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PMBOK®ガイドの読み方(第4回) 
―プロジェクトを成功させるのは―

研修第2部会 内藤 裕一:2月号

 筆者がプロジェクト・マネジメントを行うに当たって心していることが二つある。一つは、「実行可能な計画を作ること」、もう一つは「将来起こりそうなことに対して早めに対応すること」、である。前者は当然のことと思われるだろうが、実際のプロジェクトを見ると案外「実行可能な計画」がないケースが多い。どのプロジェクトも程度の差はあれ計画は存在する。しかしながら実行可能かというと必ずしもそうでないものが多々ある。期間やコストが限られていて、その範囲に無理に収めている計画、人的資源や資材の調達の目途が立っていないのに、こうあるべきというだけで作られている計画、明らかなリスクがあるのに、そのリスクに対しもっとも楽観的な状況を期待して立てられている計画、プロジェクト・マネジャーがスーパーマンであり、一日30時間働かないと成り立たない計画、などなどである。中には、とりあえずスケジュールを引いておいて、計画は走りながら作るといった特攻隊みたいなプロジェクトもある。当然ながら、このようなプロジェクトは失敗する可能性が高い。世の中でプロジェクトは大変だとか難しいといわれている原因の大部分は、「実行可能な計画」なしにプロジェクトが行われた結果ではないかと筆者は考えている。筆者の経験では、「実行可能な計画」が立てられたプロジェクトの実行は大変でも難しくもない。当然プロジェクトの実行にもそれなりの注意が必要であるが、それは「実現可能な計画」を作ることに比べたら容易なものである。筆者がプロジェクトについて話すときに時々引用する孫子の兵法に、「勝兵は必ず勝ちて、而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む。」というものがある。これは、「勝利の軍は開戦前にまず勝利を得てそれから戦争しようとするが、敗軍はまず戦争を始めてからあとで勝利を求めるものである。」という意味である。つまり勝ちを得られる戦略を立てられれば、戦う前から勝敗は決まっているというのである。プロジェクトに当てはめていえば、「実行可能な計画」を作ることが出来たならば、そのプロジェクトは成功するであろうし、「実行可能な計画」がなければ、いくら実行中にがんばってもプロジェクトは失敗する、と言っているのである。1991年に起こった湾岸戦争は、この孫子の言葉を実証したひとつの例である。1990年8月にイラクがクェートに侵攻し、これに対して米国を中心とした多国籍軍はイラクのクェートからの撤退を求めて、1月17日に空爆を始め、2月24日に地上から進攻し、2月27日にはクェートを解放している。数ヶ月の周到な計画、準備を行ってから攻撃に入り、開戦から1ヶ月強、地上侵攻からはわずか3日間で勝利を収めている。まさに「勝兵は勝ちて、而る後に戦いを求める」である。もちろん国力の差が決定的であったことが勝利の大きな要因であるが、充分な時間をかけ勝利の確実な「実行可能な計画」を作ったから可能になったことでもある。プロジェクトにおいても、「実行可能な計画」を作ることが成功には不可欠である。PMBOKのプロセスは44あるが、このうち半分の21プロセスが計画のプロセス群である。プロジェクトの実行プロセス群は7プロセス、監視コントロールプロセス群は12プロセスで、合計21プロセスである。プロセスが期間の長さや負荷の大きさに比例しているわけではないが、プロジェクトの計画と実行は同等の重要さを持っていると言って差し支えないであろう。PMBOKは「良い実務慣行」の集大成であるから、計画プロセスには「実行可能な計画」をつくるための要素が充分に記述されている。「実行可能」ということは、プロジェクト期間がアクティビティに対して適性であり、見積もったコストやリソースが妥当、且つ調達可能であり、リスクがプロジェクトの成果に見合うものであり、目的とした品質が達成可能であり、プロジェクトが円滑に実行できるコミュニケーションが可能であり、その上で計画が全体として整合性がとれていることである。プロジェクトの性格や規模によって計画プロセス群のどのプロセスをどの程度の詳細さで行うかは変わってくるが、PMBOKの計画プロセスを実行して整合性のとれた計画を作ることができれば、プロジェクトは「勝兵は勝ちて、而る後に戦いを求める」ことになる。

 もうひとつの筆者の関心事は、「今後起こりえることを予測する」ことである。昔読んだ書物に、「プロジェクト・マネジメントは、将来起こることを予測する技術である。」という記述があり、これが印象深かったことを覚えている。筆者は経験からも、「今後起こりえることを予測する」ことはプロジェクトを成功させる上で非常に重要な要素であると考えている。何かの事象が起こってから対応したのでは、プロジェクトでは手遅れである。例えば、成果物の一部を外部から調達する場合、納品が予定日より遅れたらプロジェクトのスケジュールに大きな影響を与える。遅れてから文句を言っても手遅れであって、外部ベンダーの様子をよく観察して遅れる兆しがないかどうか常にチェックして、そうであれば早期に対応を要求する必要がある。チームメンバーが過労で倒れるようなことは、倒れてからでは遅いのであって、プロジェクト・マネジャーは、その兆候に注意していてチームメンバーが倒れる前に休ませるか代替のリソースを確保すべきである。成果物の品質については、成果物が検証されて品質が悪いと判明してから対応するのでは、スケジュールに影響を与えることはもちろんコストも大幅に上昇する要因となる。これを防ぐためには品質に影響を与える要素、エラーがどの程度発生していて、その傾向は増加しているのか減少しているのかを分析し今後どうなるか予測しておく、担当者の能力、性格を監視していて成果物にどのような影響を与えるのかを想定しておく、などの予測をして予め対応策を考えておく必要がある。つまり、「将来起こることを予測する技術」がプロジェクト・マネジメントにとって成功への重要なファクターである。実はこれがプロジェクト・マネジメントを難しくしている大きな原因である。プロセスを学んで、そのとおりに実行していくことは比較的簡単である。少なくとも時間をかければ誰でもできることである。しかし、将来を予測することは能力や経験が必要であり、いわゆるセンスがあるなしも影響してくる。世の中で優秀なプロジェクト・マネジャーが少ないといわれる所以は、ひとつにはこれがあると思っている。PMBOKを勉強してPMP試験に合格点を取ることは、おそらくプロジェクト経験のまったくない人でも可能であろう。しかし、この人は合格しても直ぐにプロジェクト・マネジャーとして通用することは多くの場合困難である。PMP資格の前提条件にプロジェクト経験が要求されるのもこれが大きな要因のひとつである。このエリアは経験がものをいうといっても、PMBOKには、この将来を予測する技術も記述されている。段階的詳細化は、スコープやアクティビティを時間の経過とともに詳細化して、今後のアクティビティを特定する。アーンドバリューは、スケジュールとコストの計画との差異を分析し、最終的なスケジュールとコストを予測する。品質管理の管理図や統計的サンプリングは品質に対する危険な信号を捕らえ、欠陥を発見してからではなく予防する有効なツールである。リスクの監視コントロールの差異分析や技術的実績の測定は、プロジェクト・スコープやスケジュールのリスクに対する予測を可能とする。従って将来の予測といっても占いや勘ではなく、科学的に将来を予測する技術をPMBOKはガイドしている。これらの技術を使うことにより、「今後起こりえることを予測する」しプロジェクトを成功に導く確立を高めることができる。ただし、この科学的な予測だけではなく、論理的でない要素も予測には役に立つと思われる。例えば、いい報告ばかりあがってくるときには、まずいことが隠されているのではないか、とか、ベンダーは納期は大丈夫だというがなんとなく危ない気がする、スケジュールは順調なのはいいが何か作業が抜けているのではないか、といった類である。このあたりになると、経験に裏打ちされた勘とでも呼べるものであって、経験の少ないプロジェクト・マネジャーは、マーフィーの法則でも使うのがいいかもしれない。