(「武道」としての系譜) |
① |
高坂昌信『甲陽軍鑑』(1615)
「武士道」という言葉が日本で最初に記された |
② |
大久保彦左衛門『三河物語』(1622)
運命共同体的な観念「情誼的一体感」を強調 |
③ |
宮本武蔵『五輪書』(1645)
勝つ為に何を考え、何を実践するのかを説く |
④ |
山本常朝『葉隠』(1716)
「武士道と云ふは、死ぬ事と見付けたり」生への執着を否定 |
(「士道」としての系譜) |
⑤ |
池田光政『申出覚』(1654)
「天―上様(将軍)―国主(藩主)―家老・士―人民」という名分論 |
⑥ |
山鹿素行『山鹿語類』(1665)
治者としての自らの立場を知り、三民(農工商)を指導する「士道」
武士は身分という制度ではなく、自分が(封建)社会全体への責任を負う立場であると定義することで武士となり、社会全体への倫理を担うとする |
⑦ |
山岡鉄舟『武士道』(1860)
「神道にあらず儒道にあらず仏道にあらず、神儒仏三道融和の道念にして、中古以降専ら武門に於て其著しきを見る。これを名付けて武士道と云ふ」 |
⑧ |
新渡戸稲造『武士道』(1908:桜井彦一郎訳)
武士道は国際社会において、日本人の倫理感の高さや、一人一人が社会全体への義務を負うように教育されていることを説明するのに最適なモデルであった。極めて士道的である。 |
(現代武士道) |
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武士道は現代でも、日本人の重要な精神的バックボーンとして残っています。武士道の精神を基本とした「士魂商才」という言葉があるように、拝金主義に陥らず、倫理道徳観のある商才を発揮することで理想のリーダーたらんとします。欧米での「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」に通じるもので、帝王学(人の上に立つものとしての精神)として発達しました。企業の倫理が問われる中で、経営者や戦略における重要な要素となっています。しかし近年、株主資本主義の下で短期的な成果を追う余り、このような経営哲学・倫理観を軽んじる風潮もあるようです。 |