P2M研究会
先号   次号

BIMクラウド時代における棟梁精神

虎谷 彰 [プロフィール] :7月号

先日、日本コンストラクションマネジメント(CM)協会が主催するパネル討論に施工者側パネラーとして出演する機会があった。テーマは「日本の建設生産の将来、そしてCMの展開」であり、京都大学の金多隆准教授による基調講演「これからのデザインビルド」を受けて、発注者、設計者、施工者、コンストラクション・マネージャー(CMr)が各々の立場から将来を展望して議論した。
日本の総合建設会社(ゼネラル・コントラクター、いわゆるゼネコン)の中には、ルーツを江戸時代の宮大工棟梁や町方大工棟梁にもつ会社が多く存在する。「棟梁」とは、大工、石工、左官などの職人集団の頂点に立ち、築城や寺社、武家屋敷等の造営に采配を振るい、木割や建方など今日でいう設計から施工に至る全ての統括者であった。発注者との深い信頼関係を背景に造営に関する責任は棟梁が一元的に負っていた。
明治以降、近代化と共に西洋的な「建築」の概念が生まれ、設計者、施工者、エンジニアの専門職業が確立した。鉄やコンクリートを構造材料とする「工業化」は、建設生産システムの合理性を追求し、発注方式のひとつとして設計施工一貫(デザインビルド)に一定の評価を与えてきた。棟梁精神を受け継いだゼネコンは発注者の厳しいニーズに対し、建築、構造、設備にわたる設計図書相互の整合性確保や、合理的な施工可能性を前もって検討する「生産設計」をマネジメントし、短工期やハイコストパフォーマンスを具現化してきた。

今日、日本の建設生産システムは従来の重層下請構造に基づく業務プロセスを「プラットフォーム化」することにより改革されつつある。その1つがBIM(ビルディングインフォメーションモデル)による生産システムの見える化であろう。3次元の形状情報と共に、室名・材料・性能・コストなどの属性情報を併せ持つ建築情報モデル(BIMモデル)を構築し、企画・設計・施工から維持管理に至るまでの建物ライフサイクルのあらゆる工程でこれを活用する。例えば設計段階でBIM干渉チェックを行うことにより、コンピュータ上で躯体や配管が干渉している部分を容易に特定でき、その部分の関係を即時に3次元で詳細に再現・修正し、意匠設計や施工工程におけるミスを事前に削減することができる。BIMにより各工程業務がシームレスに繋がり、建築生産や維持管理の効率化を図ることができる。
今後予想される業務プロセスの展開は、クラウドにより共有化されたBIMモデルによる、複数企業によるプラットフォーム化の到来であろう。ディテール、工事工程、コストなどの情報がガラス張りになれば、これまでこれら専門領域の情報独占に基づいていたゼネコンのマネジメント手法は質的に変化するだろう。

一方、21世紀に入り不動産の証券化(REIT)が始まり建築空間は利用する対象のみならず投資の対象ともなり、発注者も所有者、利用者、管理者など複雑な構成を示すようになった。市場性を持ち、相互に比較可能となってきた建築空間は需給関係での価格形成が強まる。その結果、ブランド化されたデザイナー・著名なエンジニア・信用力ある施工者を傘下に編成した発注者が提供する建築空間に一般消費者の人気が集中する傾向が強まっている。公共事業においてはPFIやPPPなどの事業手法導入により、民間の複数企業がコンソーシアムを構成してプロジェクトリスクを分担するケースが増えた。官民問わず、プロジェクト・マネジメント能力の高い代表中核企業が市場で選別され、事業全体の成否を左右するようになっている。ゼネコンはリスクマネジメントを展開する棟梁に変貌している。

金多先生は、従来ゼネコン1企業が果たしていたデザインビルド機能は、自ら「直営方式」に近い巨大な生産組織を運営した発注者が担う場合や、発注者、設計者、施工者の機能を再編成しコングロマリット(複合企業体)と化したデザインビルド組織が担う場合など、様々な形態が模索されると予告する。得意とするマネジメント・ツールを武器にした棟梁が群雄割拠する時代とも言える。戦国時代を制するのは本質である「責任の一元化」の御旗を揚げる棟梁ではなかろうか。複雑化・重層化した組織を掌握し、契約・リスク・エンジニアリングのマネジメントを心掛けつつも、ものづくりの心を持ちつづけることこそ、BIMクラウド時代を生き抜く棟梁精神だと思っている。

ページトップに戻る