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商業出版を試みて思うこと

小石原 健介 [プロフィール] :12月号

 今回ドーバー海峡トンネルプロジェクトでの私の盟友Nさんと共著で「プラント屋から見た福島第一原発事故の不思議」のテーマで自費出版でなく商業出版を試みました。今回本を出したいと考えた動機はシニア世代として原発事故の実相を知れば知るほど現状を看過することは出来ない。何としても世に警鐘を鳴らしたいとの二人の純粋な気持ちが一致したからです。

 本のタイトルは「プラント屋から見た福島第一原発事故の不思議」で、内容は3・11以来ジャーナルの特集やオンラインへ寄稿させて頂いた内容を中心に纏めたものです。これに作家として活躍されているNさんが全体の構成や文章表現を作家の立場から一般読者向けに非常に分かり易く手を加えたものです。商業出版は自費出版と異なり出版社の費用で出版されるのでこれを本にした際の商品価値、果して売れるかどうか、儲かるか否かの厳しい出版社の審査をパスしなければなりません。
 最初に出版社への仲介を行うエージェント、さらに知人により大手出版社にも紹介をしてもらいました。結果は内容にもう一つ説得力がない、原発事故のすぐ後であれば検討出来たかもしれないが、時期を失している。あるいは原発関係者が書いたものであれば検討するが、それ以外は検討対象でない。などの理由でいずれも取り扱いを断られました。これらの理由については、評価をする側が原稿の内容を十分読み取り正しい評価がなされたのか、疑問が残る印象を受けました。世界のプラント建設やプラント現場の技術者として百戦の経験を踏み、現在の日本の社会構造の問題を国の外から客観的に捉えた視点、二人のマネジメントのノウハウが詰まった原稿と自負していましたが、現実は厳しいことを実感しました。

 その後さらに知人の紹介でお願いした神戸にある地方紙の出版センターでは企画部長、出版部長に直接プレゼンを行うことができました。複数のメンバーが原稿を読み、2週間の検討期間と出版会議を経て真剣に検討をして頂きましたが、やはり次のような理由で取り扱いを断られました。
 「全体の構成は一般読者向けに非常によく考えておられると思いました。このテーマに興味を持っておられる方も多いという意見ももちろんありました。しかしそれには全国展開する必要があります。地域に特化した小社の宣伝・販売エリアでは対応が難しいというのが、お引き受けできなかった大きな事情です。」

 私の勝手な思いですが、現在の日本の組織社会では管理職の優等生は少しでも懸念があれば自分でリスクをとらない、本が売れるかどうかの判断については確かな基準は存在しないし、やってみないと分からないところもある。自分が良いと評価すればたとえ期待どおりに売れなくても自分がそのリスクをとり決断すべきと思うがそれができない。出版社だけでなくこれは日本の組織社会の縮図であるように感じました。国会事故調査委員会黒川清委員長が「実力のある人間よりもリスクをとらない人間が偉くなる。そんな日本社会の弱みを、原発事故の検証を通じて痛感している。」と語った言葉を思い出します。海上勤務をしていた若い駈けだしの頃、乗船していた船の機関長から「頼みごとや交渉はトップに当れ」と言われ海外の寄港地での野球のグランドを借りる交渉などやらされました。この教訓はその後のプロジェクト遂行でも生き続けていました。管理職の優等生がリスクをとらないことは、トップが決断すれば彼らはそのリスクをとらなく済む。今回も当初から出版社のトップに直接お願いできる親密な人脈があればと思いましたが、残念ながらこれは所詮無理な期待に過ぎませんでした。

 さらに最後のチャンスとして新聞広告で見た某社の記事に!無料で出版できるチャンスも!を知り応募しました。その結果、作品の講評としては「今回の事故の本質を探る鋭さを備え、現場の第一線で活躍してきた著者らしい卓見に満ちたものとなっている。事故から一年半経過し原発事故に対する一般市民の疑問に的確に答える内容は社会の要望に応えている。是非書籍化されたい。」でした。しかしこれは無料ではなくあくまでも有料出版のサービスでの提案でした。これだけの評価を頂いているので無料出版についてトップへ上司を通し直接お願いできないかを申し入れました。その結果は「社内の公平なる審査の上で決定しており、上の者に直接話をするという事は、出来兼ねます。」
当然と思われる優等生の返事が返ってきました。下の者でもトップに自由な意見具申ができる欧米社会とは異なり日本の組織風土では下の者がトップへ意見具申するのはご法度のようです。その結果イエスマン、ゴマすり文化が横行し、やがてトップは権威の象徴に祭り上げられ企業・組織は活性化を失う。わが国の縮図のような気がします。やはり今回の決め手は当初考えていた出版社のトップに直接お願いできる親密な人脈探しだと思っています。私たちの挑戦は未だ続いています。

 ところでプロジェクトマネジメントの視点からは期待通りに事が進まない時も決して最後まで諦めないNever Give upの精神、相手からQuick Responseが来ない場合は否定的な回答を予測し、予見先行管理のため次の一手を打つ、などのキーワードについて再確認をすることができました。 

以上

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