先月号 次号 高根宏士 :10月号
 
アドレス
 先日ゴルフの練習に出かけた。打ちっぱなしであったが、ボールは狙ったところより少し右へずれた。何球か打ったが、ほとんど右へずれ、ときどき左へ引っ掛けるという状態だった。スウィングのどこが悪いか考えながら打ったが、はっきりした原因が分からずにいた。プロの先生が見えたので、スウィングのどこが悪いか尋ねたら、指摘されたのは、「アドレスで心持少しボールを左へ置いてごらんなさい」ということだった。プロの云うとおりボールを少し左にずらして打ってみたら、同じスイングでボールは狙った方向へ飛んでいった。アドレスが大事だということは分かっているつもりであった。しかしアドレスには狙う方向の線と平行に立つことと、ボールを打つ点と自分の体の位置関係がある。狙う方向の線と平行に立つことはいつも注意しているが、打点と体の関係は昔から決めたところへ置けばよいと簡単に考えていた。ところがこれが少しずつ体の中心に近づいてきていた。そのためにボールが右へ行っていた。
 このときプロから次のような注意を受けた。
 「大方のアマチュアは、方向性が悪くなるとスイングに問題があると思って直そうとする。アドレスをチェックせずにスウィングを弄るのでよけい悪くする。スウィングさえ壊してしまう。しかしアドレスに問題がある場合が70%近くある。先ずアドレスのチェックが第一。アドレスは注意さえすれば誰でも治せる。しかしスウィングを直すのは難しい。アマチュアは簡単なことに本質があるのを忘れて、難しいことを中途半端にトライする。コースマネジメントも同じですよ。」
 確かにいわれたとおりボールを1〜2cm左に移しただけで、右へずれるということはなくなった。
 ところで我々のプロジェクトでも同じようなケースは多いのではなかろうか。簡単なこと、やればできることをきちんとすることを忘れ、評判になった難しい方法論等を生兵法でやっていないだろうか。
 プロジェクトでアドレスに相当するのは制約条件、前提条件のきちんとした確認である。PMBOKでは
「制約条件とは、所定のコースに沿って活動するまたは活動しないことに対し、制約を受ける状態、性質、または意識。プロジェクトの内外を問わず、プロジェクトやプロセスのパフォーマンスに影響を与えるであろう制限や制約」
 「前提条件とは、計画を立てるにあたって、証拠や実証なしに真実、現実、あるいは確実であると考えられた要因である」
 と定義されている。要するに制約条件も前提条件もプロジェクト推進していく上での大きな枠組み、達成すべき目標、達成するに当っての当然守らなければならないことである。うまくいかなかったプロジェクトでこれらの制約条件や前提条件を事前にきちんと確認しているプロジェクトはどれだけあるだろうか。多くは確認したつもりになっているだけではないだろうか。ちょうど先ほどの練習で1〜2cmボールが右よりになっているのを正しいものとしてスウィングしているようなことはないだろうか。制約条件や前提条件を具体的にきちんと確認せずにプロジェクトを推進し、後半で問題が発生すると開発のやり方、プロジェクトの推進計画やフォローが悪いと思い、それらについての改善対策を作り、実施(しようと)する。その中で難しい方法論や管理論を論っているだけで結局現場ではそれらができない。徹底しない。結果として本当に改善できることはあまりない。改善対策をやりましたという言い訳の証拠を作っているだけというのが多い。
 このようなことを繰り返していると、本人は一所懸命やっているつもりだが、仕事はいつまで経っても思いつきの連続になる。ちょうど練習で何発か気分良くボールを飛ばすが、本番では100をきることがなかなかできないということと同じである。スウィングを弄りつつ、そのスウィングを潜在的に信用せず、それでいながら、そのスウィングが世の中で正しいといわれているのでやらざるを得ないと思っている。これではきちんとしたスウィングは固まらない。
 この前提条件、制約条件をはっきり把握し、その上で自分の実力にあったコースマネジメントをする。そしてそれを周囲に納得させることに努力することが重要であろう。さもなければ、常にできもしないことを狙ってスウィングを壊し、できることさえできなくしてしまう。
 最後にもう一つプロが云った言葉を紹介します。
 「できるプロほどアドレスの確認に神経質になる。常に自分でも確認し、キャディにもチェックしてもらっている。」