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なぜ『PMBOKガイド』としたのか

プラネット株式会社 中嶋 秀隆 [プロフィール] :2月号

 『プロジェクトマネジメント知識体系』の日本語での略称は従来、PMBOKガイド と表記されてきたが、第6版より『PMBOKガイド』に変えた。その理由をよく尋ねられるので、翻訳検証に関わった者として説明したい。
 マーク・トウエインの名作『ハックルベリー・フィンの冒険』の冒頭の文章の原著と日本語訳を並べると、次の通りだ。

You don’t know about me without you have read a book by the name of The Adventure of Tom Sawyer.

 みんなは、おいらのことなんか、知らねぇだろう。『トム・ソーヤーの冒険』ってえ本を読んだことがなかったなら。

原著の英文では書名をThe Adventure of Tom Sawyer と斜字体で表記しており、これは英文の中で書名を示すときには普通のことだ。(PCが手軽に使われるようになる前には、下線を引いて示していた。)これを邦訳する際、翻訳者の大久保博氏は、『トム・ソーヤーの冒険』としている。つまり、書名を斜字体で表記せず、2重カギカッコ『』で囲んでいる。日本文の中で書名を示すときにはこうするのが普通である。
 PMBOKガイド という表記は日本の慣行から外れている。斜字体は不適切であり2重カギカッコ『』とすべきだ。まして、日本語の文章の大半は(新聞雑誌を含め)縦書きのものが多い。そこで、斜字体表記は考えられない― ―このポイントはかねてから指摘されてきたにもかかわらず、第5版までは聞き入れられなかった。今回、第6版からはPMBOKガイド をやめ、『PMBOKガイド』と日本語の常識に従うこととした。

 それにしても翻訳はむつかしい。これと軌を一にするエピソードを紹介しよう。ある看護師養成学校が東京に新設されたときのことだ。そこは「最先端の教育」を売りにし、ニューヨークの看護師養成学校のカリキュラムを採用した。そこにある科目を見ると、「看護学Ⅰ」、「看護学Ⅱ」、「生化学Ⅰ」、「生化学Ⅱ」…などが並んでいる。その中に「英語」とある。そこに入学を検討中の人が、いぶかしく思って学校に問い合わせた。すると、ニューヨークの看護師養成学校のカリキュラムをそのまま採用している、そこにEnglishとあるので「英語」としているとの返事。
 もうお気づきだろう。ニューヨークの看護師は患者や医師たちのステークホルダーとEnglishでコミュニケーションをとる。だからEnglishが必要だ。一方、東京の看護師は患者や医師たちと日本語でコミュニケーションをとる。だから日本のカリキュラムでは、これを「英語」とせず「日本語(国語)」とするのが適切である。
以上

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