ヤングコーナー(シニアより)
 次号

ヤングコーナーを読んで

石原 信男:10月号

 オンラインジャーナル 2011年9月号 ヤングコーナー「プロジェクトマネジメントを学んで得たこと」という寄稿文を読ませていただきました。 そこには、プロジェクトマネジメントにこれから携わろうとする人にとって有意義と思えるご自身の率直なお考えが著されていました。
 大要は大学講義と実践とのつながりの難しさを前向きにとらえ、理論として学んだことの実践への活用の在り方をさらに学んでいかなくてならない、とのお考えと私は解釈しました。
 ヤングコーナーにとてもふさわしい一つの見解と私には思われたので、これに関連した私見を述べさせていただきたく投稿した次第です。
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 プロジェクトマネジメント(PM)は、プロジェクトの目標達成を目指して既存の関連知識を状況に即していかに実践に有効に結びつけるかという、きわめてプロフェッショナルな仕事です。加えて、その場を通じてさらに新しい知識を創造し、これを形式知として今後の実践知識化していくこともマネジメントの重要な部分です。

 プロジェクトの実践の場では、他所から複数の選択肢を与えられて、その中からベストを選定するといったような贅沢は許されません。プロジェクトの置かれた状況下で、いかに多くの選択肢を瞬時に独自で生み出せるかがプロフェッショナルのプロフェッショナルたる所以でしょう。選択肢が与えられていなかったら何をどうしていいかわからない、こんなプロフェッショナルとしての要件に欠けるPMが普及し定着する姿は想像もしたくありません。
 本当のプロフェッショナルは自分で選択肢を案出し自分でより良い選択をおこなえるワザを持ちます。マネジメントとは、その時々の状況と特異性に応じた選択肢をできるだけ多く案出し、いま選択することの将来結果までを可及的に見通して各選択肢間の利害得失を比較検討し、その上でより良い選択をおこなうという「創造的選択肢」に基づく「全体最適選択」をベースとしたところに本質的な意義があります。
 クルマの運転にたとえるならば、運転経験を重ねて自ら体系づけた論理と実践を踏まえ、周辺状況に適合した好ましい運転に必要な操作のあり方を瞬時にできるだけ多く想起し、車種の特異性に応じた最適の選択をしてこれを動作に結び付ける、これがマネジメントであり、それをためらわずに思考・行動で体現できる人が運転のプロフェッショナルであるといえます。
 走行中の周辺状況は、自然条件、道路状況、他のクルマの運転状況などをはじめ、いろいろな事象、場合によっては想定外の状況変化、によって絶えず変化しています。PMもプロジェクトそれぞれに固有の状況変化があって当然で、成功させるには、それに即応できるだけの知識と実践経験が求められます。

 10数年前にPMBOK®ガイドが日本にも導入されました。 今ではPMの一つの知識体系として普及・定着し、これをPMのグローバルスタンダードと見る向きもあります。
 また、日本からはプログラムマネジメントの領域までもカバーした新しい知識体系としてP2Mが発信され普及・定着の途につき、さらなる内容の充実と改善がなされていることは、PMに携わる者にとってはまことに有意義なことです。
 しかし、PMBOK® も P2M も知識・理論の一つの体系としてまとめられて文書で著されたものであり、その基本はあくまでも形式知の形をとるものです。このような知識体系の有用性は理解できるものの、その形式知的な知識を、どうやって実践のための知識(暗黙知的な)に適用して活かせるかについて模索している方々も多いのではないかと思います。PMの成功裏完遂は、そのプロジェクトにふさわしい理論的な知識体系(使われる知識)と実践的知識体系(使われる知識を活用するための知識)のつながりが欠かせません。 実践的知識のレベルアップがマネジメントの質的な充実には欠かせないからです(下図参照)。

 クルマの運転には運転免許証が不可欠です。免許を得るには学科試験をクリヤしなくてはなりません。いろいろな既存のPM知識体系やそれを基にした各種の講義・研修は、運転免許証の取得にたとえるならば運転教習所での教則本、それを用いての講義・研修は学科試験をクリヤするための教習、そして知識体系に関連するPM資格認定のための試験は学科試験にあたるといっても見当ちがいではないでしょう。
 運転免許証は取得したからといって、即運転のプロフェッショナルとはなり得ません。これと同じように、PMのある種の資格認定を得たからといって、それでPMのプロフェッショナルとして認められたことでもないはずです。先ずは、PMの仕事にエントリーできるだけの基本知識が身についたという程度の知識レベルと考えるべきかと思います。そのあとはこれらの基本知識をどのように実践に活用できるかという「知識を活用するに必要な知識」のレベルアップが、PMプロフェッショナルへの道となります。言うならばペーパードライバーからスキルフルなドライバーへの実践の積み重ねです。

 しかし、この道を進むに必要なガイドブックとかマニュアルの類の資料は、残念なことに、今のところ見当たりません。実践に必要な知識の多くが暗黙知であって、これらを一つの体系的な形式知にまで文書化するのがきわめて難しいからに他なりません。
 私ごとですが、難しいのは承知の上で、3年ほど前に暗黙知の文書化に取り組みました。結果として「見える化でわかる プロジェクトマネジメントの進め方」(日刊工業新聞社刊)という書物にまとめはしたものの、そこに立ちふさがる壁の高さに困難を強いられました。そして残念ながら、他の市販されている形式知のみで著されたPM関連書籍のようなすっきりとした形にまとめることができませんでした。「洗練されたPM商品」として自分が納得できるような書物になり得なかった感じです。あらためてこの種の実践を中心としたPM関連商品としての書物がなかなか見当たらない理由を、身をもって体験した次第です。

 P2M もPMBOK® も、PMの理論や知識の体系としてきわめて有益なことは今さら言うまでもありません。あとはこれらの知識体系としてのすばらしい果実を、いかに具体的な形で実践に活用できるようにするか、そしてさらなるプロジェクト成功という大きな果実に結びつけることができるかが、PMを志すヤングの皆さんが強く望むところではないかと思っています。
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