グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第199回)
もう一つの還暦の喜び

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :9月号

 日本とアジアのいくつかの国には還暦の習わしがある。満60歳にして人の暦は一度リセット、新たな人生の暦が始まるという。筆者の還暦はとっくの昔に過ぎているが、グローバル人生60年第2の還暦にあたり、縁(えにし)を感じる出来事があった。

 本年1月に、PMAJチームは、一般財団法人海外産業人材育成協会(AOTS)からPPTP研修という2週間のP2Mコースを受託して、大変高い参加者評価(4.9/5.0)を得て研修を終えたが、高いパフォーマンスを発揮したのはペルー代表のルイス・ロドリゴ・ダビラ氏である。クラスでの発言がシャープであり、研修生のリーダー格としてクラスを纏めてくれた。

 PPTP研修の最後に研修生22名全員が個人発表の時間を持ち、各自のプロジェクトの紹介や研修からの気づきのフィードバックをしてもらったが、ダビラ氏は、P2Mの真髄を考察し、西欧のプロジェクトマネジメント体系とP2Mのアプローチの違いを説いてくれた。

 ダビラ氏は米国のサプライチェーン・マネジメント(SCM)修士課程に学び、当時ペルーを拠点にラテンアメリカ全域にプラスチックのリサイクリング・ビジネスを展開する企業の事業開発部長であったが、今は独立して、サプライチェーン設計に関するコンサルティングを営んでいる。

 発表スライドの他に小論文を寄稿してくれたので、筆者が和訳し、編者として若干の解説をつけてPMAJジャーナル86号に掲載した。内容はPMAJジャーナルの寄稿レポートを見ていただきたいが、挿入されている図のみを下記に引用したい。

ルイス・ロドリゴ・ダビラ氏の小論文に挿入されている図

ルイス・ロドリゴ・ダビラ氏との交流  個人的には、このルイスとの交流は筆者にとって南米でグローバル活動を開始してから満60年の還暦にあたる今年の出来事であった。1965年から1966年にかけて学生としての社会調査と南北アメリカで最古ペルー国立サンマルコス大学に短期入学し、比較法学を履修するためにペルーのリマに滞在していたが、ルイスが来日したのはそれから丁度60年目にあたる。筆者が再びペルーを訪れることはなかったが、わが思いを代わりに満たしてくれるがごとくルイスが来てくれて素晴らしい交流ができた。
 ペルーでは、7月28日に、日系三世(熊本県にルーツ)のケイコ・フジモリ大統領が就任した。大統領は51歳の若さであるが、政治歴は30年に達する。父アルベルト・フジモリ大統領が在任中に夫人と離婚したため、19歳にしてファーストレディに就任し、父大統領の栄光(治安の回復、経済振興)と影(国会機能停止、重大な人権侵害など)を共有した。父大統領が2000年に失脚した後は、フジモリ主義の維持に奔走し、2010年に「国民の力党」を設立し党首となり、同党は長く得票率第一党となった。ペルーは、シニア層中心の親フジモリ派と若い人の反フジモリ派で2分されており、ケイコ氏が2011年から2021年の3回の大統領選挙に出馬時は、第一回投票では最高票を獲得しつつも、決戦投票で反フジモリ票の結束で敗れてきたが、不死鳥のごとく蘇り、とうとう大統領となった。就任直後に、断交中であったメキシコと電光石火国交を回復し、また週の多くの日を、国の喫緊の課題に対峙し、解決の道を付けるべく現場で陣頭指揮している。プレスの調査では支持率は60%に達している。

 メキシコのクラウディア・シェインバウム大統領もそうであるが、国政を、ポートフォリオ(政策の大目標)→プログラム(政策大目標をプログラム化)→プロジェクト群(プログラムを構成する政策プロジェクト群で、責任閣僚・局長・州政府カウンターパートを明確化)で運営し、毎日何らかの政策進捗に関するプレスコンファレンスを行うのは新しい政治モデルだと思う。

 ペルーに居た際に行っていた社会調査は4か月にわたる日系人の実態調査であり、ケイコ・フジモリ政権の誕生も筆者には第2の還暦における重大なできごとである。 ♡♡♡

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