投稿コーナー

~ ヤングの皆さんへ ~
キャリアプランをどうする?

石原 信男: 6月号

 プロジェクトマネジメント(PM)に今後も携わる立場にあるヤングの方々の中には、自分のキャリアプランをどのようにプランニングしたらより良い道筋が見いだせるかを、実務を通じて真剣に考えておられるかたも多いと思います。
 そのような観点から、かつては現役としてPMを経験してきた私のキャリアプランにかかわる考えを述べることがヤングの皆さんに何か少しでもお役に立てればと思い、今回の投稿にいたりました。

 私たちの年代の者がかつてPMに携わり、実務を通じてPMの仕事の質をレベルアップしようとしていた頃には、日本ではPMという概念さえも今のように普及・定着した状態にはありませんでした。もちろん、PMBOK®(Project Management Body of Knowledge)やP2M(Project & Program Management)のようにPMの基本知識がしっかりと体系化されていた時代でもなく、PMP®などの資格制度もありませんでした。
 習い事などでも使われますが「形から入る」という言い方があります。本来は中味である意味や精神があってこそ、それらが表に現れるのですが、その関係を逆手に取り、表にある形をなぞることで中味を会得させようという意味合いで使われることがしばしばあります。私たちはこの「形から入る」ための「形」が見えなかった時代に手探りに近い状態でPMの習得に努めました。
 そんなわけでPMの仕事を前向きに勉強しようとする者たちは、欧米のPM先進国の出版物に頼って学んだものです。とくに米国にはPMBOK®以前にも多くのPMに関連する出版物があり、それを探し求めて用語一つの解釈にも苦労しながら少しずつレベルアップをはかってきました。

 日本でPMBOK®和訳初版本が出版されたのを機会に、私も早速に購入し期待を込めて学び始めました。私たちが今まで米国の関連書籍で学んだことの基本的な知識が形式知の形ですっきりと体系的にまとめられており、デジャヴ(既視感)は免れなかったものの、PMのコミュニケーションを共通する用語でよりスムーズに行うにふさわしい知的パワーを含んだ内容であることを、あらためて感じとりました。
 このように、PMBOK®以前にPMBOK®よりも実践的な内容の資料も参考にしながらなんとか実務をこなしてきた者にとっては、初めてPMBOK®を読んだにも関わらず、紙面に記述されていない(できない)暗黙知的な内容についても行間からうかがい知ることができました。
 そんなことも理由の一つになったのでしょう。形式知だけの表現にならざるを得ないこの種のガイドブックに対しある分野・業界では「何をいまさら」と一歩引いた姿勢で受け止めました。
行間に潜む暗黙知を苦労の末にすでに自分のものとしている経験者からすれば、確かに「今さら」という感をもつことは当然と言えましょう。
 実は私もその一人であったことから、最初に読んだPMBOK®に既視感を覚えたのは事実です。
でも、読み方の深度が深まるにつれて「この種のガイドブックで暗黙知までを文書化するのはとうてい無理。でも体系的によくまとまっているな。」と思うようになりました。
 そして「形から入る」という語に意味を見出すならば、PMBOK®こそ「形」の一つの好例ではなかろうかとポジティブな姿勢でみるようになりました。 
 ただ、この種「形」の役割が主体のガイドブックに多くを強く期待することが、はたしてPMの成功を導く根幹的な要素になり得るのだろうか、といった多少の不安が無かったわけではありません。ましてやPMP®(Project Management Professional)という資格名称で示されるようなプロフェッショナルが温室栽培のようにすぐに育つわけでもなく、どちらかといえばPMP®とはPMBOK® Professional とも言うべき質的内容のものであるようにも思いました。

 PMBOK®について何かネガティブの言い方がつづきましたが、私自身はPMBOK®を否定するものではありません。かつてヤングであった私のようなシニアから見るならば、PMBOK®の普及・定着それに加えてこのところのP2Mの普及、これによってPMの習得をしっかりと「形から入る」ことができる環境が整ったという事実は、これからキャリアプランを立案するヤングの方々にとっては、実に恵まれた状況下にあると思いますし、本当の意味でのPMプロフェッショナルに近づくための習熟度のレベルアップも加速される筈です。
 あとは自分が関わるであろうPMの分野・業種に特有の暗黙知をいかに質量共に充実させるかによって、あなたのキャリアプランが成熟し完成に向かうことになるでしょう。

 それには次の方法も一つの例として考えられます。

過去の実例プロジェクト実績(自社の失敗例、成功例を問わず)をできるだけ多く学ぶ。
できればPMBOK®の行間に潜む暗黙知をうかがい知るようになれることを目指す。
プロジェクト終了報告書の作成・保管を軽視するような組織体ではプロジェクト成功と確たるキャリアプランニング立案は期待できないでしょう。その際はあきらめましょう。

野中郁次郎著の形式知・暗黙知にかかわる「知識創造」関連の著書を読み込む。
なかでも名著「失敗の本質」野中郁次郎共著 はぜひ読むようお奨めします。

P・F・ドラッカーの著書をできるだけ多く読み込む。
PMも経営の一手法です。大きな意味での「経営」という大所高所からPMを俯瞰することも必要です。経営の一部分としてのPMの所在をしっかりと知ることも必要です。

自分がかかわる分野・業種のプロジェクトに関連する国際的な契約モデルフォームを学ぶ。
日本の「ENAAモデルフォーム国際標準契約書」 2010年改定版  一般財団法人
エンジニアリング協会。 これも国際的に高評価を得ている代表的なモデルフォームです。
エンジ系プラントプロジェクトに関するものですが、ぜひお薦めのしたい一冊です

一般財団法人 エンジニアリング協会が開催する各種のPM講習会への参加。
PM発展の流れにそった講習内容でPMBOK®をベースにしたものもあるようです。
(参考 一般財団法人エンジニアリング協会  リンクはこちら  )

 ここまでいろいろと私個人のPMBOK®の位置づけを述べてきましたが、これを「見える化」を目的に図示してみるならば、下図の( A )の部分がPMBOK®に相当することになります。
 図中( A )と( B )でから成る星型部分を、私たちが一般にPMと称しているプロジェクトのマネジメントを対象とした既存の知識領域です。 ( A )はプロジェクトの分野や業種に普遍の知識(主に形式知)、つまりPMBOK®のような知識領域、( B )はプロジェクトの分野や業種に特有の知識(主に暗黙知)で、星型は分野や業種が種々あることを単に図化したものです。( A )から( B )への知識の発展、そしてその間で新しい知識の創出がなされる仕組みが存在します(野中郁次郎著作参照)。
   ( C )はPMをも一部のマネジメントとして包含する大きな意味での「経営」、この「経営」を行う為に必要な広範な既存知識領域といった意味合いで、とても広範なマネジメントの世界を対象としたものとして示しました。


 P.F.ドラッカーの著書に「成果を生み出すために、既存の知識をいかに有効に適用するかを知るための知識がマネジメントである」と説いた部分があります(『プロフェッショナルの条件』ダイヤモンド社)。
 PMも、ある経営領域で所定の価値を成果として求めるための一手法ですから、ドラッカーの説くマネジメントの思考・行動領域内に位置するものと見なせます。そして( A )、( B )、( C )の知識のなかから当該プロジェクトに欠かせない既存の知識を有効に適用して、所期の目標・成果を達成するためのマネジメントを行うことになります。

 このようにPMも「経営」の一手法であることを考えるならば、( C )の領域のさまざまな知識の基盤の上で( A )と( B )の領域の知識、この三者をいかに有効に適用して行くかを知る知識が成熟して行かない限り本物のマネジメント、本物のPMには届かないことになります。尚、日本発のP2Mはこの領域での全体最適を目指して開発されたものですので、参考にされると良いでしょう。

 ヤングも皆さんの柔軟な発想を更に生かしながら、本当のPMプロフェッショナルを目指してキャリアプランを策定してください。本稿が多少なりともその参考になれば幸いです。
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