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「金融情報システムにおけるIT投資マネジメントの問題考察」
〜ITベンチマーキングSIG〜

株式会社ピーエム・アラインメント 中谷 英雄:7月号

 大手金融情報システムでは、年間数十億〜一千億円強のIT投資が行われている。ここ数年間、大手金融機関の情報システム部門で、IT投資マネジメントプロセス整備のコンサルを続けているが、経営者から良くお聞きする言葉は、「効果の実感がないので、自信を持って積極的なIT投資を行う気分にはなれない」である。
 今日は、大手金融機関で最近目にしたIT投資マネジメントの問題と解決方法について雑感を記す。


標準化・基準の整備が追いついていない
 大手金融機関では、内部統制」や「IT統制」の構築は不可欠であり、新会社法(18年5月)、日本版SOX法(19年9月)に関連してIT統制の整備を進めてきている。ただし、情報システム部門の企画担当者は、年間発生する膨大な案件審査、案件管理の業務に忙殺されて、IT投資マネジメントの標準・基準・手順・ツールの整備になかなか手が回らないといった実情がある。今後本格的にIT投資マネジメントプロセスの整備をする上でポイントを記述する。
 第1に投資マネジメントの標準を整備する上で、世の中で認められているベストプラクティスの知見を活用することを推奨する。まず、自社の強み・弱みを知ることである。  
 その際に有効なプロセスは、COBIT「PO5」「IT投資の管理」と「VAL IT」である。いずれも、ITガバナンス協会(ITGI)が発行しており、無料でホームページから入手可能である。投資の実行プロセスに焦点を当てて調査する場合は、COBITが有効であり、投資の意思決定に焦点を当てる場合は、「VAL IT」が有効である。
 第2にPMI標準の知見を利用する場合、「ポートフォリオマネジメント標準(以降PFM標準と呼ぶ)」「プログラムマネジメント標準(以降PGM標準と呼ぶ)」の活用を推奨する。PFM標準は、もともと、金融機関のために提案されたモデルに基づいており、経営責任を持つポートフォリオを実践する上では工夫が必要であると思われる。つまり、正確にポートフォリオが選択されることを保証することに精力を傾けてはいるが、組織目標が、最適な方法で追及されるにはどうすれば良いかについて、言及が少ないので留意する必要がある。PGM標準の焦点は「戦略目標とベネフィットの達成」であり、以下の場合に有効である。
  • 戦略目標が設定され、大規模プロジェクトを立ち上げる場合に、どのような手順で作業を進めて行けば良いのか戦術を理解したい
  • あるいは、大規模プロジェクトをコントロールする上で、必要不可欠であるが、特定の成果が焦点のPMBOKには載っていないテーマ(ステークホルダーマネジメント、ベネフィットマネジメント、ガバナンスなど)を理解したい
 ただし、現在市販されているPGM標準(初版)は、完成度が低く、3つのマネジメントテーマに関する具体的な記述が少ないので、今後出版される第2版に期待したい。

優先順位付けは必要であるが、ひとつの指標だけでは限界がある
 IT投資管理責任者は、リスクや性質の異なる対象に対してIT投資を行う上で、企業等の経営戦略を実現していくためにどのようなバランスで資源配分を行っていくか常に頭を悩ませることになる。その際に、IT投資案件の優先順位付けで、管理指標を選定し、関係者からの納得性を得る必要性に迫られる。A社情報システム部門では、その管理指標にROIのみを使う様に社内基準として指示を提示している。その結果、現場から以下の様な反発を受けて困っているケースがあった。
  • 投資効果をROIのみで算出することが困難であり、実現不可能な数字が提示される
  • 「異なる事業部の対象システムに対して、同じ数字(ROIの結果)で評価することはあまり意味が無いのではないか」と言った反発を受ける。ある事業部では、ROI=1000%はあたりまえとなる。一昔前、紙ベースでの手作業を機械に置き換えるという機械化、オンライン化であれば、ROIを算出することは比較的容易であった。但し、近年は以下の理由からIT投資対効果把握の難易度が急速に上がっている。
  • IT投資が企業全体あるいは複数企業に広がったことにより、コスト把握・管理はより難しくなっている。
  • また、企業等のミッションそのものというべき顧客満足度の向上や売上増大等を目的としたシステムが増加している。
  • つまり、それだけIT投資と最終的に現出される効果との因果関係がつかみにくくなっていると言える。
 では、IT投資案件の優先順位付けをするには、どのようなことを考慮する必要があるのか、以下にそのポイントを列挙する。
  • ROIだけでなく、KPI、ユーザ満足度、投資しないリスクなど複数の方法で判断をするほうが良い。
  • 何でもという形で、ひとつの指標に固執すれば、そのオーバーヘッドが大きすぎて耐えられなくなる。
  • 精度を上げようとして、きめ細かく指標を脇で固めると、運用負荷が大きくなり、本来目指すべき目標そのものを見失いがちになる。
  • 何でも数値化というと、どこかに限界が生じる。
IT投資の責任がはっきりしない
 B社では、ユーザ部門は費用を負担しないので、多くの予算を獲得したもの勝ちの風潮がある。また、ユーザ要件定義を情報システム部門、関連子会社に依存しており、効率的なシステムを構築し、利益を上げるという意識が希薄である。この場合、どのような対策が考えられるであろうか。例えば、ユーザ部門自らの要求について情報システム部門を介さず経営に説明し、IT予算を獲得する。そして、経営は、ビジネス戦略から見て投資可能な金額と重点エリアを決め、ユーザ部門は、自部門の予算を投資効果の高い順に消化して行く。そうすると、ユーザ部門の投資の責任は明確になるが、以下の新たな問題が発生する。
  • 情報システム部門とユーザ部門の関連が薄くなり、インフラ投資が個別最適システムに傾斜しがちになる
  • 情報システム部門の役割・存在感が低下する
 最後にIT投資の責任について、ポイントを記述する。IT投資では、全体最適を念頭に置いて、以下の役割・責任を明確にする必要がある。
  • 誰が何のために使うのか(活用の責任)
  • 誰がどのように作るのか(開発の責任)
  • 何にどれだけお金をかけるのか(投資の責任)
  • 誰がどれだけ効果を出すのか(効果の責任)
 最初に問題提起した標準化、指標(基準)も大切であるが、IT投資の成果は、ITに関する管理者の能力や組織能力に大きく影響されるため、やはり管理者の能力や組織力が無ければ、いくら投資しても効果は期待できないことを留意する必要がある。
以 上

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