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「日本の宇宙開発ベンチャーを巡るいくつかの動き」(その5)

長谷川 義幸 [プロフィール] :12月号

 日本でも、政府から民間企業へと主要プレーヤーがシフトしつつあります。今後、人工衛星を通じた“通信”“測位”“地球観測データの利活用”はより幅広い分野への拡大が予想されており、さまざまな社会課題解決への貢献が期待されています。
 今回は、ニーズの高い宇宙ゴミを除去するニッチな分野の市場開拓をしている企業の紹介です。

〇 (株)アストロスケールホールディングス (*1) (*2)
 地球軌道上の衛星への“燃料補給”“故障修理”“寿命がつきた衛星の除去”をするような宇宙ロードサービス事業は、まだ具体的にビジネスにしている企業はありません。
 宇宙ゴミは、今までに打ち上げられた衛星のうち“燃料が尽きて運用不能になったもの”
“衛星打ち上げに使用したロケットの一部”が「ごみ」と化したもの。加えて、衛星同士の偶発的衝突や中国・ロシアによる衛星破壊実験によって“微少なゴミ”が激増する事態が生じています。
これまでに打ち上げられた衛星は約2万機、10cm以上の宇宙ゴミが4万個強、1cm未満のもの1億個強が地上高度800~2000kmの低軌道上を周回しているといわれています。
 衛星との衝突回避のためには“軌道情報の共有”“衛星運用者同士のコミュニケーション”が重要になります、しかし、まだその仕組みができていません。
 現在、実際行われているのは、世界中にレーダーを配置してミサイルの監視を行っているアメリカ宇宙軍が、ロケットや衛星の軌道情報をもとに、軌道上の衛星数が増えるごとに軌道計算を行って、毎日60万以上のデブリ接近警告を世界の衛星運用者に発出しています。

 アストロスケールは2013年創業で、宇宙ゴミの除去や人工衛星の寿命延長サービス事業等を開発しています。JAXAの商業デブリ除去実証プログラムに選定され、ADRAS-Jと呼ぶ衛星を開発、「宇宙ゴミに15mまで接近」に成功しました。
 この宇宙ゴミは、JAXAの観測技術衛星を2009年に打ち上げるのに使用したH2Aロケット15号機の上段で、全長約11m、直径約4m、重量約3トンで、高度600kmの軌道上を飛行しています。
 接近に当たっては、まず、GPSを使った航法で、宇宙ゴミとの距離が数百kmの位置まで接近します。まだ光の点くらいにしか見えません。この光の点を可視光カメラで捉えて解析し、衝突を防止するため螺旋軌道を描きながら数kmまで近づきます。
(宇宙ゴミに人工衛星が接近し観測している想像図)  最終的な接近には赤外線で撮影したデータを基に、独自のプログラムで飛行を自律制御します。
 対象とする宇宙ゴミは時速2万8000kmほどで飛行しており、衝突の危険があるので、接近する衛星は宇宙ゴミ以上に高速に飛行する能力が必要です。
 これらは接近・近傍活動技術といわれる先端技術です。
 2024年11月、ADRAS-Jは最終的に15mまで接近し宇宙ゴミとの距離を維持、宇宙ゴミの姿勢や経年変化の度合いをチェックし、観測を継続しました。
 この成果をもとに、次のフェーズでは、衛星捕獲に挑戦する予定です。
 世界の国々では、宇宙ゴミの対策を、次のような手段で行おうとしています。
 (1) ロボットアームやネットを使って捕獲する
 (2) 高出力マクロ波や化学スプレーを使って機能不全に陥れる
 (3) ジャミング(電波妨害)によって通信を阻害する
 (4) レーザーを照射し、衛星を破壊する
 (5) サイバー攻撃し、衛星機能不全に陥れる
 飛行している衛星を捕獲できるということは、他国の衛星を捕獲が可能ということなので“国家安全保障の技術”となります。各国の国家の適切な監督下で宇宙活動を推進していくために、政府では「軌道上の衛星サービスに共通するルール」つくりの検討を始めています。

 2025年2月、アストロスケールは、防衛省から宇宙で他国の人工衛星などを監視する技術を実証する小型衛星の試作業務を受注しました。日本の宇宙システムを保護するため、その脅威となる宇宙デブリや他国の衛星に関する情報を収集、集約、処理を行う目的です。今回は赤道上空の高度約3万6000kmの静止軌道上にある宇宙物体を情報収集の対象にしています。
 静止衛星における宇宙領域の状況を把握し、宇宙作戦能力の向上と、衛星の自律的で機動的な運用能力を取得するため、小型衛星を試作して静止軌道におけるさまざまなアプローチによる接近・近傍活動の実証や工学撮像を実施することになります。
 アストロスケールは「小型」と「高機動」を重視しています。「小型」であることで安く短期間で開発でき。打ち上げにかかるコストも抑えられます。さらに情報収集の対象とする宇宙物体への近接、周回、観測には「高い機動力」(素早く飛行し移動できる能力)が求められます。
 高速で移動する宇宙ごみを近距離で観測できる同社の技術を設計や試作に生かすようです。
 開発期間は2028年3月までで契約金額は72億7000万円です。

 2023年3月9日には、三菱UFJ銀行から出資が決まりました。
 三菱UFJ銀行が持つ幅広い事業ネットワークや総合金融サービスの知見・ノウハウの提供で、アストロスケールの事業価値向上と宇宙産業の課題解決に貢献する趣旨としています。 (*3)

 さらに、2025年9月2日には、内閣府主導で創設され科学技術振興機構(JST)が推進する「経済安全保障重要技術育成プログラム」で低軌道での衛星間燃料補給を実現するため「衛星への化学燃料補給技術の研究開発」を正式に受注したとのニュースがでました。 (*4)
 さらに、2029年をめどにアストロスケールが予定している地球の低軌道での燃料補給技術実証に使用することを目指して、衛星の給油口接続システムを本田技研と共同開発するとの発表がでました。 (*5)

 ちなみに、2023年2月27日には、同日三菱電機と33億円の契約を締結し小型衛星の基礎構造を共同開発すると発表しています。アストルスケールは磁石を使ったデブリ捕獲の技術開発を、三菱電機は衛星バス注)にドッキングプレート(磁石)を装着し、衛星の寿命後の廃棄を可能とするような技術開発を行うとのこと。
注)衛星バス(BUS): 衛星が宇宙で機能するための、共通のインフラストラクチャを提供、電力系、熱制御系、姿勢制御系、通信系など、衛星全体を支えるための基本的な機能を含む。

 民間の宇宙活動が盛んになりJAXAで実績を積んだISS貨物輸送機「こうのとり」の衛星接近技術などが日本の宇宙ベンチャーの技術で洗練され、大手銀行の宇宙ビジネス支援を受け、世界のビジネスになるのはうれしいですね。今までの開発研究の中から“事業”が育っています。

参考文献
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