に、開発作業が先へ進めなくなってしまうことと良く符合する。

2.現代のプロジェクト
 さて現代に至り、世界の別々の地で生きてきた異なる文化、言語を持つ異民族同士が一つの目標を持ちプロジェクト作業を行うことがしばしばある。ビジネスは既にボーダレスの時代であり、私がいる情報システム産業だけでなく色々な産業がマルチ言語、マルチ民族を基盤として技術を発展させ、収益も同様の基盤上で得ている。この様なプロジェクトで大切なのは「心を一つにする技術」であろう。バベルの塔建設では言語は一つであったにも拘らず、この技術がなくばらばらになってしまった。PMBOKはそれ全体がプロジェクトに携わる人々が心を一つにして同じ目標に向かうための技術であると言っても過言ではない。その中でもプロジェクト統合マネジメントは特にプロジェクトを一つに纏める役割を担っている。

3.プロジェクト統合マネジメント
 プロジェクト統合マネジメントは、PMBOKで定義された各種プロセスに実際のプロジェクトマネジメント活動を割付け、定義し、結合し、調整し、統合していく活動である。具体的には、PMBOK図4-2に示す7つのプロセスからなり、プロジェクト憲章、スコープ記述書暫定版、プロジェクトマネジメント計画書の3つの文書を使いプロジェクトを一つに纏めていく。この3つの文書を常に最新状態にキープしプロジェクトに絡む全員が参照できるようにし皆の気持ちを一つに纏めていくのである。

4.再帰的アプローチ
 PMBOKでは「プロジェクトはプロジェクトマネジメント計画書どおりに実行されることは殆どない」と言っている。プロジェクトは常にサイクリックに改善されて終結していくものだとの段階的詳細化の立場を取っている。プロジェクトに対するプロジェクトマネジメントプロセスの適用は反復的で、プロジェクトの全期間を通して、多くのプロセスが繰り返され、修正される。プロジェクトマネジメントプロセス間の相互作用の基本的考え方は、計画−実行−確認−処置(PDCA)サイクルである(PMBOK図3-1参照)。PMBOKのプロセス群は立ち上げプロセス群に始まって、計画プロセス群と実行プロセス群でサイクルを構成し終結プロセス群へ向かう。この計画プロセス群と実行プロセス群を取り巻く監視コントロールプロセス群とを持ってPDCAサイクルを構成している(PMBOK図3-2参照)。


 つまり、プロジェクトは最初から100%正しい計画の下に上から下へ1回だけ流れて終わるものではない。当然上流の計画段階での完成度が高ければ高い程プロジェクトはうまく行く。しかし、プロジェクトはその定義にあるようにユニークなものであり定常業務のように同じ作業が繰り返されるものではない。実行してみて問題があれば、フィードバックして当初の目標に合うようにコントロールされる。或いは主要なステークホルダーの合意を得て目標が変わる場合もある。プロジェクト活動は常にサイクリックに改善され変化していくものである。
 このサイクルはプロジェクトプロセス群内に於いても同様に行われる。PMBOK図3-7では計画プロセス群はプロジェクトマネジメント計画書作成で始まり、スケジュール作成で終わるかの様に見える。しかし、スケジュール作成のOUTPUTにはプロジェクトマネジメント計画書作成(更新版)がありサイクリックに回っている。


 図4-2「プロジェクト統合マネジメントのプロセス・フロー図」でもプロジェクトマネジメント計画書作成プロセスから5章-12章の各計画プロセスへフローが流れプロジェクトマネジメント計画書作成プロセスへ再帰することが記されている。再帰の結果、スコープ・マネジメント計画書等の8つのマネジメント計画書は全てプロジェクトマネジメント計画書に含まれる形で編集される。PMBOKは、44個のプロセスを5つのプロセス群に分け、その流れを詳しく述べている。このような地図とも言えるフロー図がなければ、国際プロジェクトでは、問題を抱えて再帰的に回るプロセスの中で、そして異文化、異言語の中で、自分や仲間は今何処にいるのか、どっちにすすめば良いのか、それぞれの言語で皆が「道に迷ったのではないか?」と考え始めるのである。



5.国際プロジェクトの道しるべ
 プロジェクトには「独自性」と「有期性」がある。つまり、プロジェクトでは未踏の地を決められた時間で歩くのである。異言語、異文化を持つ仲間と一緒に目標に達するには皆が理解できる地図が無ければ難しい。地図を見て方向、距離、障害を把握し目的地に辿り着くには地図に記された記号の意味は共通でなければならない。今自分達がどこにいて何処へいこうとしているのかがこのPMBOKのプロセスフローを見て把握できるのではなかろうか。PMBOKはプロジェクトごとの詳細な地図を描くためのテンプレートでありベストプラクティスであるとも言える。「プロジェクト憲章を書こう!」と言えば、何を何の目的で書くのかが伝わるのだから言語以上のグローバルな共通コミュニケーションツールとも言えるのではなかろうか。外国人同士、日常会話だけでも苦労する訳であるからこのPMBOKは言わば「地獄で仏」の出会いとなる。        次回担当者に続く