ICB(IPMA Competence Baseline)概要解説
-コンピテンスで規定するプロジェクトマネジメントのグローバル標準-
PMAJ PM研究・研修部会員 (株)JSOL シニアコンサルタント 大泉 洋一 [プロフィール] :10月号
1. はじめに
1987年にPMI®よりPMBOK®ガイド の初版がホワイトペーパーとして発行されて以降、PMP資格取得等を通じてPMI®の会員数は年々増加し、今や世界で約45万人に達している。これらの活動を通しPMBOK®ガイド は、プロジェクトマネジメントの世界標準の実質的な地位を獲得し、世界に普及している。我が国においては、我々PMAJが普及を進めている「日本の競争力強化を支援する」プロジェクトマネジメントガイドブックであるP2Mが独自の進化をしており、その資格取得者数は25年度末で全資格(PMC,PMS,PMR,PMA)あわせて累計約7千人に及んでいるが、一般的には実質的なPM界の世界標準はPMBOK®ガイド であるという認識が、我が国においても濃厚に浸透していると感じられる。
一方で、世界を見渡すとプロジェクトマネジメントの標準と呼ばれるものは、この他にも数多存在している。例えば、本稿で紹介するIPMA ICB®(IPMA Competence Baseline)は、IPMA®(International Project Management Association、国際プロジェクトマネジメント協会)加盟国(及び地域)数が約60を数え、会員数は未公表ながら約20万人に及ぶものと推察され、大規模に世界で普及していることが解る。
我々PM研究・研修部会では、過去16年に渡ってPMP®試験対応講座の実施を通し、PMBOK®ガイド の研究・教育に努めてきた。一方で、世界に数多あるプロジェクトマネジメントの標準には、必ずしも十分に目を向けてきたとは言い難い。
このような現状認識に基づき、我々PM研究・研修部会では、2013年ごろよりISO21500、英OGCのPRINCE2®、GAPPS等をテーマに取り上げ、様々な世界のプロジェクトマネジメント標準を研究し、その成果を発表する活動を行ってきている。このような取り組みの一環として、2013年12月より、IPMA®と協定を結び、IPMA ICB® 第3版の翻訳活動を行ってきた。その成果は、本年9月4、5日に実施されたPMシンポジウム2014の中で紹介させて頂き、翻訳版も聴講者に配布した。本稿では、これら翻訳活動やシンポジウムでの発表を通して我々が得た知見を含めて、IPMA ICB®を特徴づけている主要な概念の説明を通し、その概要を紹介する。
2. コンピテンス(Competence)
ICB第3.0版の中では、“Competence”を「ある機能において成功に必要な、知識、個人の態度、スキルと関連する経験の集合」と定義し、その起源が「決断する権限を与えられる」、「説明する権利を持つ」などという意味を持つ‘Competentia’というラテン語に由来することを紹介している。単純に「能力」という日本語に置き換えられる概念ではなく、「態度」や「経験」を含んだ概念であると我々は理解している。
IPMA®では、プロジェクトマネジメントの世界標準を策定するにあたり、この“Competence”という概念に着目し、それを中核に据えてICBという体系を作り上げている。IPMA®のVice PresidentであるReinhard Wagner氏はその理由について、PMシンポジウム2014の講演で「1980年代後半から90年代にかけて、多くのプロジェクトマネジメントに関する問題解決策が提唱されたが、それらのほとんどがツールやメソッドであった。」「一方で、プロジェクトを取り巻く環境が複雑化する中で、ツールやメソッドだけではプロジェクトにおける問題解決を図るには限界がある」(PMシンポジウム2014【PA-2】Individual and organisational competences for managing projects~IPMA ICB® and IPMA OCB® leading the way.)と述べている。PM標準をツールやメソッドの集合で定義するKnowledgeベースのPMBOK®ガイド とは、寄って立つ考え方が根本的に異なることが解る。
3. コンピテンスベースライン(Competence baseline)
IPMA®はプロジェクト遂行の具体的手順やマネジメントプロセスは各国、各社、各人で確立するものと位置づけている。IPMA®に加盟する国や地域はMA(Member Associations)と呼ばれ、MAはICBに準拠して自国ベースラインであるNCB(National Competence Baseline)を作成する。ICBは国別ベースラインの水準を統一するためのものである。IPMA®は国別の文化・風土を尊重し、NCBに一部独自の要件を追加したり、削除することを認めている。
前出のPMシンポジウム2014の講演の中でReinhard Wagner氏はIPMA®の価値について述べ、その筆頭に「ダイバーシティ」を挙げていた。IPMA®は多様性を認めることを主要な価値として標榜しており、その一環としてICBはこのような構造を採用している。
図1 ICBと負荷部分
4. 資格認証システム(Certification system)
資格認証は各MAが設置する認証機関で行われるが、IPMA®は、ある国で発行された資格認証を他の国でも有効であることを保証しており、そのために世界共通の資格認証システムを整備している。各MAの認証機関はこれに基づき資格認証を行っているのである。
資格認証は、PMのコンピテンスレベルに応じて、A~Dの4段階で行われる。A~Dの各レベルの概要は、表1を参照願いたい。これを見て解るとおり、ICBはプロジェクトのみではなく、プログラム、ポートフォリオを含むマネジメントを対象に体系化されたものである。
表1 資格認証システムにおける各コンピテンスレベル
IPMA資格認証システムは各MAの認証機関に一定の自由度を認めており、必須のものと、任意のもの(オプション)がある。資格認証プロセスにおける評価の内容は表2の通りである。
表2 IPMAの資格認証プロセス
5. コンピテンス要素(Competence element)
前記「2. コンピテンス(Competence)」で記した概念について、ICBでは具体的にどのように記載しているのか、その要素の内容を具体的に見ていきたい。ICBではプロジェクトマネジャーに求められるコンピテンスとして、技術コンピテンス(Technical competence)、行動コンピテンス(Behavioural competence)、状況コンピテンス(Contextual competence)の3つの領域に分類される46のコンピテンス要素を定めている。この3つの領域でコンピテンスを定義していることに、重要な意味があると我々は捉えている。
以下では、各領域の意味合いを我々の理解に基づき解説するとともに、幾つかのコンピテンス要素の解説を通し、ICBの特徴を紹介する。46に及ぶ各コンピテンス要素の詳細に興味のある方は、我々が翻訳したICB第3版日本語版を是非参照願いたい。
図2 コンピテンスの目(eye of competence)
3つの領域に分類される46のコンピテンスを通してプロジェクトを見通すことを表す
5.1 技術コンピテンス(Technical competence)
技術コンピテンスでは、基本的なプロジェクトマネジメントコンピテンス要素を記述している。表3に示すように、この領域では、21のコンピテンス要素を定義しているが、その内容は「1.04 リスクと好機」「1.05品質」「1.10 スコープと成果物」「1.11 タイムとプロジェクトフェーズ」等、プロジェクトマネジメントにおいて一般的に要求されるスキル要素があげられていることが解る。
表3 技術コンピテンス要素(Technical competence elements)
この領域におけるICBを特徴づけるコンピテンス要素をいくつか照会する。「1.01 プロジェクトマネジメントの成功」では、「プロジェクトもしくはプログラムマネジャーの究極のゴールは、成功すること」と述べ、このために必要な要素を第一番目のコンピテンスとして挙げている。その上でプロジェクトの成功は、「さまざまな利害関係者によるプロジェクトの成果に対する評価」と定義している。プロジェクトマネジャーに求められるコンピテンスとして、単に期間内、予算内で当初掲げた成果物を生み出すことではなく、利害関係者の評価を得られることを求めているのである。我々現場のマネジャーは目先の成果物に囚われて矮小化した目的に向かい、本質的な目的(利害関係者の満足)を見失ってしまうことが少なからずある。我々が陥りがちな短絡的な姿勢に釘をさしている。
次に、「1.02 利害関係者」について見てみる。ここでは、利害関係者を「プロジェクトのパフォーマンスと成功に対して関心を持つ、あるいはプロジェクトによって何らかの制約を受ける人々またはグループのこと」と定義し、プロジェクトマネジャーは「全ての利害関係者、利害関係者の関心が何かを特定すべきである」「利害関係者の期待もマネジメントする必要がある」としている。このことは至極当たり前のこととして理解することができ、PMBOK®ガイド の「ステークフォルダマネジメント」と同趣旨の内容であると捉えられる。ここで改めて、我々プロジェクトマネジャーが一般的に利害関係者に対するマネジメントをどのように捉えているかを思い返してみる。多くのマネジャーは「プロジェクトを成功するためには、利害関係者の関心もマネジメントする必要がある」「これを怠ると思わぬ横やりが入り、プロジェクトの成功に大きな障害となる」と捉えてはいないだろうか。実務において、特定のステークフォルダについて議論する際には、「面倒な人」と捉え、如何に味方に付けるか、如何に邪魔されないようにするかという視点で考えることが少なからずある。「利害関係者の期待もマネジメントする必要がある」というくだりを、多くのプロジェクトマネジャーはこのような文脈で捉えて認識しているのではなかろうか。
ここで改めてICBの技術コンピテンス要素を「1.01 プロジェクトマネジメントの成功」「1.02 利害関係者」と続けて読んでみて頂きたい。この文脈を素直に読むと、ICBが標榜する「高い目線」の一旦を理解することができる。そもそも、プロジェクトの成功は利害関係者の満足にあるのだから、我々プロジェクトマネジャーは、プロジェクトオーナー、その更に先にいるエンドユーザーなど様々な利害関係者を満足させねばならない。であれば、その関心に興味を持つことは至極当たり前のことではないだろうか。このICBが求める姿勢は、我々マネジャーのそもそも立ち位置について、改めて自戒を求めていると感じる。利害関係者を「面倒な人」と捉える、先に示した「現実的な利害関係者観」は如何にも陳腐なものであり、より崇高な意識を求められていることが理解できる。ツールやメソッドではなく、プロジェクトマネジャーの姿勢や態度を含むコンピテンスの必要性を訴える意味が、このように隅々に込められていることを理解頂けるのではないだろうか。
5.2 行動コンピテンス(Behavioural competence)
行動コンピテンスでは、個人のプロジェクトマネジメントコンピテンス要素を記述している。表4に示すように、プロジェクトマネジャーの態度とスキルをカバーする15のコンピテンスを規定している。
コンピテンス全体を構成する3つの領域の1つに、「行動コンピテンス」を規定していることが、ICBの大きな一つの特徴であると我々は捉えている。
表4 行動コンピテンス要素(Behavioural competence elements)
プロジェクト実践の現場で、真に優れたプロジェクトマネジャーを想像して頂きたい。そのマネジャーにはどのような重要な能力、スキルが備わっているだろうか。リスク管理や品質管理、スケジュール管理に関する様々なツールや技法に精通し、その活用法について詳細な知見を有しているだろうか。確かにそれらのスキルは有用である。しかし、それはマネジャー本人に必ずしも備わっていなくても、有能な補佐がサポートすることで足るのではなかろうか。
有能なマネジャーに必要不可欠なのは、プロジェクトが困難な状況に陥った際にも動揺せずにチームを導いていくことができること。様々なプレイヤーの間で複雑に利害が絡み合い相互不信が発生したような状況下において、目先の利害に振り回されることなく誠実に対処し、関係者の信頼を一身に集めて問題解決にあたれること。そういうマネジャーこそが求められるのではないだろうか。
このような側面からマネジャーの力を評価できる要素が行動コンピテンス要素に他ならない。「2.01 リーダーシップ」「2.03 セルフコントロール」「2.08 結果指向」「2.13 信頼性」「2.15 倫理」など、項目を見て頂ければわかると思う。繰り返しになるが、プロジェクトマネジャーに求められるコンピテンスの3分の1に、「行動コンピテンス」を規定していることがICBの大きな一つの特徴であると我々は考えている。
5.3 状況コンピテンス(Contextual competence)
この領域は、ラインマネジメント組織との関係をマネジメントするためにプロジェクトマネジャーに求められるコンピテンス、プロジェクトに焦点を当てた組織において機能するコンピテンス等を規定している。表5に示すように、ICBでは11の状況コンピテンス要素を定めている。
表5 状況コンピテンス要素(Contextual competence elements)
この領域では、「3.01 プロジェクト指向」「3.02 プログラム指向」「3.03ポートフォリオ指向」「3.04 プロジェクト、プログラム、ポートフォリオの実行」において、プロジェクトマネジャーはプロジェクト、プログラム、ポートフォリオの特性を理解し、常設組織のマネジャーとは異なるコンピテンスを持って行動することを求めている。その上で、「3.05 常設組織」において、「プロジェクトのプロダクト/結果は常設組織によって用いられ維持される。プロジェクトは常設組織の部門によって貢献された資源の関与なしにプロジェクトを適切に実施することはできない」とプロジェクトと常設組織の関係とその意義を説明したうえで、常設組織の活動を意識した行動をとることをプロジェクトマネジャーに求めている。更に「3.06 ビジネス」においては「実行すべきプロジェクトやプログラムの需要はビジネスに由来する」ことを述べ、それに基づくベネフィットは常設組織を通して得られることなどを述べている。
以上のようにここに連なるコンピテンス要素全体の言わんとしている意義を文脈として捉えてみると、プロジェクトがビジネスと繋がりベネフィットを生み出す過程を意識し、そこに関係する各主体に対してプロジェクトマネジャーが如何に関わるべきか、と言うことを問ういていることが解る。プロジェクトマネジャーは、単に自身の所管するプロジェクトを狭く捉え、その成果の達成にのみ意識を集中するのでは不十分であるということが解る。この視点は、技術コンピテンス要素において「1.01 プロジェクトマネジメントの成功」「1.02 利害関係者」の例を引いて説明した考え方と相通ずるものがあり、ICBの根底にある思想を読み取ることができる。
6. 考察
以上、ICB概要の紹介を通し、その特徴として我々の考えるところを述べてきた。以下では、我々がこの活動を通じて得た視座を考察としてまとめる。
第一に、我々プロジェクトマネジャーは、限られた特定の標準に固執し、その思考の枠の中に囚われるべきではない。前記したように、プロジェクトを「期間内、予算内で成果物を生み出すこと」という認識に立てば、ステークフォルダを「その活動に(協力もすることもあるが)横やりを入れる厄介な者」と捉えることに繋がってしまう。このことは、我々の目線を下げ、矮小化された世界に思考を閉じ込めてしまう。ICBという新たな標準の研究を通し、このような呪縛から逃れることの重要性を認識した。
第二に、コンピテンスという概念、それが体系化されていることの重要性。ツールやメソッドではなく、コンピテンスを主軸にしてプロジェクトマネジャーに必要な要素を体系化している。即ち、人にスコープしているのである。且つそれは、スキルではなく、態度、姿勢、経験等を含むコンピテンスなのである。ツールやメソッド、またはスキルの重要性は改めて説明するまでもなかろう。しかし、真に優れたプロジェクトマネジャーに最優先で求められるものは何なのか。ツールやメソッドまたはスキルより、態度、姿勢、経験等を含むコンピテンスであるという感覚は、真にプロジェクト現場の第一線で活躍する多くのビジネスマンの共感を得られると確信する。それが標準として体系化されていることの意義は大きい。これから更に上を目指すプロジェクトマネジャーはその道標を得ることができる。これから若手のマネジャーを育成する際の指針にも役立つ。何よりも、今の自身のプロジェクトマネジャーとしての課題を見出すのに、非常に有用な手段として活用できるだろう。現に私自身を含む我々翻訳チームのメンバーは、これを鏡に大いに考えさせられたものである。
最後に、コンピテンスに軸足を置くが故に、ICBが今ある形であることの意義について所感を述べる。人に焦点をあて、且つスキルではなくコンピテンスであるということは即ち、プロジェクトマネジャーに求められる要素が技術だけではないことを意味している。そのような意味において、ICBが技術コンピテンス(Technical competence)、行動コンピテンス(Behavioural competence)、状況コンピテンス(Contextual competence)という3つの領域で定義されていることに、我々は重要な意味を感じ取っている。主にスキルを規定する技術コンピテンスを主軸に置くわけではなく、3つの領域を等しく規定していることに、ICBがプロジェクトマネジャーに求めていることの意味を理解することができ、その確からしさを実感している。
また、ICBの冒頭で「教科書でも手引書でもない」と述べている通り、その記載は具体的ではなく、抽象化した概念としてプロジェクトマネジャー像を規定している。具体的な事象を詳細に記載するわけではないため、ICBは結果として実にコンパクトにまとめられている。著者はPMシンポジウム2014の講演にあわせて来日したReinhard Wagner氏に2日間随行したが、氏はことに触れてはICBがコンパクトにまとめられていることを誇らしげに語っていた。現在発行準備中の第4版について、「もっとコンパクトになる」とも語っていた。ツールやメソッド、またはスキルであれば、詳細に具体化することで、より明確に主旨を伝えられるだろう。しかし、コンピテンスであるが故、具体化、詳細化することは概念を矮小化することにも繋がりかねない。その特性を追及すればするほど、その姿はコンパクトで抽象化したものになるのだろうと理解している。更に洗練された姿として、ICBの第4版が発行されることを心待ちにしている。これらが我が国のプロジェクトマネジメントの発展に寄与することを期待している。
以上
(「PMI」「PMP」「PMBOK」は、Project Management Institute, Inc.(PMI)の登録商標です。「PRINCE2」は、AXELOS Limitedの登録商標です。「IPMA」「ICB」「OCB」は、International Project Management Association(IPMA)の登録商標です。「P2M」「PMAJ」は、日本プロジェクトマネジメント協会(PMAJ)の登録商標です。)
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