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現場力のプロジェクトマネジメント
〜ITベンチマーキングSIG〜

マイクロソフト株式会社 浦 正樹:3月号

 初めて投稿させていただくマイクロソフト株式会社の浦と申します。最近はITベンチマークSIGの活動に参加し、議論を通じてプロジェクトマネジメントへの認識をさらに深めているところです。普段はMicrosoft Office Project というPMツールの組織への定着のお手伝いを中心に活動しています。
 今回は、オンラインジャーナル デビューということもあり、ここ数年のマイ ブームである「日本の組織の現場力」に絡むお話をしたいと思います。何を隠そう、私も以前は、短期間ではありますが自動車メーカーの設計部門で、この「現場力」を担っていました。ITに路線変更して早、20年近く経ちますが、いまだに日本のものづくりの現場には強い思い入れがあります。「現場力」という言葉にはノスタルジを感じてなりません。そんな私ですから、最近の米国型のマネジメ ントスタイルや価値観を鵜呑みにしようとする日本の組織の風潮には懸念を抱かずにはいられません。プロジェクトマネジメントに関しても例外ではありません。
 皆さんがよくご存じのPMBOK®はプロジェクトマネジメントにおけるベストプラクティスを知識体系としてまとめたものであり、Microsoft Office Project のようなPMツールは効率的で分析的なプロジェクトマネジメントを行うためのプリミティブな行為が機能のかたちで実装されたものです。しかしPMBOK®を学習 することやPMツールを導入することとプロジェクトマネジメントを実行するということの間にはかなりの距離があります。知識や機能が、実行(実際に行動すること)もしくは実効(実際に効力を発揮すること)と直接的につながることはありません。さすがに最近では、知識を学び機能を実装しさえすれば優良なプロジェクトマネジメントが実現できると考える人はめったにいません。ところが以前にそのように考えていた人たちの一部は、今度は米国型のマネジメントスタイルや価値観までをも真似しようとし始めています。これはあまりに安易に思えてなりません。足の先から頭のてっぺんまですべてを米国型で誂えれば、スタイルの良いアメリカ人のようになれるとでも考えているのでしょうか。私なんて、足も短ければ、頭もでかい。日本のものづくり企業は世界に誇る高品質、高機能を「現場力」で実現しています。世界基準的な視点から見たプロジェクトマネジメントはダメであっても、実際には、日本のプロジェクトは他の工業国に勝るとも劣らない成果を挙げているのです。ガバナンスの下でのプロジェクトマネジメントという観点では見劣っていても、「阿吽の呼吸」的に調整しあいながら、メンバーのやりがいや責任感に支えられてプロジェクトはしっかりと行われているのかもしれません。この能力をあっさりと捨て去るのはあまりにももったいない。
 知識や機能はファンダメンタルな部分で必要です。しかし知識や機能を実行につなぐためには、活用のための知恵や工夫のようなものが必要になります。日本人は、これらの領域において「現場力」という圧倒的な強みを持っています。さらに実行の段階では、日本人は優れた調整力やコミュニケーション力、助け合いの精神ややり抜くことへの執念を発揮します。これも日本の「現場力」のひとつ です。日本の組織で何かを効果的に実行しようとするならば、「現場力」や日本人の行動基準、価値観の素晴らしさをうまく引き出す仕組みを考えるべきでしょう。ところが巷では、日本人の特性には到底なじまないマネジメントのスタイルや価値観がもてはやされているではないですか。特に、エンタープライズ プロジェクトマネジメントやポートフォリオマネジメントのような上意下達の仕組み を日本の組織に定着させるには、日本的なアレンジが必要だと考えています。「すべてを鵜呑みにする」のでも、逆に「すべてを否定する」のでもなく、良いところをうまく取り込めるようにあくまでも「アレンジ」するのです。
 ところで、私はなにも米国型を否定しているわけではありません。米国型が合理的である理由は理解に難くありません。プロジェクトをスケジュールの変更でリカバリしたことによる影響は、複数のプロジェクトを掛け持ちで行うプロジェクトメンバーを媒体として、プロジェクト横断的に組織全体に広がります。ところが、プロジェクト間で調整を行おうとすると、お互いの利害は一致しないものです。現場が調整力に乏しい組織では、それはさらに深刻となります。そこで組織の利害を代表する専門組織が戦略とプロジェクトの整合性を考慮した上で組織内の経営資源をシャッフルし、新たなプロジェクト バランスを計画し、現場に落とす。しかし残念なことに、この上意下達的なやり方には「現場力」の差し込む隙間はありません。
 もちろん、私は「今のまま」でいいとは全くもって思っていません。むしろその逆です。米国型のいいところは積極的に取り入れつつも、グローバルで通用する新世代の「日本型」を考える必要があると考えています。従来の日本のプロジェクトマネジメントには以下のような課題がありました。これらが、米国型への大転換を後押ししてきたのでしょう。
  • 個別の調整に伴う変更が関係者に徹底できず、もしくは必要な調整が忘れられ、直前になって突発的な対応に迫られる。
  • 属人的な判断が横行することで、組織の戦略がうまく現場で実装できない。
  • 調整のための情報や説得材料が不足しているために、調整が徒労に終わることがある。
  • 個別の調整の結果が正しかったのか、間違っていたのかの振り返りがない。一般的に、プロジェクトの経験や結果が教訓として蓄積されにくい。
  • プロジェクトマネジメントに関する知識の不足やPMツールの必要性に組織や個人が気づきにくい。そのため組織や個人のプロジェクトマネジメント力は育たない。
  • 人脈や調整力のない若手のプロジェクトマネージャにはハンディキャップが大きい。
  • 組織のプロジェクトの状況が容易に把握できない。その結果、組織は判断を誤り正しい戦略が実施できない。
  • 個々の役割や責任があまりにも曖昧すぎるがために、問題点やリスクが放置させる傾向がある。しかも、気づいても自ら問題提起したり、手を打とうとしたりしない。
  • 組織として最低限の標準化すら行われない。
  • 「現場合わせ」が横行しすぎるがために、プロジェクト計画が不十分である。もしくは、十分な吟味がなされないまま、プロジェクトがスタートしてしまう。
米国型のプロジェクトマネジメントは日本の組織に欠落した部分を示唆し、これらの課題を解決します。米国型の良さを取り入れつつ日本人の「現場力」をいかに生かすか、米国型をどうアレンジするか、そこに私たちは知恵を使わなければなりません。
  では、私たちは米国型をどうアレンジすればいいのでしょうか。そのカギは「現場の調整力」と「現場の自主性」をどうプロジェクトマネジメントに生かすかにあります。私はそのキーワードを「可視化」、「考え行動する個人」、「会話と合意」の3つではないかと考えています。現場が同じ目線で組織の方向性を意識し、気づきあい、必死に考え、調整しあい、そして納得して頑張る。これを探求した先には、エンタープライズ プロジェクトマネジメントやポートフォリオマネジメントといった組織的なプロジェクトマネジメントの仕組みの在り方やPMツールに期待する要素は、自ずと違ったものが見えてくるはずです。
  今回は紙面の都合もあるので、日本型プロジェクトマネジメントの実装のイメージまでお話できないのが残念です。また機会があれば、日本型プロジェクトマネジメントのための組織(どのような組織がどのようなモチベーションで動くのか)やITも含めたプロジェクトマネジメントの仕組み、プロジェクトマネージャ育成の在り方についてもご紹介できればと思います。その上で、ぜひ皆様のご意見もいただければと思っております。日本型のプロジェクトマネジメントを効果的に実施するためには、プロジェクトマネージャをはじめプロジェクトに関わる皆様の意見や意識は、とても大切なのです。
  最後に一言。近年、技術は複雑化し、専門性が高くなってきています。そのため、技術者やそれをプロジェクト内で取りまとめるプロジェクトリーダーたちの当事者意識が問われ始めています。また、プロジェクトから生み出される製品自体も複雑化すると同時に、「売れる製品」つまり「製品の魅力」をいかに高めるかがプロジェクトにも求められています。納期や品質をはじめとした従来のマネジメント要素に関してもプロジェクトに対する要求はさらに厳しさを増しています。このような現代のプロジェクトを取り巻く環境において、日本型とも言える「現場力によるプロジェクトマネジメント」の優位性はさらに高まってくるはずであると確信しています。

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