投稿コーナー

学習性無力感と学習性楽観主義

プラネット株式会社 中嶋 秀隆 [プロフィール] :5月号

 尾崎一雄の短編「虫のいろいろ」に、虫に曲芸を仕込む方法が紹介されている。ノミを捕まえてガラス球の中に入れて、人間が外から驚かす。そのたびに、ノミは跳ぼうとするが逃げられない。これを繰り返すと、やがて無理だと思い知り、何があっても跳ぼうとはしなくなる。そこではじめて曲芸を仕込むとのことだ。
 ある蜂の翅は、体重に比較して跳ぶ力が、理論的にない。翅の面積とはバタバタ動かす振動数などのデータに基づくと、飛行はできないはずである。にもかかわらず、彼が飛んでいるのは、自分が飛べないことを知らないからだ、とのこと。尾崎は、ノミに同情を示しつつ、蜂の話には留飲を下げている。
 これと同じような対比が心理学の実験にある。
 犬を1匹ずつ別々の部屋に入れ、電気ショックを加える。部屋Aには電気ショックを止める装置がついており、部屋Bには止める装置がついていない。次に両方の犬を、電気ショックを止める装置がある部屋に移し、それぞれに電気ショックを加える。すると、部屋A(電気ショックを止める装置あり)にいた犬は、電気ショックを止めたが、部屋B(止める装置なし)にいた犬は何もしなかった。部屋Aにいた犬は、いわば「自力本願」で積極的に回避行動をとったのに対し、部屋Bにいた犬は経験から無力感を――「学習性無力感」を持ってしまった。
 今後は人を対象にした実験。9人を3人ずつ3グループに分けて、別々の部屋に入れる、部屋Aと部屋Bのそれぞれに騒音を流す。部屋Aではボタンで騒音を止められるが、部屋Bにはボタンがなく、騒音は何をしても止められない。部屋Cには騒音はない。
 翌日、3つのグループともにボタンで騒音を止められる部屋に入れ、騒音を流す。すると、部屋A(ボタンあり)と部屋C(騒音なし)にいたグループは積極的に回避行動をとったのに対し、部屋Bにいた人の2人が何もしなかった。だが、1人だけは積極的回避行動をとった。この1人の行動は「学習性楽観主義」といってよい。この人の行動に、尾崎とともに、喝采を送りたい。
以上

ページトップに戻る