「宇宙ステーション余話」 −大規模国際プロジェクトでのエピソードー
長谷川 義幸:12月号
第 2 回
■ 電力論争
宇宙ステーションは国際協力のプロジェクトであるが、各国なるべく自国の技術を使いたいので、電力設計仕様では米国、欧州、日本で激しいせめぎあいがありました。米国は交流20KHzという高周波の電力を、日本と欧州の主張する直流120Vを主張し、技術論争が1年以上繰り広げられました。 以下に、その論争を紹介します。
◇ NASAの交流方式提案
国際宇宙ステーションの構想計画段階では、人工衛星と同じように発電、蓄電、電力変換、電力分配をすべて各国は自国の実験棟内で装備する独立の電力方式を考えていました。 これでは局所最適ではあるが、システム全体としては技術的にも、コスト的にもいびつになることが、予備設計が進むにつれて明らかとなり、参加国の間での開発分担の検討により、発電・蓄電を含む一次電源系は宇宙ステーション建設責任としてNASAに委ねられ、日本、欧州はぞれぞれの実験棟開発担当として、二次電源系を担当することとなりました。 NASAの電力担当センターは、ルイス研究センター(現在、ジョン・グレン研究センター)で、米国宇宙企業(ロックウエル社、スペースシステムズ・ロラ―ル社、ジェネラルダイナミック社)を検討支援会社チームとして契約、小型軽量化を目指した20kHzで電力を伝送するシステムを検討していました。発電には太陽電池か、熱機関を、蓄電にニッケル水素2次電池、電力変換に20kHzインバータを、装備し、このインバータで、440Vに変換、各実験棟に配電するトランスで208Vに変換し分配するシステムです。 この方式の長所は、1)伝送ケーブルの重量は伝送電圧に反比例するので、伝送電圧を高電圧にすることは重量軽減に有効。 特に、交流は電圧の変更がトランスで容易にできるので伝送電圧を高くすることは容易。 2)インタフェース部にトランスを使用すると非接触コネクタにできるので、接続部の信頼度があがる。3)宇宙飛行士が感電したときに人体の皮膚側に流れるので安全。4)電源系の故障のときに、容易に負荷を切り離しオン・オフができることでした。 しかし、1)負荷の影響を受けやすくシステム電圧の安定度がわるく、交流制御のインピーダンス制御、力率と歪み制御等が必要で、高周波低損失伝送を実現するには、表皮効果、近接効果を低減するための特殊電力ケーブルが必要になる等の技術課題が明らかになってきたのです。
◇ NASA日欧方式の比較
一方、日本と欧州は技術的にコスト的に実現可能な既存の人工衛星の延長線として直流120Vを提案し、NASAと技術論争に入ることになりました。 小型軽量化、供給電力のEMIと品質・信頼性、有人安全性、およびユーザーがどのような電力を必要とするか、既存の宇宙技術を最大限利用することを前提に比較してみると以下のようになります。 1)実験棟の電力配線重量は直流の方が軽い。電源装置は、重量的に同じなので、総合すると直流方式が優位、2)直流は電圧・電流制御で、交流はこのほかに歪率・力率制御がいる。EMIは、直流は低域通過フィルタのみ。交流は低域、高域フィルタであり、直流は既存技術の延長で対処ができるので優位。3)直流でも交流でも電極の露出を設計上考慮すれば安全性は同じ、4)日本のユーザは直流を希望。
◇ 日欧方式が選定される
NASAは交流方式を、日本と欧州が直流方式を主張して何度も検討を重ねたが、NASAは中立な立場をもつ深宇宙研究を担当しているジェット推進研究所に最終的な技術判断を委ねることになった。 その結果、以下の理由で日本と欧州の提案した直流方式を宇宙ステーションの設計基準とすることとなりました。
1)現在の技術では宇宙用2次電源分配装置としては直流が妥当。2)部品供給業者の多くは高電圧直流に対する部品と装置開発技術を有している。RCAはすでに直流100V衛星バスを開発済み。3)高電圧直流を構成するすべての装置は宇宙用試作か航空機用として開発されている。4)高電圧直流の安全性についてはよく理解されている。6)DC/DC コンバータでユーザとインタフェースし、ユーザが直流を制御することは容易 5)EMIも宇宙用として技術がすでに確立している。
◇ まとめ
米国、日本と欧州のテレコンや技術調整会が何回も行われました。3機関には時差があり時間帯として日本の早朝か夜にテレコンが頻繁に行われ、技術プレゼンテーション資料をそれぞれの機関が作成し、技術的な実現性に焦点をあてた論争が約1年あまり行われ、日本と欧州が提案した直流120V電源を選択することになりました。 米国が最終的には日本と欧州の主張する直流120Vを宇宙ステーション電力共通仕様とすることにしましたが、その背景には米国は技術的なもの以外に、日本と欧州の実験棟利用の半分使用権は米国が有しているため、日本と欧州両実験棟で使用する実験装置は、米国の実験棟との互換性が必要であるため同一の仕様にする必要があったのです。
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