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「不確実性とITプロジェクト (3)」

河合 一夫:1月号

 本連載で述べている不確実性は,リスクよりも広い概念としての不確実性である.さて先回は,要件の不確実性に関して,ユーザの背景に存在する不確実さを考慮する必要があることを延べた.要件がどのように変化をするのかは,ユーザだけに着目していても分からないということが,要件定義の根本的な難しさであると述べた.社会の変化につれ業務も変化し,業務を支援するITシステムも変化をする.そのことに着目していなければユーザが突然新しい要求を突きつけてきたように感じてしまう.では,社会の変化や業務の変化はどこからくるのか,今の社会は複雑でどの変化がどのような影響を及ぼすのか分からない.サブプライム問題に端を発した世界同時不況などは典型的な例であるように思う.不確実性の本質は,分からないことが分からない(unknown unknown)ことであることにあるのかも知れない.
 社会が比較的安定した時代のITシステムと比較して現在のITシステムの要件が,変化の所在が不確かなな社会基盤の上で定義されているわけであり,その要件を元にした見積が不確実であるのは致し方ないといえる.ITシステムやソフトウェア開発における見積の不確実性を論じる際に,10月のオンラインジャーナルで示した不確実性のコーンが引合に出される.図1に再掲する.この図は,開発の進捗に伴い各要素が詳細化・具体化されるために不確実性が減少することを示している.あたかも,開発の進捗に伴い真の値に近づいていくような錯覚を与える.しかい本当だろうか.現実には,ある時点でリスクが顕在化し大きな後戻りを余技されなくなることもある..
図1 不確実性のコーン
図1 不確実性のコーン     参照

 この不確実性のコーンに関して,10月のジャーナルで紹介した際には,ITプロジェクトは何千もの意思決定からなるプロセスであり,それぞれの決定がもつ不確実性が見積に影響を与えることを記述した.それに対して,ITプロジェクトは意思決定が個人的すぎるのではないかというコメントを頂いた.あまりにも個人に頼っていることが見積から実施に至る間で問題を引き起こすのがITプロジェクトの一面を示しているのはないかという警句と受取った.確かに,そういったことはあるように思う.ITプロジェクトにおいてはKKD(勘と経験と度胸)が幅をきかしている.しかし,不確実性に対する工学的な基礎が整備されていない現実もあるように思う.P2Mの標準ガイドブックをみても,曖昧さに対する「見積の技法」や経験値は示されているが,見積の対象が持つ不確実さそのものには言及していない.そこで,今回は見積の不確実性を考えるに際し,新たに要件の不確実性を引き継いだ見積の不確実性が,要件の不確実性がユーザの置かれている社会的状況に影響を受けること,ITプロジェクトの意思決定が個人的すぎるという2つの側面から考えてみたい.
 初期の見積(初期のWBS)は,コスト,スケジュールのベースとなる.そこでは,不確実性は見積の幅として表現される.もちろん明確な不確実性(何か表現がおかしい気もするが)は,リスクマネジメントにより対応策が練られる.しかし,初期の見積においてユーザの状況における不確実性をどれだけ分析して考慮できているだろうか.P2Mでは,ミッションプロファイリングがある.要件や見積時には,これを有効に利用することが重要である.しかし,P2Mにおけるミッションプロファイリングの記述は,事業主やオーナーの期待を記述するものとしている.これでは,ユーザの背後にあるunknown unknownの分析をすることができない.これはPMの技術的な課題の1つではないかと思う.この分析,表現,管理技術を確立することが必要であろう.また,コメントしていただいた意思決定が個人的すぎるとの指摘は,個人の価値観がプロジェクト,特にIT系のプロジェクトでは大きな影響を持つことは否定できないと思う.別稿で述べたいが,ITプロジェクトで利用される技術の進化や多様さおよび組織の形態が影響を及ぼしているように思う.
 そういった状況でITプロジェクトの関係者は何をすべきか.ユーザの背後にあるunknown unknownは,プロジェクトの実施期間中,変更要求という形でプロジェクトに影響を及ぼす.その都度,変更を評価し,ベースラインを変えていくことは得策ではない.作業の後戻りが発生し,予算や納期が超過してしまう.現在の見積は,品質,コスト,スケジュールに対するものであり,不確実性の見積を実施しない.また,P2MやPMBOK®の標準においても言及されていない.そこで本小文では,不確実性関係分析を要件の段階で実施し,見積時には,不確実性の定量化を行いコストやスケジュールに対する影響度を実施することを提案したい.ITシステムのライフサイクル中は,適宜その影響を評価する.そのための技術をP2Mの中に是非取り込んでいただきたいと思う.リスクマネジメントは技術的にはある程度確立されているものだと考えるが,リスクを包含した不確実という概念をマネジメントする技術が,ますます複雑化し変化が激しくなる社会でのプロジェクトマネジメントには必要であると思う.次回からは,計画,計画を実施する際の技術,組織に関連する不確実性について考えてみたい.また,IEEE Software Vol.25 No.5にA Replicated Survey of IT Software Project Failuresという記事があったので,その内容も併せて報告したい.
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