メッセージ

「PMAJ 国際P & PMシンポジウム2008が発信した
世界プロジェクトマネジメントの潮流」

理事長 田中 弘:6月号

 PMAJが本年3月10・11日に東京で開催した International Project & Program Management Symposium Tokyo 2008 - 国際プロジェクト & プログラムマネジメント・シンポジウム2008は、世界20カ国から参加のPMリーダー70名を含めて参加者から、プログラムの質と運営能力共に高い評価を戴いた。PMAJの活動の成果と高いグローバルネットワー力のお蔭と考えている。 シンポジウムの内容と成果についてはPMAJジャーナル7月号で特集を組むのでご期待いただきたい。
 本記事では、本国際シンポジウムの発表から観測できた世界のPMのトレンドに関して報告したい。なお、筆者は4月末から5月中旬にかけて、本シンポジウムに多大なご協力を戴いた海外パートナーへの御礼ツアーを行い、そのなかでもフォローアップの討議を行ってきた。

1. 戦略的プロジェクトマネジメントの視点
PMAJは、一貫して、戦略的プロジェクトマネジメントの実践がグローバル競争社会で“団塊の競争からブレークスルーする”のに大事であると訴え続けてきた。本シンポジウムの基調講演ファーストスピーカーは我が国きってのグローバルストラテジストで、三井物産戦略研究所所長 寺島実郎氏にお願いしたが、演題は、まさに「戦略的プロジェクトマネジメントの視点」であった。氏はP2Mが出版された2001年から、我が国に必要なPMモデルはこれだ、と感じたと語っておられ、講演では、1200年前に生きた偉大な仏教思想家の空海(弘法大師)が、もう一面では、実はわが国の戦略的なPMの始祖であり、当時の時代の課題を鋭く見抜き、課題を解決する社会インフラを築く総合エンジニアリングのグランド・プロジェクトマネジャーであったことを紹介していただいた。現代の我々PM関係者は、アジアのダイナミズムのなかで、空海のように、時代認識をしっかり持ち、我が国の立ち位置の変化を見抜いて、明日を構築するプロジェクトを仕立てるのが生きる道であると説かれた。
寺島氏の講演は我が国の参加者はもとより、海外のPMリーダー達にも大変好評であった。
また、その後の講演でも、下記にも挙げるような戦略的なPMモデルの具体的な発表があったが、より直接的には、世界最大のPMスクールであるフランス リールマネジメント大学のChrisotophe Bredillet大学院学長(PMI® のアカデミックジャーナルProject Management Journal の編集長でもある)が基調講演で「団塊の競争をブレークスルーには何が必要か? P2Mは実践的知識学に基づいた先進性のあるプログラム & プロジェクトマネジメント体系であり、米欧流のPMのベストプラスティス一点の押し付けではなく、創造性を引き出すのに適した奥の深い、柔軟な知識フレームワークを提供してくれる」などP2Mの特長をグローバルな視点から説いていただいたのは光栄であった。

2. プログラムマネジメントの本格化
日本では、P2Mのプログラムマネジメントを始め、プログラムマネジメントの概念は、いまいちピンとこないという声がよく聞かれる。
本シンポジウムでは「組織のPM価値の追求」をテーマとして、プログラムマネジメントや次項のPMガバナンスを真ん中に据えただけに、米欧での具体的な展開の実例に触れることができた。アポロ計画で初めてプログラムマネジメントを導入した本家NASAのEd Hoffman博士の基調講演で説明があったように、NASAでは組織自体が、ミッション本部(4つ)→プログラム→プロジェクトの階層でできており、職階でも、エクゼクティブ、プログラムマネジャー、プロジェクトマネジャーとなっている。また、「現在のNASAのプログラムマネジャーや上級プロジェクトマネジャーに求められるのは、単にミッション(たとえばスペースシャトルの打ち上げ)の計画を満たして成功させることに留まらず、米国のイノベーションを担い、技術のイノベーションの枠組みを構想し、育成しこれをミッションとして結実させ、また、開発した技術を民生に結びつけるまでのライフサイクルをマネージできることである」と述べられた。これは、P2Mが希求している姿と同じではないか。
一方企業での大変分かりやすい例では富士通株式会社の子会社である英国Fujitsu Services (社員数23,000人)のPeter Melville-Brown氏の講演が素晴らしかった。英国公共セクターの顧客との10年にも及ぶ大規模プログラムが数本走っており(もちろん他にも多数のプログラムがある)、企画構想・システム構築・ビジネスプロセスアウトソーシングを含むとのこと。最近のプロジェクトの例として、英国郵政公社(Post Office)プロジェクトでは、英国全国の郵便局の業務とサービスの近代化ということのみではなく、全国津々浦々の郵便局を地域のワンストップ公共サービス兼銀行・旅行代理サービスの拠点とするという、まさに社会改革 (change the society) プロジェクトであり、プログラムとしての価値も高い。
プログラムマネジメントの資格では、英国政府が発行するMSP - Managing Successful Programs に基づく資格者は既に1万人を突破しているとのこと(The APM Group CEO Richard Pharro氏)。
プログラムマネジメントに関して彼我のギャップを埋める努力が必要であると強く感じる次第である。

3. プロジェクトマネジメントのガバナンス
本シンポジウムではPMのガバナンスに関する講演が世界のPMリーダーから2件あり(英国 Rodney Turner教授、米国 David Pells)、そのほか米欧の講演者から Governance of Project Management というキーワードが再々発せられた。
PMのガバナンスというのはコーポレートガバナンスのPM派生版で、産業やパブリックセクターでプロジェクト型事業の比率が益々高まるなかで、プロジェクトベースの事業体・自治体にあっては、コーポレートガバナンスのほかに一歩踏み込んで、多様な要求がある顧客に対応して、要求に合致した的確なプロジェクトデリバリーを行い、また均質なPMサービスを提供できるプロジェクト事業経営体制を確保するというもので、全社PM体制の構築・維持、手法・ツールの標準化と継続的改善および人材育成の一貫性が主たる内容となる。
英国PM協会はすでに2004年にPMガバナンスのガイドラインを発表している。
J-SOX法が施行された我が国にもいずれPMガバナンス論が波及してこよう。

4. ユーラシアのPMの台頭
前述の寺島氏の基調講演でも触れられ、また氏の最近の著書で一貫して説いておられるのが政治・経済面でのユーラシアの台頭である。これがPMの面でも現れたのが本シンポジウムであった。
ロシアから5名、カザフスタンから11名、中国から4名、インドから5名、韓国から4名、シンガポールから6名の方が参加し、いずれも立派なプレゼンテーションをして戴いた。ボルガの流れのようなロシアのPM展開、世界最強50カ国入りを目指すカザフスタンの、国会No.2で 予算委員長 Dr. Sagadievによる、国創りのプログラムマネジメント、5名のスピーカーを立てたインド、我が国より更に国土と資源に乏しいシンガポールの成長へのPMの役割、等々、経済好調で躍動するユーラシアのPM立国を目の当たりにした。
しかし、これを以って彼らにはもはや日本がPMを教える立場にはない、ということではない。筆者はシンポジウムへのインドの多大な協力に対する御礼を兼ねて5月の8日・9日とインドのニューデリーにPM交流に出向いたが、そこで待っていたのは、第1回 CEO P2M FORUMのスピーカーの役割であった。
同地のSCOPE - Standing Conference of Public Enterprises(国営企業連合)会館において、インド政府高官や国営企業のエクゼクティブ60名を集めて”P2M as Innovation Platform”という演題で1時間の講演を行う栄に浴し、またその後の懇親会で参加の方々と意見交換を行うことができた。主賓はインド政府重工業・国営企業省事務次官(官僚トップ)R. Bandyopadhyay氏と電力省事務次官Anil Razdan氏であり、多くの省の次席次官、統括審議官クラスが参加していただいた。
反応は上々で、インドも、特に公共セクターは、プログラムマネジメントをやらないとだめだという声が実力者達から次々と出て、12月のインドのPM大会の前に、政府の統括審議官クラスを集めて1日P2Mセミナーを開催する案が提案された。
  

5. アジアITコリドーのPM装備
ICTトラックでは、他の世界大会でやらないことをと、アジアITコリドー(回廊)のPM合戦を中心に企画した。海外からは、インド最大手 Tata Consultancy Services、ベトナム最大手 FPT Software、中国最大手グループ Neusoft Group、ミャンマーのベンチャー企業のCytron Computingから、各々気鋭のスピーカーが参加し、これを日本からはNECと富士通のベテランスピーカーが迎える形で、主として国際協力ソフトウェア開発プロジェクトのPMについて迫力のある発表が展開された。
アジアの先端企業のPM装備もかなり進んでいる印象であり、これはこれらの企業をパートナーとする日本IT企業に歓迎すべきことである反面、将来の競争構図のなかで要注意事項でもあろう。

6. PM高等教育の進展
シンポジウム2日目に、PMI Director Research の Dr. Edwin Andrewsに協力協定を結ぶ協会代表で”The Importance of Project Management Education and Research to the Profession”の演題で基調講演を戴いた。
PMIを中心とした世界でのPMリサーチ、大学教育、そしてPM学位プログラムの現状についてであり、大変興味深かったが、日本にとって衝撃的であるのは、現在、世界には280の大学で300強のPM専攻プログラム(98%が修士課程)があるとのことで、このうち120校程度はお隣りの中国にある。
余談であるが、5月の第1週にフランス リール マネジメント大学の博士課程生向けセミナーに一日だけ参加した際には、韓国の名門女子大学のMBA課程の学生3名が参加していた。学の世界でもPMは急速に動いている。
修士課程の入学条件には通常ビジネス経験が含まれており、「PMは実践力あってのPM」と日本の実情で対抗するにはあまりに危険すぎる。日本として気づきが必要である。
以上
ページトップに戻る