投稿コーナー

~ ヤングの皆さんへ ~
プロジェクトコストに強い関心を
(コスト意識を高めて本当のプロフェッショナルになりましょう)

石原 信男: 5月号

 「品質未達」、「予算超過」、「納期遅延」のいずれか、あるいはその複合型に陥ったプロジェクトを、一般に私たちは失敗プロジェクトと言っています。
 しかし、「品質未達」の正常化や「納期遅延」のリカバリには、かならず実行予算を超える額のコストでこれを補うことになります。つまり、「品質未達」は達成レベルまでの未達分をカネで補完すること、「納期遅延」は遅延した時間分をカネで買い戻すこと、このように「品質未達」や「納期遅延」のすべての不具合は、結果として予定外の出費、つまり「予算超過」という形で表にあらわれてきます。 コスト見積の誤りによる「予算超過」はそれ自体が失敗プロジェクトの本質的なミスであることから、ここであえて述べることはしません。
 しかしこれとは別の形として、品質も納期も目標通りに達成したものの「恣意的なコスト見積」の結果「予算超過」に陥るケースもあります。経営戦略・計画の面から赤字を承知の上で実行するプロジェクトもあるでしょうから、あえてこれを失敗プロジェクトとしないケースもあることを知っておくことも必要でしょう。(これについては別の機会があればふれてみることにします)

 本稿では「プロジェクトコスト」について私の考え方の一端をのべて、これが少しでもヤングの皆さんのお役にたてればとの思いで拙文の投稿にいたりました。
 私のPM論に基づく「プロジェクトコスト」の構成を大まかに下図に示します。

 この図の背景には「コストエンジニアリング」という(私なりの)概念があります。
 コストエンジニアリングとは何か、あえてエンジニアリングの表現をとるのは、これがプロジェクト実施フェーズにおけるコスト管理とは異なる意味合いをもつからです。
 PMBOK®などでのコスト管理とは、いうならばプロジェクトを実施するためのリソースとその必要量にもとづいてコスト見積をおこない、見積コストをそれぞれの作業に配分して予算とし、予算に対する実績の差異を管理する一連のプロセスであるとの意味合いをもっています。
 これに対してコストエンジニアリングは、コスト見積をおこなうに際し、コスト因子にまでさかのぼってそれら因子をベストコストに向けて最適条件化し、そして、因子間にトレードオフの関係があるならばその落とし所を見出して結果としてプロジェクトコストをベストならしめる、そのためのプロセスであるとするものです。 私流にいうならば、コストエンジニアリングとはプロジェクトの「見積ベストコスト創り」のことです。ここでのベストコストとは、「買ってよかった」「売ってよかった」のWin-Winの成立に寄与する見積コスト、こういったものを概念的に表したものであり、通常買い手から見ての最低価格をベストコストと称しているのとは意味合いの異なるものであることを付言しておきます。
 また、ここでいうところのプロジェクトコストとは、コスト項目ごとのコストを単に積み上げたに過ぎないものではないということです。並行業務の相互間、連携業務の前後間、または因果関係にある業務間などに存在するトレードオフ関係を、最適バランスに収めるプロセスを経た上でまとめたコスト群ということを意味するものです。
 たとえば、納期の確保がきびしく求められる機器であるにもかかわらず見積コストの低減を図って100万円安い見積価格の協力会社見積を採用した。その協力会社には工程管理の面でかなり不安が残る。 実施フェーズにおいて不安が実現して1ヶ月の納期遅れが生じたならば、その遅延を挽回するには最高200万円のコスト追加がリスクとして予測される。それでも安い方の見積コストを採用するか、納期確保を求めるかといった複数の選択肢が考えられますが、ベストコスト追求のためには何が総合的に見て最適かの視点で選択し、その結果を当該コスト項目群にフィードバックして全体の積み上げをおこなうというようなことです。

 プロジェクトコストは売り手の事情だけで決まるものではありません。
 図でプロジェクトコストの構成の仕組みを示しましたが、コストの核(本質コスト部分)は大筋として価値に対する買い手の要件設定(定義)によってきまるものです。
 本質コストをとりまく付随コストの2層のひとつは、主に買い手が売り手に提示する商務条件とこれに見合う売り手内部のコスト要因によるものです。他の層は、売り手が協力会社に提示する技術的な要件定義と商務条件および協力会社内部の要因によるものです。
 コンティンジェンシ(リスク対応コスト)も厳然たるプロジェクトコストです。本質コストや付随コストを見積るに必要な技術的・商務的な要件設定(定義)には、その多寡はともかくとして、どうしても「あいまいさ」が残ることは避けられません。 これらのあいまいさに対するリスクアセスメントはコストエンジニアリングにおいて不可欠なものであり、扱いをおろそかにしてはならないコスト費目です。繰り返しますが、コンティンジェンシはプロジェクトコストの極めて重要な一部分であることをあらためて認識していただく必要があります。 商務における値切り代のような根拠のない無意味なものとはまったく異なるものです。
 図からもわかるように、これら本質コスト、付随コスト、コンティンジェンシ等の重なりに、さらに売り手の利益の層が重ねられ、見積段階での最終的なプライスとして買い手に提示される仕組みとなります。
(もう少し深堀りしたい方は 拙著「見えるかでわかる! プロジェクトマネジメントの進め方」 日刊工業新聞社 2008年 をご参照下さい)

 プロジェクトコストの構成とその仕組み、さらにコストエンジニアリングの手法を理解できるようになると、PMの全体がさらによく見えるようになります。自慢するほどのものではありませんが、私の経験からしてプロジェクトコストの視点からプロジェクトの全貌を見ることができるならば、プロジェクトの失敗はかなり減ってくるはずです。

 ヤングの皆さんの多くは「PM標準ガイドブック」の類をマスターされた方々と承知しています。しかし、PMも大きな意味での「経営」の一領域です。「PM標準ガイドブック」的な視点からプロジェクトを見ることもさることながら、併せて「経営」という視点からも対象プロジェクトを俯瞰する姿勢を保ち続けてみてはいかがでしょうか。
 あなたがPMの本物のプロフェッショナルに至るまでに通らねばならない重要な一つの道筋と思えるからです。
 
 これは蛇足にすぎませんが一言付け加えさせていただきますと、往々にしてプロジェクトのコスト見積部門の社内での位置づけが、エンジニアリング・設計とか国内やオフショアの調達、あるいは現地建設に携わる花形部門にくらべて、その機能・役割が下位に位置するような意識で見られる傾向にあるように思えることがあります。
 失敗プロジェクトを避けようとするならば、先ずこのような誤った意識を変換するところから始めることが肝要ではないかと思います。優れた要員からなるコスト見積部門は「こうしたならば価値を損なうことなくコストダウンが図れるのでは・・・」といったVA (Value Analysis) の視点からの技術的・商務的代案提起ができだけの力量を持ちます。型にとらわれたへたなPMO (Project Management Office) に依存するよりは、優れた人材をコスト見積部門に配備する方がずっとマシなこともあろうかと思われます。

 そんな現実的な意味合いを込めて、ヤングの皆さんにはコスト意識の高いプロジェクト要員に成熟していただきたいと願うシニアの一人として、僭越ながら寄稿させていただいた次第です。
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