投稿コーナー

これが幸せでなきゃ

プラネット株式会社 中嶋 秀隆 [プロフィール] :5月号

 プロジェクトやプログラム、ポートフォリオは、世の中に新たな価値を生み出し、それが社会の豊かさに結びつく。その意味で、プロジェクト関係者の貢献は大きい。幾多のプロジェクトの成果により、今日の先進国の一般人の生活は、昔なら「王侯貴族の暮らし」と言ってもよいものであろう。なにしろ、空調の効いた室内で暮らし、世界中からの食材をいただき、テレビや映像を楽しむ・・・などである。だが、それを強く感じられるか否かは、私どもの力にかかっているのではなかろうか?
 
 気になる指摘のひとつが、日本人は幸福を感じる度合いが低いのでは…というものだ。戦後のGDPの伸びと生活満足度の推移をプロットしたグラフ (『国民生活白書』平成20年、内閣府) には、1981年から2005年までの1人当たりGDPと生活満足度の推移が3年ごとに示されている。それによると、1人当たりGDPは1981年に273万円から2005年の420万円までほぼ右肩上がりで成長している。一方、生活満足度 (「満足している」= 5 から「不満である」= 1 までの得点) は1984年の3.60をピークに2005年の3.07まで、ゆっくり低下している。慶応大学・前野隆司教授は、1960年から2010年の50年間で、1人当たりGDPが4倍に増えたにもかかわらす、生活満足度はほぼ横ばいだと指摘しておられる (『幸せのメカニズム』)。
 小津安二郎監督・原節子主演の映画『東京物語』を観ると、戦後の日本人の生活がたいへん貧しかったことがわかる。白黒の画面に映し出される家屋も家具も電気製品も、粗末なものである。窓は木枠のガラス1枚であり、今のようなアルミサッシではない。最近のリメイク『東京家族』 (山田洋次監督) に見られる現在の暮らしぶりとは雲泥の差である。だが、小津作品の中に生きる人々は、折目正しく、実に魅力的だ。みな立派に、美しく生きている。貧しいながらも、不幸とはいえまい。新旧の両作品を観並べると、親子、家族や近所との関係、仕事と家庭のバランスの問題や、将来への期待と不安が入り交じった感情など、昔も今も変わらないという印象を強くした。
 とはいえ、幸福を感じることが不得手では困ることがすくなくない。その意味で、米国の作家、カート・ヴォネガットの次の指摘は肝に銘じたい。
 「おじさんの、ほかの人間に対するいちばんの不満は、自分が幸せなのにそれをわかっていない連中が多すぎるということだった。夏、わたしはおじといっしょにリンゴの木の下でレモネードを飲みながら、あれこれとりとめもないおしゃべりをした。ミツバチが羽音をたてるみたいな、のんびりした会話だ。そんなとき、おじさんは気持ちのいいおしゃべりを突然やめて、大声でこう言った。「これが幸せでなきゃ、いったい何が幸せだっていうんだ」 (『国のない男』)

以上

ページトップに戻る