「Genchi Genbutsu(現地現物)」
株式会社ビズモ 板倉 稔:4月号

 『Genchi Genbutsu(現地現物)』は、トヨタウェイ(注1)で述べられている言葉である。『現地現物』は、「現地現物でものごとの本質を見極め、素早く合意、決断し、全力で実行する」と説明されている(注1)。問題をつかむ、あるいは、問題を解決する第一歩は、『現地現物』をすることだ。
 プロジェクトマネジャは、現地現物と数字を使い分ける必要がある。数字をみて、きな臭い所を見つけ、現地現物をやることがプロジェクトマネージメントの基本である。
数字は、多くの情報を落した結果である。小学校の先生が生徒に、「リンゴ3つとみかん2つを足したらいくつですか」と聞いたら、「先生、足せません」と言う答えが返ってきた。この生徒は、実に正しい直感をしている。リンゴとみかんは足せないと言う方が自然だ。
  リンゴとみかんの中から、数と言う属性だけを取り出して、他は捨てて始めて足すことができる。このリンゴは甘いがこれは酸っぱい、甘いのと酸っぱいのは足せない。一つは大きいが、もう一つは小さいので、足してよいかどうか分からない。自然な発想である。違うものを足せるのは、ものの中の数字の部分だけを利用しようとしているからだ。
  この様に、数字化された情報は、多くの情報を捨てている。従って、数字を見ていても、数字以外の情報は見えない。当然、原因は分からず、対策はわいてこない場合が多い。
 一つ補足しておくが、元々数字自体にしか価値がない情報がある。その代表はお金だ。1000円札は、札に意味があるのではなく、1000円に意味がある。その証拠に、1000円の情報は、銀行間で情報だけが飛び交って決済される。この様に、元々、数字自体に価値があるものがある。数字に価値があるとしても、数字をポケットに入れて持ち運べない。そこで、お札を発明して持ち運べるようにしたのである。この様に数字自体しか意味がないものがあるが、本項の対象ではないので、ここではこれ以上議論しない。
  戻って、数字は分かりやすい。数と言う属性以外を捨ててしまったのだから、分かりやすいのは当たり前だ。
数字は、時系列にも、クロスセクションにも比較が容易である。時系列に見ると、傾向がつかめる。例えば、あるチームの生産性はこの2週間で20%向上したと言う風につかむことができる。また、クロスセクションに比較すると、例えば、Aチームの生産性は、Bチームの倍の生産性を出していると言うことができる。この様に、比較は、数字の効果が絶大である。
  では、「なぜ、20%生産性があがったのか」、あるいは、「なぜ、Aチームの生産性が倍、高いのか」を調べよてみようとすると、数字だけ見ていても手が出ない。この様に、いくら数字をひっくり返していても、新たな知見は得られないのである。なぜなら、『多くの情報を落した数字』しか見えないからである。本当にものを見るには、落した情報が重要なのだ。
  どうするか。そう、簡単だ、足を使え。現地に行き、現物を見ることだ。いくつか事例を話してみよう。
 40年近く前の話であるが、ある人のプログラミングの速度(生産性)が非常に高いことが進捗チェックで分かった。そこで、私は、『現地現物』をしようと、彼の所に行き現物を見せてもらった。そうしたら、抜けがたくさんある。彼は、よく分からない部分は飛ばして、分かっている部分だけで100%完了にしていた。他の人は、プログラムに必要な全てを書ききって100%にしている。結局、早いのではなく、進捗の取り方が変であっただけだった。ちょっと歩いて、ちょっと見たらすぐに分かるのだ。
 次の例を上げよう。大手ベンダー複数社でシステム開発をしていた時のことである。結合テストの立ち上がり時に、某社の結合テストの進捗がはかばかしくない。そこで、私は、現地に行き、仕事ぶりを見てみた。そうしたら、何のことはない、他社のメインフレームソフトなので、Link(Build)が上手くできない。それを、自分で調べようとしていた。私は、そのメインフレームのソフトが分かる会社の技術屋を呼んで、ちょっと立ち話をして解決した。要するに、他社だったので、聞きにくかった様である。
 もう一つ例を挙げる。ある処理でレスポンスが指数関数的に悪くなるので、「調べろ」と部下に言った。しばらくしたら、部下は、ベンダーに「仕様通り」と言われましたと帰って来た。そこで、私がプログラムの著者を呼んで、他との比較をしておかしいことを立証し、なぜ仕様通りかを説明させた。仕様通りではなく、「仕様通りに書いただけで、動いているから問題無いだろう」と言うことだった。要するに、別会社が書いた共通部分の動きが分からないから、「私としては、仕様通りです」と言っていたにすぎない。システムを預かる私としては、困るのである。その翌日、共通部のプログラム著者ら関係者を再度招集して検討会をしたところインターフェースの齟齬でSQLを必要数の二乗回発行してしまっていることが判明した。
 この様に、数字は一つの側面だけを語ってくれる。しかし、問題を解決するには、対象の多様な側面を見なければ原因が分からない。数字をコネ繰り回しても解は得られない、現物を見るしかないのである。現物は、現地にある。現地には、それを作った環境もある。つまり、現地で現物を見ると、ものとその作られた環境など必要十分な情報が得られる。
  要するに、問題を見つける芽は、数字でつかめ、問題がありそうだったら、足を使って「現地現物」をしろと言うことである。大抵は、極短い時間で原因が分かる。
  残りの課題は、ものの見えない人がいくら現地で現物を見ても何も見えないことだ。要は、見える人になるにはどうすれば良いか。それには、なんにでも興味を持つこと、好きになること、そうしていると、様々な分野の視点や考え方が身につき使えるようになる。このあたりを、近々、UAC(Universal Application Community 注2)に書き始めるので参照願いたい。

(注1)「トヨタウェイ―進化する最強の経営術」梶原 一明著 ビジネス社
(注2) http://uac.bizmo.co.jp/