PMRクラブ
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プロジェクト・マネジャーの能力と組織の能力

渡辺 敏之 [プロフィール] :9月号

1.はじめに

今年 (2015年) PMRを取得しました。今回随想ということで投稿の依頼をいただきましたので 自己紹介代わりに私がここ10年ほど関わってきていますプロジェクト・マネジャーの育成について 日頃考えていることを書かせていただきます。

  ・ プロジェクトの成功に必要な能力とは?

 プロジェクトを推進し成功へと導くためには、プロジェクト・マネジャーの個人の能力だけでなく、プロジェクト・チームとして発揮する能力や組織力が必要であり、組織の環境・文化も関係してきます。
ここでは以下のような要素について考えてみたいと思います。

(1) 個人が持つ能力 : プロジェクト・マネジャーとプロジェクト・メンバー
(2) プロジェクト・チームとして発揮される能力
(3) 組織が持つプロジェクトマネジメント・プロセスと組織の能力
(4) 組織の環境・文化

2.プロジェクト・マネジャーや組織の能力は自ら育つものか、外から育てるものか?

 新しい組織ができたり、新任の管理職が就任したりすると、毎回必ず話題に上がるテーマがこの「人材は自ら成長するのか?それとも、外から育成すべきなのか?」という質問です。この質問に対して ほとんどの人は自身の経験から判断して、「優秀な人は放っておいても勝手に育つものだ」という派と「今の人たちは丹念に育てないと一人前になれない」という派に分かれます。
 この議論に私も長年付き合ってきましたが、最近はこのどちらでもない、という説明をしています。
「啐啄同機」 (そったく / さいたくどうき) という仏教の言葉があります。親鳥が卵を温めていて、そろそろ孵化すると思ったら外からつつく (啄く) と、雛が中からたたく (啐く) 。このタイミングがうまく合ったときに雛は孵化することができるというわけです。つまり、外から親鳥がつつくことで雛が反応して、卵の殻を破って生まれてくる。あるいは、雛が生まれようとして殻を破ろうとするのを親鳥が外から助けてやる。どちらの場合でも、タイミングが合うことで雛はうまく生まれてくることができるのです。
 私は昔からこの話を知っていたのですが、ずっと仏教の中のたとえ話だと思っていました。ところが最近、尊敬する某師匠に「こんな話は実際にはないですよね」と言ったところ、「君はこの場面を見たことがないのか? 私は子供のころに、いろいろ鳥を飼っていたから、こういう場面は何度も見たことがある」とお叱りを受けてしまいました。
 ということで、人材の育成もプロジェクト・マネジャーは勝手に育つとか、一方的に育てるというのではなく、「成長する意欲を持って努力している人材を組織が積極的に引っ張り上げてあげる」というのが、あるべき姿であると説明しています。

3. プロジェクト・マネジャーの個人の能力とは?

 プロジェクト・マネジャーとして発揮する能力はいろいろな用語や定義があり、統一された表現方法がありません。さらに、プロジェクト・マネジャーの人たちは自身の経験に基づいて自己流の定義をしていることも多く、議論がかみ合わなくなったりすることも出てきています。能力の話をする場合には話し手が用いている用語の定義には十分注意が必要です。

3.1. P2M改訂3版 (2014) では「コンピテンシー」を「高業績者によって実証された有効な行動パターンを生み出す総合的な行動特性」と定義しています。そして、「プロジェクト・マネジャーの実践力にコンピテンシーの考え方が活用できる部分も大きい。」としていますが、能力要素としては採用していません。
 代わりに実践力を「未経験の世界であっても、より確からしい方針を決定するための思考能力や意思決定の基盤となる個人の体系的知識や責任感や倫理観等の基本姿勢がP2Mの実践力の重要な構成要素に含まれる。」として、「プロジェクト・マネジャーの実践力」 (思考力、行動力、人間力) を10のタクソノミーに分類して説明しています。

3.2. PMIのPMCDF (プロジェクト・マネジャー・コンピテンシー開発体系) 第2版では「コンピテンス」を「ある職務の主要な部分に影響を及ぼし、職務の遂行に関連し、十分に認められた基準で測定でき、トレーニングや研鑽によって向上することのできる知識、態度、スキル、その他の個人的性格群」としています。そして、3 つの次元 (知識、実践、人格) と能力、行動、知識、個性、スキルなどの要素に分類しています。

3.3. IPA ITスキル標準センターPMコミュニティ資料 (2012) によると「知識とは知っている事項であり、経験とは実際にプロジェクトに参画し、行動すること、もしくは、それによって得られたこと」となっています。そして、スキルは技量、技能のこととなっています。すなわち、「知識を持ち、実際に活用できる力」、「知識を持ちプロジェクトの経験をすることでスキルが定着する。」ということです。一方、
「コンピテンシー」については、「高いパフォーマンスを発揮する際に具体的な行動を起こすことができる能力、または、行動を起こす背景にある能力」と定義していて、特に「プロジェクト・マネジャーのコンピテンシー」としては「難易度の高いプロジェクトをより多く成功に導く優秀なプロジェクト・マネジャーにみられる行動特性」と定義しています。

3.4. このようにそれぞれの組織でプロジェクト・マネジャーの能力は異なる定義がされています。また、能力を評価するとか、診断するとかの話になってくると、育成方法や資格試験の話も加わってきて議論がさらに複雑になってきます。

3.4.1 OFF-JT (研修) 不要論
 「人材は現場で育つ、研修で学んだ知識は役に立たない。」このような意見は、研修を受けずに育ってきた人たちからよく出てくる意見です。「研修で学んできたからといって、すぐに現場でできるようになる訳でもないし、そもそも習ったことだって、2~3日もすれば全部忘れているというのがオチだ。」というものです。
 現場で仕事をしながら経験を積んで技術の腕を上げていくというのが王道であり、定石であるというのはよく分かります。でも、ここで注意しておかないといけないのは、同じ仕事の経験をしていても成長する人としない人がいるということなのです。この違いはフィードバックを生かしているか、いないかに起因すると私は考えています。そして、フィードバックを得るためには知識と意識が必要なのです。もっとうまくマネジメントができるようになりたいと考え、一つのやり方を知識として学び、それを強く意識して実行していきます。それによって初めて「気づき」が得られるのです。ただ、漫然と今まで通りのことをやっていたのでは、改善点に気づくこともできないし、成功のポイントも身につかないので、再現性のある能力に結びついていかないのです。また、内省も重要です。自分の体験を振り返って気づいたことや教訓を体系的な知識と照らし合わせることで汎化した知識にまで高めることができます。このように、汎化させて身につけた知識は将来の実践にあたって応用を効かせることもできます。つまり、幅広く適応できるようになるということです。これにより、プロジェクトを成功させるために、再現性の高い能力を発揮できるような人材に成長できるということなのです。そのためにはやはり、知識を事前に学んでおくことは大事で、「学んだ知識を意識して使ってフィードバックを得る。」ところまで学んでおかないと意味がないことも知っておく必要があります。このような成長の仕組みをきちんと理解してもらいOFF-JT (研修) に前向きに部下を送り出す上司が増えるといいなと思っています。

3.4.2. 資格不要論
 OFF-JT (研修) 同様資格についても、「資格で仕事をする訳ではないし、資格が実力を表すわけでもないから、とる必要はない。」という意見があります。実力を表す指標として資格があると考えてしまっている人による誤解だったり、資格試験を受けるのがいやな人の言い訳だったりすることもあります。私は知識を習得するために学習したことの修了証という意味合いでの資格取得はモチベーション・アップのためにも役立つと考えています。また、資格をとることにより知識が共有され、共通の言葉でお互いに話ができるようになるというのも大きなメリットとなります。

3.5. 「知っている」から「できる」へ
 資格不要論でも出てくるように確かに習得した知識をいきなり本番のプロジェクトの実践で使って、うまくやって見せろと言われてもなかなか難しいのが現実です。失敗してしまうリスクも高くなりますし、そもそも、使ってみる機会を与えられること自体が最近は少なくなってきています。そのため、本番プロジェクトでの実践に臨む前にいかに「できる」という状態に近づけておくかという施策が必要になってきています。スポーツでいえば、練習や訓練に相当する部分です。たとえば、規程や標準プロセスの詳細をきちんと覚えておくのも一つの練習です。また、じっくり考えないと判断できない、行動できないという状態から、自分の体が即座に反応するという状態に仕上げるという訓練もあります。最近では疑似体験をうまく使って練習することにより、このようなレベルへもっていくトレーニングが盛んになって来ています。まさに「練習は不可能を可能にする」 (小泉信三) という言葉の通りのことがスポーツと同様にプロジェクト・マネジャーの育成でも適用されてきている訳です。

3.6. 成長サイクル
 プロジェクト・マネジャー個人としての成長サイクルは①、②、③のステップを経て一つ上のステージへ進むというパスをたどっていきます。

知識習得 : ルールを知らないで試合をしたり、審判をしたりすることが無いように、プロジェクトでも規程や標準プロセスはしっかり理解しておく必要があります。
実務の実践でフィードバックを得るためにも知識と意識は必須です。
実務経験 : 実践することで実際の体験から学んでいきます。プロジェクトの実行中のPDCAでもフィードバックがかかり行動レベルの「気づき」や教訓が身につきます。
内省 : プロジェクトを振り返ることで経験を体系的な経験として汎化させます。これにより再現性、応用性のある能力を獲得できます。

3.7. さらに大事なこと
 これらの能力の育成に合わせてプロジェクト・マネジャー自身がやっておかないといけない大事なことがあります。それはプロジェクト・マネジャーとしての役割と責任を認識し、「プロジェクト・マネジャーをやる」という覚悟をすることです。すなわち、情熱と当事者意識を持ってプロジェクトをマネジメントするということです。

3.8. 自ら考え抜く
 このように自分自身を認識した上で、自分で考え抜いて得たことだけが本当に役立つ能力となります。「教えられたり、与えられたものはイザと言うときに役に立たなかったりするかもしれないけど、自分で考え抜いて身につけたことは裏切らないよ。」ということなのです。

4. チームワーク
 プロジェクトはプロジェクト・マネジャー一人が頑張れば成功するわけではありません。各メンバーがチームとして行動し、パフォーマンスを発揮して初めて成功への道が開けてくるのです。高いパフォーマンスをチームとして発揮できるようにするために「チームビルディング」が実施されます。風通しのよいコミュニケーションの中でフィードバックがうまく反映されPDCAサイクルが回り、コモン・ナレッジが創出される状態を目指します。
 メンバー間の信頼関係が構築され、チームとしての意思決定にメンバーの参画度合いが高まっていくと各メンバーの自負心が向上し、実際の行動にあたってのモチベーション・アップにもつながっていきます。そして、チームとしての高いパフォーマンスを発揮できるようになります。

5. 標準プロセスと組織力
 プロジェクト・マネジャーやプロジェクト・チームを支えるのが組織力と標準プロセスです。CMMIやOPM3のように組織の成熟度を上げることでプロジェクトの成功率を上げるようにする施策がとられたり、PMOや品質管理部門はプロジェクトマネジメントの規程や標準プロセスを定めたりしています。
また、COE (センター・オブ・エクセレンス) はベスト・プラクティスやコモン・ナレッジを提供します。
一方、全体使命 (ミッション) や事業戦略の実現、あるいは、目的とする事業価値の実現などプログラム・レベルの目的を達成するために特定の目標を持つプロジェクトの進む方向を監視・コントロールしていくのが、プログラムマネジメント・チームやガバナンス部門です。これらの活動が不確実性を増してきているビジネスの世界で重要になって来ています。

6. プロジェクトを取り巻く環境と文化
 ある状況におけるプロジェクト・マネジャーの判断や行動は能力が同じであったとしても所属組織の規範や価値観が異なると変わって来ます。組織が求める望ましい判断や行動がどのような場合でも取られるようにするためには、組織の規範や価値観が統一され浸透していなくてはならないのです。逆にいうと悪いクセが規範や価値観についてしまっていると、これをしっかりと変えていかないとプロジェクト・マネジャーの行動は望んだ形になっていかないということなのです。さらに、環境・文化はステークホルダーの環境・文化にも影響されます。また、企業や組織のビジョン/ミッションやプロジェクト・マネジャー個人の志や夢も大事な要素となっています。

7. まとめ
 プロジェクトの成功はプロジェクト・マネジャー個人の能力だけでなくプロジェクト・チームの能力、標準プロセスと組織力などの総力で決まってくるということについて書かせていただきました。
 今後もプロジェクト・マネジャーの成長/育成やプロジェクトマネジメント組織の開発に向けて研究していくつもりです。皆様のご指導、ご鞭撻をよろしくお願いします。

 最後に、私が最近気に入っている人材育成の銘文を紹介します。これは渋沢栄一の言葉となっていますが吉田松陰にも同じような文章があるとのことです。どちらも出典は不明なのが残念なところです。

  「夢七訓」 渋沢栄一 (出典不明)
 夢無き者は理想なし
 理想無き者は信念なし
 信念無き者は計画なし
 計画無き者は実行なし
 実行無き者は成果なし
 成果無き者は幸福なし
 故に幸福を求むる者は夢なかるべからず

-以上-

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