ストレス・コントロール術
相部 國雄:10月号
心身ともに調子を整えてこそ、仕事に集中することができます。このバランスを崩すと最悪の場合、プロジェクトからの途中離脱ということにもなりかねません。プロジェクトマネージャが難局の中でも、平常心を保ち適切な行動をすることは周りからの信頼を得、プロジェクトを成功に導くために重要な要素であると思います。仕事をしている以上ストレスをなくすことはできませんし、プレッシャーもマイナス面だけではなく、逆に推進力になることもあります。しかし、過度のストレスは心身を疲れさせ、集中力を失わせることになります。ストレスを上手にコントロールすることはプロジェクトの成功のために必要なことであり、プロジェクトマネージャ自身のサバイバル術にもなるのではないでしょうか。
今月号は、私の経験に基づいたストレス・コントロール術をまとめました。仕事を離れてのリラックス法からストレスの少ないプロジェクトマネジメントまで、私見を述べます。
1. リラックス法を持つ
自分なりのリラックス法を持つことです。私の場合は、ヨーガです。特にシャヴァアーサナ(死骸のポーズ)が有効でした。簡単に説明すると、まず両手、両足を少し開いて仰向けに寝ます。そして意識を手足の指先から順次意識を体全体に移動させ、背中が床にべったり着くまで全身を弛緩させます。ストレスが重なると体が緊張し、特に肩から背中が硬くなりますが、このポーズで緊張を解くことができます。体がリラクッスすれば気持ちもリラックスし易くなります。特に就寝前にこれを行なえば、よく眠れます。寝つきがよくなり、ストレスからくる不眠解消にも有効です。仕事を忘れてぼんやりしようなどと思っても、ついあれやこれやと考えてしましがちです。心の緊張を解くには、体を使って形から入る方が易しいものです。
時代小説を読むことも有用です。特に、「鬼平犯科帳」、「剣客商売」などの池波正太郎作品、「秘太刀馬の骨」、「暗殺剣虎の眼」などの藤沢周平作品は気分転換になり、元気をもらえます。また、音楽を聴くことも頭の中がすっきりします。私の場合、バッハやモーツァルトの曲が向いていました。寄席が好きな人は、普段から落語を聴いたり駄洒落などを言って、笑ったり笑わせたりするという手もあります。
一時は知人、友人と酒を酌み交わす方法を多用していたのですが、これを連日やっていると体が持ちません。効果は否定しませんし、もちろん今でも嫌いではありませんが、程ほどにしないと逆効果になりかねません。やはり手軽にでき、心身双方によい方法をみつけるのがよいと言えます。
2.
熱中できる趣味を持つ
スポーツに限らず趣味を持つことです。これは別に目的があってやるというより好きだからやるだけのことです。これがリフレッシュになります。上手い、下手は関係ありません。大事なのは全てを忘れて楽しめるかどうかです。私の周りでも、忙しい中、テニス、マラソン、卓球、楽器演奏などに熱を上げている方を見受けますが、皆さん活力旺盛な方ばかりです。ゴルフもいいと思いますが、仕事の延長線上の付き合いでやる場合にはあまりリフレッシュにはならないのではないでしょうか。最強の将棋棋士、羽生善治氏は次のように言っています。「集中力を発揮するには、頭の中に空白の時間をつくることも必要である。・・・空白の時間をつくることは、心や頭をリセットすることだ。仕事や人間関係などを頭からすべて捨て去り、生活の中に空白の時間をつくることは心身のリフレッシュにつながるはずだ。(羽生善治著 決断力)」。
一時期、趣味と実益を兼ねて株に凝っていましたが、結局大暴落で大損して、却って大きなストレスを受けてしましました。頭の中を空白にし、リフレッシュするにはそぐわないようです。やはり、損得なしに純粋に面白いと思えるものが一番です。
3. ルーチン動作を決める
厳しい場面になればなるほど乗り切るには気力が必要です。気力が萎えそうになったとき、気力を奮い立たせるためのルーチン動作を決めておけば便利です。私の場合は、朝自宅を出るときに、相撲で力士が立会い前にするように、顔を両手で叩くことで気合を入れ、「命までとられるわけじゃなし」と言葉に出して言うことで気持ちを楽にしていました。
このやり方はスポーツ選手が使っています。イチロー選手が代表的ですが、野球選手はバッタ−ボックスに入る前の準備動作、バッタ−ボックス内での動作を決めています。テニス選手はサーブを打つ前に、ボ−ルを決まった回数左手でバウンドさせます。このように、決まったルーチン動作により自動的に集中力を高めることができます。
4. 厳しい場面ではインセンティブを用意する
厳しい局面では、しなければならぬことは分かるが、怯んだり、億劫になったりして、行動を起こすことを躊躇することがあります。そこで、後押しのため自分にインセンティブを与えます。
あるとき、目的を実現するための機能が不足しているという理由で、製品を返品すると怒っている客先に出張しました。遠地でしたので、その夜は宿泊、次の朝一番で訪問することになりました。担当営業からヒアリングしてみるとこちらに非がありそうでした。初めて会う客であり、詳細な事情も分からないことから、くよくよ考えても仕方がない。覚悟を決めて望もうと、旅館で温泉に入り、その土地の美味しい料理を食べ、酒は軽く切り上げて、翌朝客先へ。先ずはひたすら、相手の言うことを聴く事に徹し、なんとか解決策を見つけました。
行き詰ったプロジェクトを引き継いだときのことです。大幅なスケジュ−ル変更が必要と判断し、顧客責任者との打ち合わせを設定しました。新工場の稼動時期や旧システムの運用終了時期と新システムの導入時期は密接に関連しており、説得は困難な状況でした。当日は、客先を訪問し厳しい交渉を行ない、その夜は訪問先の近くで一人夜桜見物をし、疲れを癒しました。このときは、多くの花見客が楽しんでいる中、わびしい感じもしましたが・・・。
このように、きつい場面ではただ頑張るだけでなく、ささやかであってもその行為に対する報酬を自分なりに用意すると、切羽詰まった気持ちにならず、多少の余裕を持つことができます。
5. 先手をとる
プロジェクトでは一旦後手に回ると、次から次へと発生する問題に振り回される羽目になります。先に手を打っておけば大して苦労しないことでも、一旦問題が起きてからの対応では四苦八苦するということになります。
生産販売管理システム構築において仕様がなかなか決まらないという事態に陥ったことがあります。これは全社にまたがる基幹業務システムのため、関係部署が多い上、決定権を持つリ−ダが顧客側に不在のためでした。形の上ではプロジェクト推進体制はありましたが、実質的にその役割を果たしていませんでした。このため、顧客の経営トップにお願いし、権限のある役員を責任者とする体制をとっていただきました。しかし、この遅れを取り戻すことができず、納期遅延に至りました。利害関係者の多いプロジェクトでは起こりがちなリスクに十分対応できていなかった付けが回ってきたといえるでしょう。
物流倉庫のシステムを担当したときのことです。このシステムでは物流機器との間のインタフェ−ス(信号やデ−タの授受のタイミングや内容、処理時間の制約など)について確実に対応することが重要でした。このため、情報の入手、機器メ−カとの打合せを行なうと共に、処理性能実現手段の検討、テスト計画の策定を早い段階から実施しました。
このように、プロジェクトでは何が重要課題か、何が重大なリスクを明確にして、予め対応策を立てることにより、問題の発生を防ぐことができます。逆に対応が後手に回ると受身になるだけでなく余計な仕事が増え、ストレスが高まるばかりです。先手、先手の活動により主導権をもってプロジェクトを進めることこそが、ストレスの少ないプロジェクトマネジメントにつながります。
6. いい加減にやる
完全主義はストレスの元です。いい加減さも必要です。一見矛盾するようですが、プロジェクトマネ−ジャには細部まで気を配る緻密さ、細心さと同時に、本質的でないことには手を抜く、あるいは過剰に反応しない大まかさ、鈍感さが求められます。肝心なことは、プロジェクトの目的や成功にとって本質的なこと、効果の大きいことを実施し、枝葉末節についてはこだわらないことです。いい加減にやるこつは「PMBOKガイド」からも読み取ることができます。
PMBOKガイドでは、プロジェクトの特性の1つとして段階的詳細化をあげています。最初からプロジェクトマネジメント計画書を詳細に作成することは通常できず、次第に詳細化、具体化していくことになります。ところが現実には、不明確な事項があるため計画書が完成できない。そうかといって、作業を開始しないと納期に間に合わない。そうこうしている内に、時間切れで計画書なしにプロジェクト作業を開始してしまうプロジェクトが見受けられます。しかし、全ての事項が明確になることはプロジェクトの初期段階では期待できません。先ず全体計画と最初のフェーズについての計画を作成して作業に着手し、先のフェーズの詳細は開始までに作成すればよいことです。プロジェクトを計画通り実施できることは稀ですから、計画を修正しつつ目標を達成するという、完璧を求めないいい加減さが大切です。
プロジェクトでやるべきことは山のようにあります。しかし、ただ闇雲に頑張ればよい訳ではありません。例えば、スケジュールを短縮したい場合、多くのアクティビティの中からクリティカル・パス上のアクティビティから効果の大きいものを選んでクラッシングやファスト・トラッキングを行ないます。また、リスク対策は優先度の高いものに対してのみ実施します。その代わり、新規リスクや優先度について定期的に見直します。なんでもかんでもやっていたのではきりがなく、ストレスが高まるばかりです。
■ おわりに
最近スピードや成果主義が重視され、ますますストレスの高まる環境になっています。組織としてのサポ−トがなされている職場もあるでしょうが、個人としてストレスへの対応術を持つことも必要です。日頃どのようなストレス・コントロール術を使っているかを確認し、自分に合ったよりよい方法を見つけ実践していくことが、個人にとって、ひいては組織にとっても有益なことだと思います。
|