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一緒にいたい、と思ってもらう力

井上 多恵子 [プロフィール] :5月号

 先日、アメリカの国立公園に関わる方の話をニュースで耳にした。「一番好きな国立公園はどこですか?」という問いに対して、その方は少し考えてこう答えた。「好きな場所はたくさんある。でも、一番印象に残っているのは“どこか”ではなく、“誰と行ったか”なんです」と。録画をしていたニュースを、ヨガをしながら何気なく聞き流していたのだが、その瞬間、私の身体が止まった。「誰がどんな表情で言っているのだろう?」と、その部分を再生して、じっくり画面を見つめた。彼は最高の表情をしていた。両親と訪れた国立公園、初めてパートナーと過ごした場所、家族で出かけた時間。どんな会話をし、どんな体験を共有したのか。それこそが記憶に残っているのだという。

 この話を聞いて、「どこで、何をするか」以上に「誰といるか」が体験の質を決めるのだと改めて感じた。たとえば同じ食事でも、一人で食べるのか、あまり親しくない人と食べるのか、大切な人と囲むのかで、感じ方は大きく変わる。私たちの経験は、その瞬間の自分の状態だけでなく、「誰と一緒にいたか」によっても形づくられているのだろう。

だとすれば、自分が関わる相手の時間を、より良いものにすることはとても大切だ。相手にとって「一緒にいてよかった」と思える時間をつくれるかどうか。それは意識と行動次第で変えられるのではないかと思う。

 私自身、今は人の成長に関わる仕事が中心だ。リーダーシップ研修やチームビルディング、そしてグローバル環境でのコミュニケーション支援、とりわけ英語に関する指導を行っている。英語力という観点だけで見れば、今はAIでも十分に学習できる時代だ。実際、より自然な表現や洗練された言い回しは、AIの方が即座に提示してくれることも多い。

 では、その中で自分が選ばれ続ける理由は何か。スキルだけではない部分、つまり「関わり方」にあるのではないかと感じている。

 英語のセッションでは、レベルの異なる方々が同じ場にいることも多い。得意な人もいれば、苦手意識を持っている人もいる。その中で、ある受講者の方が一年を振り返ってこう言ってくれた。「英語が好きになれた一年でした」と。この言葉は、私にとって何より嬉しいものだった。

 コミュニケーションの上達には「好き」という感情が大きく影響する。現在日曜日に放映されている車いすラグビーの選手たちを描いたTBSのドラマ『GIFT』の中で語られた「好きは、力になる」というセリフが胸に残っている。好きだから続けられる。好きだから試したくなる。だからこそ、間違えてもいい、発言しても大丈夫だと思える空気をつくること、いわゆる心理的安全性が重要になる。発音や文法の修正はもちろん行うが、その伝え方にも配慮する。相手の意欲を損なわず、むしろ前向きになれるような関わり方ができているか。常に試行錯誤してきた一年だった。

 スキルではなく、マインドに働きかける。その結果として「もっと話してみたい」「自信がついてきた」と感じてもらえるのであれば、それは大きな価値だと思う。

 これからも新しい出会いが続いていく。その中で毎回、「この時間が良かった」と思ってもらうために何ができるかを考えたい。相手の表情をよく見ること。言葉にならない意図を汲み取ること。言葉が出てこないときには、さりげなく支えること。そして何より、応援する姿勢を持ち続けること。そうした積み重ねが、「また一緒にいたい」と思ってもらえる関係につながるのではないか。

 一方で、できていない場面もある。特に身近な存在に対しては、つい甘えが出てしまう。家族との時間や、日常の何気ないやり取りの中で、相手にしっかり向き合えているかと問われると、反省も多い。高齢の母との電話は会話が弾まず、どこかで諦めてしまっている部分があるのかもしれない。母の心が少しでも動くような関わり方ができないか、これはこれからの課題だ。

 また、サービスを受ける立場になると、自分の基準を無意識に押し付けてしまうこともある。相手にも事情や背景があるにもかかわらず、それを十分に想像できていないのかもしれない。

 だからこそまずは、少しずつ意識を変えていきたい。すべての場面で完璧を目指すのではなく、例えば限られた時間の会議や、たまに会う相手とのやり取りの中で、「この人と話してよかった」と思ってもらえる関わり方を試してみる。そうした小さな積み重ねが、関係性を少しずつ変えていくはずだ。

 「何をするか」ではなく、「誰とするか」。そして、「その人といる時間をどうつくるか」。その視点を持ちながら、これからの一つひとつの関わりを大切にしていきたい。

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