図書紹介

図書紹介:「プロジェクト・ナレッジ・マネジメント」ニック・ミルトン著
   梅本勝博・石村弘子監訳、シンコム・システムズ・ジャパン訳

日本プロジェクトマネジメント協会理事 渡辺 貢成:1月号

1. はじめに
 知識の重要性は誰も認識している。日本では戦後米国の先端技術やマネジメント手法等の知識を採用し、努力の結果超一流の国つくりに成功した。しかし、最先端になっても知識は導入するものだという習慣が抜けきれず、自分たちが日々行っている業務の中に先端的な貴重な知識を生み出していることを評価していない。

 プロジェクト・ナレッジ・マネジメントはこの問題に応えてくれる良書である。プロジェクトはスタート時点でプロジェクトが必要とする知識を収集し、それを加工して新しい知識を生み出している。この有用な知識をすぐさま社内のどの部署にでも使える体制をつくることがナレッジ・マネジメント(KM)の役目である。本書はKMを実施することで組織能力が強化され、企業業績の向上に貢献できることを示し、KMの実践的手法を具体的に記した。しかしナレッジ・マネジメントが成功するためにはナレッジを評価し、収集、蓄積、再利用できる仕組みが必要で、それを継続的に運用させることができるのは、KMの必要性を認める企業文化が不可欠だとしている。

 世界の先端に立った日本企業が、現状の閉塞感から脱出するための重要な手法で、過去の知識、最新の知識、生まれたての知識を使い、いち早く新規商品開発等に活用することを本書は暗に示唆している。

 本書は7つの章で構成されているが、書評では第1,3,4章を中心に紹介したい。
2. 本書の概要
第1章 ナレッジ・マネジメントの原理
1) ナレッジ(知識)とは何か
 知識は人間だけが所有でき、知識は人に行動力をもたらす。そこで人は必要な情報を集め、理論や、問題発見解決手法を利用し、知的な意思決定を行なってきた。ナレッジはこのようにして企業や人々に大きな富や地位を与えてきた。
 人々を行動に導く知識が「ノウハウ」であり、大規模な組織においては「知識」や「ノウハウ」は共有の知識と見なされ、ネットワーク型組織はこれら共同知識と他の知識を活用して、共有体験の中から新しい知識を生み出している。この知識を文書化し、誰にでも理解されるように整理されたものが形式知となる。しかし、共同体の経験やノウハウは形式知化できないものが多くあり、これを暗黙知と呼んでいる。
2) ナレッジ・マネジメント(KM)とは何か
KMとは基本的に組織内部の個人やチームが、組織のどこかにある適切で実行可能な助言、知識、経験へのアクセスを最適化するためのシステマティックナなアプローチである。
また、近年は無形資産の価値が高まり、この視点でKMを取り扱う必要に迫られている
3) 「プロジェクト・ナレッジ・マネジメントの必要性」:
  @ 知識は業績に貢献し、業績から知識が導かれる。 一貫した良い業績指標、業績文化、業績測定、報告制度と目標の設定、社内ベンチマークを併用すると効果は大きい。
  A 学習曲線の活用:プロジェクトの開始前に過去の有用な知識を採用することで、その学習効果は16%、ベンチマークと併用すると22%のコスト削減に繋がる。
  B 創られた知識の処遇:どの知識がプロジェクトにとって価値あるものかの選別、保管、検索ができると、この知識は業績獲得に貢献できる
4) 「ナレッジ・マネジメントの効用」:
知識基盤の上に新しい知識を創出され、その知識が即座に使えるシステム(KMシステム)は企業の組織能力を高め、競争力で優位性を発揮できる。KMなしではナレッジの整理、検索ができず、人々の仕事はゼロからの出発となり、効率が悪く、人々の持つ高い能力が活用されない。
5) ナレッジ・マネジメント・モデル −知識創造と知識移転−
 ナレッジ・マネジメントは知識の提供者と利用者で成り立つ。
1) 知識の提供者は知識の創造者
知識は経験を通じて創られ、体験を反省することで、行動指針、規則、論理、問題発見解決手法が導き出される。これらが創造された知識であり、また提供される知識となる。
2) 知識の移転
 知識の移転は次のプロセスをふむ。
  @ 人から人への直接移転(コミュニケーションによる)
  A 人からナレッジ・バンクへの知識移転(知識の補足、暗黙知の形式知化)
  B ナレッジ・バンクにおける知識の体系化(組織化)
  C ナレッジ・バンクから人への知識逆移転(アクセスと検索利用)
3) 知識の再構築―事前・事中・事後の学習モデル―
 プロジェクトは開始時期に、プロジェクトリーダーが、過去のベスト・プラクティスを事前学習することで、計画が緻密になる(事前学習)。プロジェクトの進行中に新しい知識を利用すると、更に大きな成果を得ることができる(事中学習)。最後に、プロジェクトで生まれた知識を将来の利用に備えて補足し、プロジェクト終了時には新しい知識として組織が認識する(事後学習)。プロジェクト初期の利用者は終了時には提供者に転換する。そこでプロジェクト終了後には新しい知識が蓄積され、他のプロジェクトへ移転される。


第2章 チームワークとプロジェクト業務
 プロジェクト業務に関する一般的な解説のため省略する

第3章 プロジェクト内の知識流通
本章はプロジェクト業務を遂行する際の事前、事中、事後学習の手法が主に記され、プロジェクト活動中に創出したナレッジの補足、保管、検索等再利用に関し記述した重要な章である。
1) 事前学習
 プロジェクトの開始前に各フェーズ(段階:評価、選択、定義、実行、運用)ごとの業務と事前に必要なナレッジの選択・評価をする。事前学習は学習効果があり、KMを実施することで工期短縮、16%のコストダウンとプロジェクト成功に大きく貢献する
2) 事中学習
  ・AAR(反省会)
プロジェクト遂行中の学習(事中学習)は事前学習によって得たナレッジを利用して新しい知識、教訓を創出するが、これらはプロジェクト実施後の反省会(AAR)で@何が起こるはずだったか、A実際に何が起こったのか、B何故違うのか、C学んだことは何なのかという議論を通じて新しいナレッジが生み出される。
  ・技術限界達成法
発注者がプロジェクトを進める段階で、経験のあるベンダーを採用した際、彼らの持つ実績的知識を採用して学習効果を上げる手法で、実施に当たってはパートナーシップや提携の枠組みの中で野心的な業績目標を設定し、成果が出た場合は利益を共有し、失敗した場合は損失を共有する手法
3) 事後学習
  ・ 一般にプロジェクトに起こったことを振り返り、目標と比べながら達成したことを見る。プロジェクトは予算内であったか、予定通り進んだか、仕様どおり達成されたか、うまくいかなかった場合はその背後にある根本原因を見る。うまくいった場合も同様に、その背景にあったものを調べる
  ・ 過去の反省を超えて未来を見ながら、将来のプロジェクトでトラブルをいかに避けるのか、成功を繰り返すのか、プロジェクトチームが完璧なプロジェクトを達成するために何を提供できるのかを問いただすことにある

第4章 プロジェクト間の知識流通
 第3章は単一プロジェクト内での知識の流通の説明であったが、第4章はプロジェクトをまたがる知識の所有権、形式知、暗黙知のプロジェクト間移転を取り扱っている。
1) プロジェクトをまたがる知識の所有権
  @ 誰がPJ間の知識交換システムを所有し、管理するか
  A 誰がある知識を他の知識と比べて、より有効かと判定する権威を持つのか
  B この選ばれた知識はどこに保管されるのか
  C 時代遅れとなった知識を排除するプロセスが必要か
  D 形式化されない知識をどう取り扱うか
  E 新しい知識に照らして会社の標準や政策を更新するプロセスはどのようなものか
  知識の所有者は上記の質問に答えられる能力と責任が求められている。
2) 形式知のプロジェクト間移転
  @ 教訓が役に立つのは、実行可能で、具体的で、前向きの助言だからである。下手な教訓はDB(データベース)を詰まらせ、良い教訓の検索の邪魔をする
  A 利用者のニーズを考え、欲しいものに容易にアクセスできるDB構造を設計する
  B 教訓はプッシュアウト型(押し出し機能つき)
3) 暗黙知のプロジェクト間移転
専門別実践コミュニティをつくり、「仲間の助け合い」、イエローページ(ノウハウ持者の分類名簿)で暗黙知の移動を行う

第5章 稼動保証と組み込み
 ナレッジ・マネジメントを確実に稼動させるための保証事項を記したもので、投入知識の定義、優先順位、産出知識の定義、知識登録と検索システム等の仕組みをつくる計画と、その計画の実施を監視し、保証する仕組みを記している。ナレッジ・マネジメントは参加する全員が確実に実行することで形骸化を防ぐことができ、そのための細かい計画案、監査の手法が記されている。興味のある方はお読みいただくことにして、詳細説明は省略する。

3.読後感
 ナレッジ・マネジメントは私たち日本人にとって2つの大きな問題を抱えている。第一が日本の終身雇用体制である。第二が知識は輸入するものであって、創り出すものという発想に乏しいことである。これが現在の日本社会の閉塞感に関係している。欧米は基本的に終身雇用制度ではなく、ナレッジを個人に依存することなく、組織に蓄積するナレッジ・マネジメントの概念が定着している。この点、日本社会はナレッジを組織に蓄積する努力が希薄である。従来は社会の変化がそれほど早くなく、終身雇用の枠内でやりくりできていた。近年は市場の変化が早くなり、同時に終身雇用体制も揺らいでいる。今こそナレッジ・マネジメントを真剣に考えるときが来た。この時期に懇切丁寧なプロジェクト・ナレッジ・マネジメントの本が出版され、これを機にナレッジ・マネジメントが日本企業内でも広まることを願っている。最近のビジネスは簡単に真似され、短期間で激烈な価格競争となっている。新しいものをいち早く社会へ出す能力、他者から真似されない組織能力の向上が、企業のサバイバルに不可欠な要素となってきた。ナレッジ・マネジメントは言うは易く、実行することが難しいマネジメントである。これに成功した企業は優良産業になるに相違ない。
以上

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