1.苦労したロケット開発(*1)(*2) (1) 羅老(ナロ)ロケット
韓国のロケット開発は、1993年の観測用ロケットの打ち上げから始まった。
韓国の宇宙開発の開始が遅れた原因の一つは、米国との覚書、ロケット開発に制約がかかっていたことであった。「射程距離180km、弾頭重量500kg以上のロケット開発はしないこと」射程距離の長いミサイルの開発をさせないための制約を米韓覚書で約束していた。このため、地球周回衛星を打ち上げる規模のロケット開発は不可能であった。
1998年、米韓二国間ミサイル協議により民生ロケット打ち上げについて覚書の制約を撤廃できたので、国産ロケットと射場の建設を開始した。その年の8月、北朝鮮がミサイル発射実験をした。金大中政権は2005年までに「長距離宇宙ロケット」を開発するよう韓国航空宇宙航研究院(KARI)(※)に命じ、予算をつけた。 ※ KARI : Korea Aerospace Research Institute
韓国は技術協力を求めるため各国に打診した。しかし、アメリカは韓国が軍事転用することを懸念し協力せず、フランスも高額な金額を提示し実情拒否、中国とインドはミサイル技術管理レジームに参加していないため協力が得られなかった。
その状況の中、技術移転に協力してくれそうなロシアとウクライナのうち、アメリカとフランスの3分の1程度の価格を示したロシアを協力相手として選定し、2004年10月にロシアのクルニチェフ社とロケットシステム協力契約を結び、「羅老」の開発が本格的に進められることになった。
当初、韓国は第1段エンジンの技術移転を受けて国産化しようと考えていた。しかし、ロシアとの契約では、第1段ロケットに一切関与できないこと、一部を除いてソフトウェアの修理に参加できないこと、さらに第1段目ロケット送信データもロシアにより暗号化されて内容がわからないようにしていたこと、などの制約があることが判明した。
このため、技術移転を放棄し完成品を輸入する契約内容となった。しかし、2009年に1号機の打ち上げは失敗し、続いて2010年の2号機も打ち上げにも失敗した。 2013年の3号機の仕上げにはなんとか成功したが、苦労の連続だった。そして、ロシアとの技術協力契約は終了した。